二つ動くなら、一つにしろ?
「真白。避難先の希望、理由もこのまま残すぞ」
ホームルームのあと、担任が僕の机へ来た。手には、昨日提出した二枚の紙がある。僕は別棟。Sは校外の指定場所。同じ身体で別々の場所へ行くことはできないけれど、何を心配しているかは二人で違っていた。
「はい。実際にどこへ避難するかは、その時の安全を見て決めます」
(Sも、それでいい?)
――いい。外に出せ、だけに縮めんなよ。
「Sの理由も、省かないでほしいそうです」
「書いてある通りにしておく」
先生は二枚を同じファイルへ入れた。紙を別々に保管することより、違うことが書いてあるまま受け取ってもらえる方が、今の僕たちには大事だった。
朝倉が隣から、机に残った体育見学の届を指す。
「そっちは一枚なんだね」
「身体は一つだから」
――そっちは揉めなくて済むな。
(君、体育好きじゃなかった?)
――怪我して走って何が楽しい。
脛はゆっくり歩くなら困らない。ただ、階段を急ぐと痛むし、肩も大きく回せば重かった。Sへ代わっても、見学届が不要になるわけではない。
僕はそれも先生へ渡し、鞄から教科書を出した。今度は数学だった。
――こっちも見学にできねぇか。
(身体が治っても嫌なんでしょう)
朝倉が僕の顔を見て笑う。何を話したかまで説明しなくても、授業が始まるまでの時間は普通に過ぎていった。
◇
定期検査を終えると、三枝先輩が廊下で待っていた。
「白峰から、新しい記録の説明がある。見るかどうかは、内容を聞いてから決めていい」
(どうする?)
――まず聞く。
僕も頷いた。先日の救助で使った力を、覚醒や支配への同意にしない。その返事は二人とも残している。けれど、それを無視して次の条件を探す通信まで、全部なくなったわけではなかった。
会議室の机には、紙の記録と二台の画面が並んでいた。一台は回収資料の複製。もう一台は、外部の監視班が保存した通信を見るためのものだと説明された。どちらも、僕たちの声を相手へ届けるための機器ではない。
「君たちに能力を使ってもらう話ではないよ」
白峰主任は最初にそう言った。
「現在の本人の反応を求める形式が、別地域でも見つかった。その中に、二つの欄を組にしているものがある」
【M RESPONSE:WAITING】
【S RESPONSE:WAITING】
同じ画面の左右へ、一つずつ文字が出た。
「二人分ですか」
「二系統分らしい、というところまで。君たち個人を指定した要求かは、まだ確認できていない」
「D-01さんたちにも、こういうものが?」
僕が聞くと、三枝先輩は椅子を引きながら答えた。
「病棟の記録へ届いたものではない。治療中の人を連れてきて反応を見ることもしない」
空欄を埋める人が必要なら、救出した人たちを使えばいい。そういう話にならなかったことに、僕は息をつけた。
牧野さんが紙を一枚置く。
「相手のいう反応が、発言なのか、能力なのか、動作なのかも分かれていません。こちらの本人確認とは、別の言葉として読んでください」
僕たちは、もう何度も返事をした。それなのに、この欄はまだ待っている。僕たちが伝えたいことと、向こうが欲しがっているものは、どうも違うらしい。
◇
主任がもう一台の画面を開いた。
古いSM研究の回収資料だった。破損した部分が多く、日時も対象名も揃っていない。分散機器の処理と共通する語を手掛かりに、技術班が関連する部分を探し直しているという。
二本の線が現れた。片方がS系統、もう片方がM系統と記され、短い区間だけ同じ時間帯へ重なっている。
【DUAL OUTPUT:DETECTED】
――待て。
Sの声が硬くなった。僕も紙の端を持ったまま、動けなくなる。
「二つとも、同時に使ったんですか」
「この部分だけでは断定できない。能力の出力そのものか、発動に先立つ反応なのか。測定の細かさも、前後の記録と合わせて調べている」
D-01の戦いを思い出した。一つの身体から、二系統の力を扱うように見えた人。けれど目の前の記録があの人のものだという証拠はなく、能力名も書かれていなかった。
僕は、自分の手を見た。この手でSが加速したことはある。僕が衝撃を放ったこともある。その二つを、同じ瞬間にできたことはない。
次の行で、胸が冷えた。
【CONTROL CONFLICT】
【PRIMARY SELECTION:REQUIRED】
衝突が起きた。主となる側を選ぶ必要がある。研究側は、そう書いていた。
――二つ動いたら、一つにしろってか。
Sの言葉を伝えると、主任は図の間を指した。
「何が衝突したかを、ここから確かめる。身体を動かす要求か、能力の出力か、装置自身の処理か。それで、この評価の意味も変わる」
「でも、そのあとは……」
記録の末尾には、支配による修正を示す処置名が残っていた。
二つを使おうとしたことと、一方を従わせようとしたことが、同じ紙の上でつながっている。僕は期待しかけた自分の胸を、そっと押さえた。
「今の僕たちで、続きを試すつもりはないんですね」
「ない。まず、何が起きた記録なのかを読む」
主任が答え、先輩も頷いた。
Sはしばらく図を見ていた。その沈黙が少し気になって聞くと、低い声が返ってくる。
――見たい。けど、あっちの言う通りにする気はねぇ。
(僕も、見たい)
怖いことと、知りたいことは一緒にあった。今日は説明を聞く。それ以上は引き受けないと伝えると、牧野さんがその範囲を記録してくれた。
帰り際、現在の通信の続きが届いた。二つの待機欄には、同じ時間枠で反応を得るという条件が付いている。
【RESPONSE WINDOW:SAME】
「交代して順番に答えるのでは、足りないんでしょうか」
「そういう要求に見えるね」
主任は記録を保存した。こちらからは何も送らない。
僕は鞄を持ち直し、立ち上がる前にSへ声をかけた。
(帰ろう)
――おう。
椅子から立った身体は一つだった。さっきの二本の線が、まだ目の奥へ残っていた。




