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えすえむっ!  作者: 角竜
昔の『はい』で、今を決めるな
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助けたことを、同意にするな

本校舎側の通路は使わず、別棟の外へ出る。


担任が告げた経路を聞いて、朝倉は鞄の内側を一度確かめた。図に書いてあった道と同じだ。僕も教室の最後尾へ並び、倉田が後ろの席に残った荷物を持ち主へ渡すのを待った。


体育館は復旧作業中で、授業には使っていない。技術班と設備担当だけが入っていた。異常が出たのは、その作業で使っていた仮設の駆動系統だという。


『全員、外へ。工事区画には入らないで』


三枝先輩の声が貸与端末から聞こえる。僕は返事をして、先生の後を歩いた。


囲いの内側で、低い金属音がした。


器具を載せた電動の可動台が壁へぶつかり、閉めていた搬入口を押し開く。傾いた囲いが、避難路の端へせり出した。


「止まって! 後ろへ戻る!」


担任の声で、列が動きを変える。警備員が防護板を差し入れた。その奥では、設備担当の人が工具箱を置いて壁際へ逃げている。


僕は前へ飛び出さず、列の後ろへ下がった。


――右の棚。


Sの声に顔を向ける。可動台に押された収納棚が、搬入口の内側で傾いていた。


「棚が倒れます!」


僕が叫び、先生が近くの生徒を引く。倒れた棚の角が床へ当たり、跳ねた金具が防護板の端を抜けた。


脛に硬いものがぶつかる。痛みで膝が折れ、警備員が僕の腕をつかんだ。


「歩ける?」


「はい。脛を……」


身体の奥へ、少量のMPが溜まる。避けきれなかった衝撃が、力へ変わっていた。


だからといって、痛みまで消えるわけではない。僕は壁を支えに立ち、先輩へ負傷した場所と、MPが少しあることを伝えた。


◇


可動台の動力は、設備担当が切った。


けれど、斜めになった台はすぐには戻せなかった。前輪が敷居へ引っ掛かり、取り残された人と出口の隙間を塞いでいる。奥では押し込まれた棚が軋んでいた。


三枝先輩が到着し、警備員と荷重のかかっている位置を確認する。


「支えを入れて。台の下へ手を出さない」


作業員が止め具を差し込み、もう一人が反対側を支える。それでも、前輪が噛んで隙間が広がらない。


「僕から、その車輪の付け根が見えます」


僕は壁際の窪みから言った。


「持ち上げるのは無理です。でも、少し横へずらすなら」


先輩が位置を見て、奥の人へ下がるよう伝えた。僕が届くのは、台から突き出した脚の根元だった。


「一度だけ。動いたら職員が固定する」


「はい」


僕は掌を当て、今受けた衝撃を細く絞った。


Momentum。


短い振動が金属を走り、車輪が敷居から外れる。すぐに職員が支えを押し込み、台を斜めのまま固定した。


「通れます!」


設備担当の人が横向きに抜けてくる。僕は手を離し、警備員に支えてもらって下がった。さっき得たMPは、ほぼ使い切っていた。


無事を確かめる声が重なる。その中で、端末へ新しい観測報告が届く。


【CURRENT ANCHOR:M PARTIAL】


僕の反応が、現在の基準の一部として拾われたらしい。


「主任、今ので――」


『見ている。救助したことと、同意したことは違う。そこは後で記録する。今は人を安全な方へ』


分かっていても、画面の文字が嫌だった。助けた人が息をしている横で、別の何かの準備が進んでいる。


◇


体育館の上部で、もう一つ駆動音がした。


照明を点検する移動足場が、避難梯子とは逆の方向へ動いている。作業を中断した技術班の人が手すりにつかまっていた。安全帯はあるが、このまま壁へ押しつけられれば逃げ場がない。


「上に一人!」


別の作業員が非常盤へ走る。通常の電源は切れた。それでも、後から接続されていた補助機器が、足場を動かし続けた。


三枝先輩が下で安全な進路を作り、設備担当が梯子を下ろそうとする。今度は格納用の腕が勝手に巻き戻り、梯子を途中まで引き上げてしまった。


――湊。代われ。


(Sも出たら、たぶん揃う)


――分かってる。別の手が間に合うなら任せる。


僕は上を見た。技術班の人は足場の端へ移り、壁との間から工具袋を外している。袋が挟まって落ちた。人がいる幅まで、もうあまり残っていない。


(梯子を使えるようにする?)


――ああ。下を止めて、上の出口を開ける。


僕はそのまま先輩へ伝えた。彼女は露出した格納用の腕を指し、設備担当へ切り離してよい箇所を確認する。


「無理に人を抱えて跳ばないで。梯子へ移れれば、こちらが支える」


「はい」


壁の陰で、身体を渡す。


視界が一度揺れ、Sが足の置き方を確かめた。脛の痛みはそのまま残っている。Sは痛む側へ体重をかけすぎないよう立った。


「SPはねぇ。最初のところ、抑えといてくれ」


警備員が防護板を構え、設備担当が工具を渡す。Sは普通の速さで格納機構へ寄り、示された金具へ工具を差し込んだ。


一度目は滑った。肩にも痛みが走り、僕は内側から持ち方を変えるよう声をかける。


Sは奥歯を噛み、もう一度、身体の重さを乗せた。


金具が割れた。格納用の腕が空回りし、職員が梯子を下ろして固定する。


危険な機構を壊した損害が、少量のSPになった。


Speed。


短い加速で、Sは固定された梯子を上がった。足場そのものの駆動はまだ止まらない。上の出口に噛み込んだ横棒へ工具を当て、全身で押し戻す。


「こっちだ。足から、ゆっくり!」


作業員が手すりから梯子へ移る。下では先輩と職員が待っている。Sは安全帯が引っ掛かっていないことを確かめ、最後に自分も降りた。


途中で速さが切れた。脛が痛み、手に余分な力が入る。


(急がなくていい。あの人はもう下にいる)


僕が言うと、Sは一段ずつ足を置いた。


床へ降りたところで、補助機器の給電も切られた。足場が止まり、体育館に人を呼び合う声だけが残った。


◇


別棟の保健室で、Sは冷却材を脛へ当てていた。


怪我と交代後の状態を診てもらい、すぐに僕へ戻すことはしない。救助された人たちも、医療側の確認を受けている。


白峰主任から届いた報告には、二系統の現在反応が揃ったと記されていた。


【CURRENT ANCHOR:DUAL COMPLETE】


「助けたことを、許可にしやがった」


Sの声は低かった。


『反応を取得したことと、同意を得たことを混同する処理が動いた。ただ、こちらも間に合った』


現地で保守口を確保した技術班が、今回の反応について本人の同意は確認されていない、という保留を照合側へ渡したという。診療記録を公開したのでも、SM-01の古い記録へ僕たちを結びつけたのでもない。今日観測された反応に対応する処理だけを指定した。


画面には二つの欄が並んだ。


能力反応は確認済み。同意は未確認。


【CONSENT CONFLICT】


『実行の照合が止まった。この時間に、現地の班が出力と書き換え用の経路を押さえる。本人の返事を安全に渡す方法も確かめている』


「言えば、止まるのか」


『相手を説得するんじゃない。向こうが転用した許可と矛盾する記録を、照合する機器へ届かせる。別の命令で上から潰されないようにする作業は、こちらがやる』


Sは冷却材を持ち直した。


(助けなければよかった、にはしないでね)


僕が言うと、Sはすぐに答えた。


「するかよ」


声に出たので、三枝先輩がこちらを見る。Sは説明する代わりに、端末の向こうへ言った。


「俺が力を使ったのは、落ちそうな奴を助けたかったからだ。お前らに従うって返事じゃねぇ」


機械へ音声は送られていない。画面も、それで変わりはしなかった。


主任が頷いた。


『その言葉を、本人の返事として残そう』


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