別々に呼んでも、勝手に分けるな
焼肉パンを手に取ると、Sが内側から言った。
――今日は俺が食っていいか。
(うん。午後までには返してね)
――授業から逃がさねぇ気か。
(君に押しつける方が怒るでしょう)
朝から頭痛も吐き気もなかった。昼休み、保健室で身体の状態を確かめ、椅子に座ったまま主導権を渡す。視界が一度揺れたあと、Sは肩を無理に回さず、手だけを開いた。
しばらく休んでから、近くのベンチへ移る。朝倉が自分の昼食を持って来た。
「ちゃんと焼肉パンになったね」
「俺が先に約束してたからな」
「食べたかった?」
「だから出てきたんだろ」
Sが袋を開ける。食べた味は僕にも分かった。でも、どこからかじるかを決めたのはSで、僕がまだ端ばかりだと言うと、肉は最後まで残すんだと返された。
朝倉は中身を見て笑った。
「少なくない?」
「言うな。気づいてんだよ」
僕は内側で笑った。今日は、表へ出なかった側の気持ちを、僕が自分で確かめる番だった。
昼食後は休み、急がずに身体を返してもらった。頭が少し重くなったので、先生へ伝えて次の授業には遅れて入る。パン一個のために手間はかかった。それでも、Sはもう味のことで文句を言わなかった。
◇
放課後は三枝先輩と帰った。
学校の周辺には点検が終わった場所も増えていたが、疑わしい信号は消えていない。車を待たせている広い通りまで、確認した経路を歩く。
朝倉とは校門で別れた。彼女が自分の帰る道を選ぶのを見てから、僕も先輩の隣へ並ぶ。
地域の集会所の前で、左から短い悲鳴がした。
自転車が段差を越えたところで滑り、中学生くらいの男の子が転んでいた。膝を押さえている。僕がそちらを向いたのと同時に、右側で車輪が鳴った。
搬入口から、折り畳んだ長机を載せた台車が下ってくる。その先は車道で、作業員が追いかけていた。
――右だ!
Sが言った。僕は左へ踏み出しかけた足を止める。
「真白。自転車は私が見る。右の人たちへ知らせて。台車を身体で受けないで」
先輩の声で、二つの危険が少しずつ別の仕事になった。
僕は車道へ飛び出さず、搬入口の前で声を張った。
「台車が来ます! 前を空けてください!」
通行人が離れる。もう一人の作業員が輪止めを持って回り込み、追いついた人と一緒に台車を止めた。長机が音を立てて揺れたが、車道へは落ちなかった。
振り向くと、先輩は男の子の横へしゃがみ、集会所の職員が救急箱を持ってきている。
僕は台車に触っていない。新しいMPも得ていない。Sも内側のままで、声をかけただけだった。
息を吐いたところで、先輩の端末が鳴った。
◇
監視班の受信記録に、刺激の組を取得したという表示があった。
怪我をした人をM側の刺激、移動する危険物をS側の刺激に割り当てている。白峰主任が通話につながり、事故の原因調査とは分けて、その欄を説明した。
「僕たちがどっちを見たか、分かったんですか」
『外から確認できたのは、身体の向きや移動だろうね。S君の判断を直接読めた証拠はない。こう反応するはずだという割り当てを、先に作っている可能性がある』
――俺が怪我人見ねぇとでも思ってんのか。
Sが怒った。
(台車を先に、って言ったのは、まだ危ないからだよね)
――止まった自転車が、さらに誰か轢くかよ。
僕はその言葉を主任へ伝えた。型だけで決まった好みではなく、Sが目の前を見てそう考えたこととして。
三枝先輩は男の子を職員へ引き継ぎ、僕の隣へ戻る。
「台車の固定と、自転車が滑った場所は警察へ確認してもらう。今は現場から離れる」
僕は頷いた。台車が勝手に動いた原因を確かめるために、僕たちがそこへ残る必要はない。
歩き出す前、記録の続きを見せられた。
二系統の独立した反応は取れず、区別に失敗。原因として、外部の助けが挙がっている。
【CAUSE:EXTERNAL ASSIST】
僕は台車を押し戻す人たちを見た。男の子には、集会所の職員が水を渡している。
この人たちが間に合ったことを、失敗した理由として数えている。
次の試験条件には、外部の助けを除くという一行があった。
【EXTERNAL ASSIST:EXCLUDE】
「誰も来られないところで、やり直す……?」
『そういう条件を探す処理かもしれない。実行できる手段があるかも含めて、先に確認する』
主任の声を聞いても、すぐには足が出なかった。
「僕たちがいなくなったあと、この辺で何か起きたら」
「引き継ぐ人が来ている。あなたたちが残って安全になる話ではない」
三枝先輩は僕の肩を押さなかった。代わりに、近づいてくる警察官を示す。
「二人だけにしたい相手のために、自分から二人だけで残らないで」
僕は頷いて、車の方へ歩いた。
◇
移動中、主任から観測機器の位置が見つかったと連絡が入った。
集会所の外壁に取り付けられた箱が、周囲の動きを撮影していたらしい。職員が正規の物ではないと確認し、通信の分離を進めている。学校で回収した撮影器とは別物だったが、結果を転送する形式に共通点があった。
「取っても、違う箱が残るんですね」
『だから、転送先も追っている。今ある機械を止めることと、次の試験を準備する場所を押さえることを並行する』
点線だった経路の一部が、実際の配線や保守記録と合い始めたという。正規の通信と共用している箇所があり、利用している人を困らせずに切り離す準備も必要だった。
すぐに全部の線が消えるわけではない。それでも、こちらは逃げているだけではなかった。
僕は端末を閉じ、Sへ聞いた。
(僕、最初は左へ行こうとした)
――見てた。
(君は右だった)
――ああ。
(でも、僕たち、争ってないね)
Sは呆れたように息を吐いた。
――三枝が左を引き受けたんだろ。お前だって、聞いたあとで右へ行ったじゃねぇか。
僕は窓の外を見た。振り向いても集会所はもう見えない。それでも、そこで手当てを続ける人がいることを、さっき見ていた。
二つの危険へ、二人きりで答えを出す。そんな問題に見えたのは、ほんの一瞬だった。
(明日も、焼肉パンがいい?)
――今日は俺が食っただろ。明日はお前が決めろ。
(カレーパンでも?)
――しつけぇ。
Sの返事を聞いて、僕は少し笑った。車の前では先輩が現場へ引き継ぎの連絡をしている。僕たちの小さな言い合いは、その声を邪魔しないくらいのところで終わった。




