同じものを守るなら、上下はいらない
「水族館」
僕が校外学習の第一希望を書きかけると、Sも同じ場所を挙げた。
(珍しく合ったね)
――魚ぐらい見るだろ。
「同じなら、ここへ二人とも水族館って書けばいいんだって」
朝倉が用紙を指した。学校に提出するのは一枚で、Sの希望を確かめたことと、違う希望があればその内容を添える欄がある。
一つの身体だからバスの席は一席。それでも、行きたい場所を聞かれる側まで一人に減るわけではなかった。
「投票じゃないしね。人数だけじゃ決まらないって」
「バスとか予約もあるもんね」
――二票入れるつもりだったのによ。
(こっそり増やさないで)
僕は水族館と書いたあと、Sにも本当にいいかを聞いた。
――いい。あの、頭の上まで水になってるとこ。
(水中トンネル?)
――あれ、一回歩きてぇ。
僕は大きな水槽の前で座って見ていたかった。同じ場所を選んでも、そこで何をするつもりかまでは知らなかったらしい。
「何か、決まった?」
朝倉に聞かれ、僕は頷いた。
「Sも楽しみにしてる」
彼女は自分の紙へ目を戻した。僕は確認した印を付け、提出まで机の隅へ置く。今すぐ誰かの採点に渡したい返事ではなかった。
◇
その日の支部では、先に現在の調査経路が示された。
学校、駅前、集会所で回収した観測機器から、同じ試験の結果を転送する道が少しずつ分かってきた。複数の中継点が複製を持ち、一つを外せば残る経路へ送り直す。
「通信を中継する場所と、人へ作用する出力部分は別です」
技術班の人が図を分けた。
「撮るだけの機器もある。駐輪場のように設備を動かす物もある。全部が同じ働きをするわけではありません」
「写真の箱を取っただけで、向こうの試験が全部止まるわけじゃない」
「そう。だから、別に残る出力側も探している」
白峰主任はそこで説明を区切り、古い資料を開いた。
「同じ二系統を記録した試験群で、前後の並びがもう少し戻った」
欠けた対象名はそのままだった。まずは、同じ対象を守るという条件が与えられた試験。研究側はMとSの要求を、どちらも防護の方向と分類している。
【TARGET:SAME】
【CONTROL CONFLICT:NOT DETECTED】
複数の運動要求があるのに、衝突は検出されていない。
「何を守る試験だったんですか」
「対象の詳しい情報は欠けている。本人たちが自分から守りたいと言ったかも分からない。今読めたのは、試験で与えた条件と、機械側の観測だ」
僕は頷いた。守るという文字を見ただけで、その人たちの気持ちまで僕たちと同じにしたくなっていた。
それでも、衝突しなかったという行は残った。
次に研究側の評価が出る。主を選べず、優先差が不足。試験は失敗。
Sが少し黙った。
――喧嘩しなかったから、比べられなかったってか。
僕が伝えると、主任は評価の下にある試験指示を開いた。
今度は、二系統へ違う運動要求を与えて反応を区別する。以前読んだ、止まれと進めの組につながる記録だった。
僕は紙の順番を確かめた。
「ぶつかったから、主を決めるしかなかったんじゃない」
三枝先輩がこちらを見る。
「衝突しなかった試験のあとにも、わざわざ争わせる条件を出してる」
「その並びは確認できた」
主任が答えた。
何かの失敗を避けるために、一方を優先した。それだけでは説明できない記録だった。二つが同じ方向を向いていても、どちらが上か分からないなら、研究側は先へ進めなかったらしい。
◇
「同じことをしようとしている間なら、二つの反応があっても大丈夫だった可能性はありますか」
自分の声が、少し速くなった。
主任はすぐ否定しなかった。
「可能性はある。ただ、二つの能力が正常に発動したかは、この記録だけではまだ分からない。出力側の測定を別に読んでいる」
「本人の負担も、でしょうか」
「そう。それも抜けている」
空いている欄を見て、僕は口を閉じた。
二つの力が使えたら、もう少し間に合った場面があったかもしれない。そんなことを、考えずにはいられなかった。でも、誰かが苦しかったかもしれない記録を、自分たちへの期待だけで喜びたくもない。
――顔に出てるぞ。
(ちょっと、試せたらって思った)
――俺も思った。
意外で、僕は返事を忘れた。
――だから今やるなよ。お前のその顔、ろくなことになんねぇ。
(君も同じじゃない)
――だから言ってんだろ。
僕は少し笑い、椅子へ座り直した。
「今日は記録の続きだけにします。僕たちが同じことを思えば使えるって、決まったわけじゃないから」
三枝先輩が頷いた。
「それでいい」
先に言われる前に止まれたことより、Sも期待したと話してくれたことの方が嬉しかった。
◇
現在の網は、共通の対象を探す処理へ移っていた。
別々の危険で反応を引き出そうとして失敗したあと、同じものへ二系統を向かわせる条件を探している。ただし、その下にはまだ、優先差を必要とする項目があった。
【COMMON TARGET:SEARCH】
「同じものを助けても、どっちが先だったか比べるんですね」
「そういう使い方を疑っている。何を対象に選べるのかは、現場で確かめる」
主任は机のもう一方へ戻った。解析の進んだ記録には、観測値を実際の出力へ合わせるための調整要求が含まれていた。どの機器へ渡すのか、その経路を追っているという。
「僕たちがここで話してる間も、探してるんですか」
「こちらも探している」
先輩が答え、現場班から来た写真を示した。一般の設備と共用している中継点の候補が一つ見つかった。止める前に、通常の通信を別経路へ移せるか確認しているところだった。
僕は写真の前に置かれた作業員の手袋を見た。画面の線だけではなく、そこへ実際に手を伸ばしている人がいる。
帰る時、Sへ水族館のことを聞きかけて、やめた。同じ返事か何度も確かめなくても、朝に何と言ったかは覚えている。
(トンネル、通れたらいいね)
――先に行き先決まってからだろ。
(そうだけど)
――……通るなら、一周で終わらせんなよ。
僕は笑った。そういう希望なら、僕も一緒に考えられた。




