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えすえむっ!  作者: 角竜
二人のまま、強くなりたい
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先に動いた方が、主じゃない

機材台の車輪が鳴った時、僕は掃除道具を片づけていた。


「真白、そっち!」


倉田の声に振り向く。視聴覚室の前に置かれた台が、廊下の傾きに沿って動き始めていた。その先では、段ボールを抱えた下級生が、僕たちに背を向けて歩いている。


「台が来ます! 壁の方へ!」


声を出してから、僕は台の横へ回った。


――正面に入んな。右から!


Sの声で足の置き方を変える。下級生が顔を上げ、段ボールごと壁際へ寄った。僕は台の横の取っ手へ手を伸ばしたが、車輪が床の継ぎ目を越え、予想より強く腕を引かれる。


肩が痛んだ。


――離せ!


反射的に握り直しかけた指を開く。その時、張り出した縁が二の腕へ当たった。硬い痛みと新しい衝撃が、小さなMPになる。


「離れろ、真白!」


倉田が反対側の取っ手をつかんだ。近くにいた先生が車輪へ止め具を差し込み、台を壁から離して固定する。僕は手を出し直さず、下級生を台から遠ざけた。


止まった車輪を見て、ようやく息ができた。


「大丈夫?」


下級生は何度も頷く。落とさずに済んだ段ボールを、胸へ抱え直していた。


先生が僕を見る。


「腕を打ったな。保健室へ」


「はい。肩も、さっきより痛いです」


倉田はまだ取っ手を持っていたが、先生が固定を確かめると離した。


「行けよ。こっちは止まってる」


「……ありがとう」


倉田は頷くだけだった。急に近づかれると、今も身構えてしまう。それでも、今日手を貸してもらったことまで、なかったことにはしたくなかった。



保健室で診てもらい、肩と二の腕を冷やしていると、朝倉が鞄を持ってきた。


「荷物、ここでいい?」


「ありがとう」


「窓から、すごい勢いで先生が来るの見えたよ」


「僕も、先生が来てくれなかったら止められなかった」


――だから身体で止めようとすんな。


(途中で離したでしょう)


――そこはよかった。その前が駄目だ。


朝倉が僕の顔を見て椅子を引く。


「反省会?」


「採点されてる」


「何点?」


(何点?)


――点数つけろとは言ってねぇ。


「点数は出ないらしい」


朝倉は笑ったが、僕の腕には触れなかった。代わりに落ちかけていた鞄の紐を、椅子へ戻してくれる。


学校側の確認では、台の車輪がきちんと固定されていなかったらしい。能力の暴発も、台を動かす不審な装置も見つかっていない。先生は搬出中の物を廊下へ置く手順も見直すと言っていた。


僕は安心しかけた。その時、貸与端末に三枝先輩からの連絡が入る。


【事故とは別に、確認したいことがある。そのまま学校にいて】


画面を読んだ途端、朝倉へ何も説明していないのに笑いが止まった。彼女は鞄を僕の届く位置へ寄せる。


「先生、呼んでくるね」


僕は頷いた。



三枝先輩が来てからも、支部へは移動しなかった。学校の応接室で肩の状態を確かめ、そのまま白峰主任と通話することになった。


先輩が見せたのは、外部の受信班から来た記録だった。僕の端末に敵が入り込んだものではなく、管理局側が確認用に送ってきた複製だ。


「事故があった時刻の近くに、この照会が出ている」


【ACTIVE:M】


動作の反応時間らしい数値と、S側を検出できなかったという欄。そのあとに、Mを優先候補とする判定が続いていた。


『時間の基準は相手機器が最初に何かを検知した瞬間らしい。君が危険に気づくまでの長さ、とまでは読めない』


主任が先に言った。


「僕が動いたのを、どこから見たんですか」


「窓の外から廊下が見える位置で、正規の設備ではない撮影器が見つかった。警察と分離してるところ」


先輩は地図を僕へ押しつけず、該当する窓の向きだけを示した。台を動かした装置が見つかった、という話ではない。事故を別の目的で記録した機械があった、という話だった。


僕は応接室の窓を見た。カーテンが引かれている。それでも、その向こうがさっきまでとは違う場所に思える。


「Sも、そこにいました」


口にすると、すぐ内側から返事が来た。


――当たり前だ。


「右から行けって言ったのも、離せって言ったのもSです」


先輩は頷いた。


「こちらはそれを記録する。ただ、外の機械に内側の会話まで見えていた証拠はない」


画面には、Sの応答を待ったあと、時間切れになった記録があった。そしてMを暫定の主とする表示。


身体を動かしたのは僕だった。取っ手から手を離したのも僕だ。でも、Sの声を聞かなければ、違う動きをしていたかもしれない。


その部分だけが、何もなかった欄になっている。


――俺が出りゃ、直せんのか。


Sが低く言った。


(出たい?)


すぐには返事がなかった。僕は、その間まで急かしたくなっている自分に気づく。


――こいつの点数を直すためには、出たくねぇ。


(僕も、それは嫌だ)


「表示を確かめるための交代はしません」


主任へ伝えると、『分かった』と返った。


『今の君たちの反応を増やさず、回収した機器から調べる。どう見たかと、どう決めたかを分けたい』



少しして、撮影器の通信を切り離したと報告が来た。学校側では、その方向の窓を使わないよう案内し、周囲の設備を再確認している。


「これで、あの表示も消えますか」


『外へ送られた記録まで消えるとは限らない』


主任は、安心できる方だけを言わなかった。


『暫定の判定が、次の機器へ渡される可能性がある。そこも追う』


間違っていると僕たちが知っていれば、それで済む話ではない。間違った判定を使う機械が、まだどこかにあるかもしれなかった。


僕は冷却材を持ち直した。二の腕へ当たった時に得たMPは少し残っているが、ここで使う理由はない。古い肩の痛みが続くからといって、必要なだけ増えるわけでもなかった。


「今日、止めたのは僕一人じゃありません」


通信へ言う。


「Sが見ていて、倉田と先生が止めてくれました。僕は途中で手を離しました。それも、残してください」


『分かった。出来事の順番から記録する』


僕はその答えを聞いて、ようやく椅子へ背を預けた。


端末にはまだ、僕を主と呼ぶ文字が残っている。間違ったままの名前の下で、撮影器との通信時刻だけが止まっていた。


一つは、もう僕たちを見ていない。


そこから先は、記録を受け取った誰かへ届く道を探す必要があった。


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