力を与える注射
「誰かに能力者にされた可能性がある」
三枝先輩の言葉が駅前の騒音の中でも、やけにはっきり聞こえた。僕は、倒れている少年を見る。さっきまで地面を砕くほどの力を振り回していた。今は、ただ苦しそうに眠っているだけだ。
「能力って……後から与えられるんですか?」
「本来は、できない」
三枝先輩が答える。
「少なくとも管理局が把握している範囲では」
その言い方が気になった。
「把握している範囲?」
「詳しいことは支部で話す」
――また秘密かよ。
Sが不機嫌そうに言う。
(政府組織だし仕方ないよ)
――お前、管理されんの早速慣れてね?
それはちょっと嫌だった。三枝先輩が透明な袋へ注射器を入れる。
「触らないで成分が分からない」
「はい」
遠くからサイレンが聞こえてきた。管理局の車両らしい。駅前の封鎖が始まる。
「真白君」
「はい」
「今日は帰宅――」
「またそれですか」
思わず言ってしまった。三枝先輩が止まる。しまった。
「いや、その……」
――言え。
Sが言う。
(え?)
――嫌なんだろ。
朝倉の言葉が頭をよぎった。嫌な時は、嫌と言う。僕は小さく息を吸った。
「僕も知りたいです」
「何を?」
「今の人が、どうしてこうなったのか」
三枝先輩は黙る。
「僕も昨日、突然能力に目覚めました」
「あなたは自然覚醒と見ている」
「でも」
僕は自分の胸に手を当てた。
「普通じゃないんですよね」
一つの身体に二つの人格。二つの能力。能力者の常識から外れている。そう言われたばかりだ。
「もし関係があるなら」
怖い。本当は知りたくない。自分がおかしい理由なんて。でも、知らないままのほうがもっと怖い。
「僕たちのことも知りたいです」
三枝先輩はしばらく僕を見ていた。それから。
「分かった」
珍しく簡単に認めた。
「ただし、閲覧できる情報だけ」
「十分です」
――俺は足りねぇ。
(君は黙って)
「それと」
三枝先輩が続ける。
「今の戦闘」
嫌な予感。
「あとで始末書」
「なんで!?」
「戦闘許可がないのに能力を使用したから」
「人助けしたのに!?」
「人助けと規則違反は両立する」
理不尽だ。
――やっぱ政府嫌いだわ。
今回だけは僕も少し同意した。
◇
管理局東京第三支部。昨日来た白い部屋とは違う場所へ通された。壁一面がモニター。中央に大きな机。三枝先輩が端末を操作する。
「今回の対象」
画面に少年の顔写真が表示された。
「高瀬悠斗。十七歳。高校二年生」
僕と一つ違い。
「能力者登録歴なし。家族にも能力者はいない」
次の画面。駅前の防犯カメラ。高瀬さんが一人で歩いている。時刻は事件の約二十分前。
「普通ですね」
「ここ」
三枝先輩が映像を止める。画面の端。フードを被った人物。顔は見えない。高瀬さんとすれ違う。その直後、高瀬さんが腕を押さえている。
「まさか」
「注射された可能性が高い」
映像を拡大。一瞬だけ。金属のようなものが見える。そして十分後。高瀬さんは駅前で倒れ。能力が暴走した。
「こんなの……」
僕は言葉を失った。本人の意思なんて関係ない。突然。知らない誰かに化け物みたいな力を押しつけられる。
「昨日の男が言ってた」
僕は思い出す。
リベル。
能力者は一般人に管理されるべきではないと主張する組織。そして、未覚醒者を意図的に能力者へ変える方法を探している。
「リベルがやったんですか?」
「可能性は高い。でも断定はできない」
三枝先輩が別の資料を開く。そこには似た事件が並んでいた。大阪。名古屋。横浜。発生場所はバラバラ。
「全部……?」
「過去三か月で確認された、原因不明の異常覚醒」
十一件。
「今回で十二件目」
十二。思ったより多い。
「被害者は?」
「生存九名」
僕の喉が詰まった。聞かなければよかった。
「能力はバラバラ。でも共通点がある」
「何ですか?」
三枝先輩が一覧を表示する。能力名の横。
アルファベット。
R。B。T。D。
「……頭文字?」
「そう」
――それが何だ。
Sが言う。僕も分からない。三枝先輩が高瀬さんの欄へ文字を入力する。M。
「M?」
「本人が意識回復後に話した」
「もう起きたんですか?」
「一時的に」
能力名。Magnitude。衝撃の規模を増幅する能力。
「Magnitude……」
M。僕のMomentumもM。嫌な偶然。
「真白君」
三枝先輩がこちらを見る。
「あなたの能力はMomentum」
「はい」
「そしてもう一人はSpeed」
S。画面に二つの文字が表示される。M。S。
「現在確認されている能力には、名称の頭文字と性質に相関があるケースが存在する」
「相関?」
「まだ仮説の段階」
三枝先輩が言う。
「M系統は、蓄積・増幅・質量・運動に関係する能力が多い」
Momentum。Magnitude。
「S系統は速度、切断、感覚強化など」
Speed。僕は自分たちの名前を思い出す。S。M。ずっとただの呼び名だと思っていた。
「偶然……ですよね」
三枝先輩は答えなかった。
「先輩?」
「問題はそこじゃない」
話を逸らされた。明らかに。
――こいつ何か知ってんな。
(僕もそう思う)
三枝先輩が高瀬さんの検査結果を表示する。
「人工覚醒には大きな欠点がある」
数値が赤く点滅している。
「能力に身体が適応できない」
「適応……」
「自然覚醒者は、発現時点である程度能力に耐えられる身体になっている。でも人工的に無理やり能力を起こせば」
僕はさっきの高瀬さんを思い出す。膨れ上がった腕。苦痛。制御できない力。
「身体が壊れる」
「そう」
短い言葉。でも、重かった。
「じゃあ」
僕は聞く。
「能力を消すことは?」
「現状、方法はない」
「そんな……」
じゃあ高瀬さんはずっとあの力と生きていかなければならない。頼んでもいない。欲しくもない力と。
――気に入らねぇ。
Sが呟いた。
(うん)
珍しく。完全に同意した。三枝先輩の端末が鳴った。
「失礼」
通信を取る。
「三枝です」
数秒。先輩の顔色が変わった。
「……いつ?」
また数秒。
「分かりました」
通信が切れる。
「どうしたんですか?」
「高瀬悠斗が消えた」
「え?」
意味が分からなかった。
「病院から?」
「管理局の医療区画」
「そんなところからどうやって」
「内部の監視映像が七分間だけ停止した」
三枝先輩が立ち上がる。
「その間に高瀬君と」
そこで言葉が止まる。
「昨日捕らえたリベル構成員」
黒いパーカーの男。
「二人とも消えた」
空気が冷える。偶然ではない。絶対に。
「内通者……?」
僕が言う。三枝先輩は答えなかった。でも、否定もしなかった。その時、部屋のモニターが一斉に消えた。
「え?」
真っ暗。数秒後、中央の画面だけが勝手に点灯する。映像。誰かが映っている。暗い部屋。顔は見えない。ただ、白い手袋をした人物。
『管理局の諸君』
加工された声。三枝先輩が槍へ手を伸ばす。
「リベル……」
『一つ訂正しておこう』
画面の人物がゆっくりと一本の注射器を持ち上げる。
『我々は能力を与えているのではない』
透明な液体。
『人間が本来持っている可能性を』
注射器の中で液体が揺れる。
『解放しているだけだ』
映像が乱れる。そして最後に一瞬だけ。文字が表示された。
【S/M】
僕の呼吸が止まった。Sも何も言わない。映像は消えた。静寂。僕は自分の手を見る。Momentum。そして、身体の奥にいるもう一人。Speed。今まで僕たちは偶然だと思っていた。でも、画面に出た。SとM。それは僕たちだけが使っていたはずの二つの文字だった。




