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えすえむっ!  作者: 角竜
僕の中にいる、もう一人
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6/111

受ける僕と、避ける僕

駅前は、昨日の学校よりずっと酷かった。


「下がってください!」


三枝先輩が叫ぶ。改札前の広場。割れたガラス。横倒しになった自転車。逃げ惑う人。そして広場の中心に巨大な亀裂が走っていた。


「何が……」


僕が立ち止まる。地面が盛り上がった。次の瞬間。


ドンッ!


アスファルトが弾ける。僕は反射的に腕で顔を庇った。破片が飛ぶ。


「伏せて!」


三枝先輩が槍を地面へ突き立てた。透明な壁が広がる。破片が次々と弾かれた。


「っ……!」


僕は息を呑む。昨日の男とは違う。そこにいたのは僕たちと同じくらいの年齢に見える少年だった。いや、正確には少年だったもの、と言ったほうがいいのかもしれない。両腕が異様に膨れ上がっている。皮膚の下で何かが脈打っている。


「痛い……」


少年が呟く。


「痛い……痛い……!」


次の瞬間、拳が地面へ叩きつけられた。爆発。違う。爆発じゃない。純粋な衝撃だ。地面そのものが殴られている。


「能力は衝撃増幅系……!」


三枝先輩が端末を見る。


「でもおかしい」


「何がですか?」


「出力が安定していない」


また拳。


ドンッ!


ビルの窓が一斉に震える。


「覚醒直後でも、ここまで制御不能になる例は少ない」


少年が頭を抱える。


「止めて……!」


そして。顔を上げた。


「誰か止めてくれよ!」


胸が痛くなった。敵じゃない。少なくともあの人自身は戦いたくて戦っているようには見えない。


「真白君」


三枝先輩が言う。


「避難誘導だけして」


「はい」


僕は走る。倒れた自転車の横。母親らしい女性が、小さな男の子を抱えている。


「立てますか!」


「足が……!」


捻ったらしい。僕はしゃがむ。


「僕が運びます」


――待て。


Sが言う。


(何?)


――またそれか。


(今度は違うよ)


――何が違う。


(運ぶだけ)


――能力者が暴れてんだぞ。


Sの声が苛立つ。


――お前は戦えねぇ。


(だから避難させるんだよ)


僕は男の子を背負った。母親に肩を貸す。


「こっちです!」


三枝先輩が戦っている間に広場から離れる。一人。二人。三人。できることだけ。できる範囲でそう決めた。はずだった。


「危ない!」


誰かが叫ぶ。振り返る。少年の拳がこちらを向いていた。


「うわあああああ!」


衝撃。三枝先輩が割って入ろうとする。間に合わない。後ろには逃げ遅れた人たち。考えるより先に僕は前へ出た。


「真白君!」


両腕を交差させる。次の瞬間、世界が爆発した。


「ぐ……っ!」


身体が浮く。十メートル近く飛ばされた。背中から地面へ落ちる。息ができない。痛い。身体中が痛い。だけど。同時に分かる。Momentum。身体の奥に力が溜まっていく。


「真白君!」


三枝先輩の声。僕は震える膝で立つ。


「大丈夫……です」


――大丈夫じゃねぇ!


頭の中でSが怒鳴った。


(でも)


――でもじゃねぇ!


(後ろに人がいた!)


――知るか!


(知るよ!)


Sが黙る。僕も珍しく強く言い返していた。


(あれを避けたら、後ろの人が死んでたかもしれない)


――だからって、お前が受ける必要はねぇだろ!


(じゃあどうすればよかったんだよ!)


――それを考えろっつってんだよ!


「……え」


僕は動きを止めた。Sの言葉が頭の中で響く。


――お前、受けることしか考えてねぇ。


僕は少年を見る。三枝先輩が槍で牽制している。少年は無茶苦茶に拳を振る。三枝先輩は防いでいるけれど。衝撃を完全には消せない。


――Momentumがある。


Sが言う。


――攻撃食らえば強くなる。


――だからお前。


――食らうのが正しいと思い始めてる。


胸が冷える。否定。できなかった。昨日までは殴られることに慣れていた。能力に目覚めてからは殴られることに意味までできた。受ければ。強くなれる。誰かを守れる。だから、


「……僕」


また。同じことをしている。形が変わっただけで自分が傷つけば済む。そう思っている。


――やっと気づいたか。


(でも)


――そこで「でも」って言うな。


(じゃあどうするの)


少しの沈黙。そして、Sが言った。


――俺を使え。


僕は目を見開いた。


(え?)


――受けなきゃいけねぇ時はお前。


――避けられる時は俺。


(そんな都合よく交代できないよ)


――だから練習すんだろ。


「今!?」


思わず声が出た。三枝先輩が振り返る。


「何?」


「い、いえ!」


――やるぞ。


(待って待って)


――来る。


少年の拳が三枝先輩を振り切る。衝撃波。こちらへ。


――代われ!


(どうやって!?)


――知るか!


(知らないの!?)


――昨日できただろ!


(偶然だよ!)


衝撃が迫る。避ける。そう思う。でも身体が重い。間に合わない。


「S!」


叫んだ。その瞬間、感覚が反転した。世界が遅くなる。


――おせぇ。


S。身体が沈む。衝撃が来る。半歩。横へたったそれだけ。爆発のような一撃が僕たちの横を通過した。


「……!」


三枝先輩が目を見開く。Sが笑う。


「だから避けろってんだよ」


そして。走る。一歩。二歩。三歩。Speed。昨日より。明らかに加速が速い。


――S!


僕は身体の奥から叫ぶ。


(殴るな!)


「は?」


(あの人、苦しんでる!)


「知るか」


(止めるだけでいい!)


「面倒くせぇ!」


それでもSは拳を引いた。少年へ近づく。その瞬間、少年が腕を振る。近距離。避けられない。


――チッ。


衝撃。Sが腕を前へ出した。受けた。


「ぐっ……!」


吹き飛ぶ。僕にも痛みが来る。でも、同時にMomentumが溜まる。


(え)


――うるせぇ。


Sが立ち上がる。僕は驚いていた。


(今、避けなかった?)


――避けたら後ろの女に当たってただろ。


見る。確かにSの背後。逃げ遅れた女性。さっきの僕と同じ。


(S……)


――勘違いすんな。


Sが言う。


――俺が怪我すんのが一番マシだっただけだ。


その言葉に少しだけ笑いそうになる。


(それ、僕と同じじゃない?)


「違ぇよ!」


声に出た。少年が一瞬。きょとんとした。その隙。Sが踏み込む。速い。右。左。正面。少年が反応できない。


「お前さぁ」


Sが言う。


「もう暴れんのやめろ」


「止められ……ない……!」


少年の拳。Sが避ける。でも、攻撃しない。走る。Speedを上げる。少年の周囲を何度も何度も少年は追おうとする。拳を振る。外れる。また振る。外れる。


「ぐっ……」


動きが鈍くなる。三枝先輩が気づいた。


「消耗させてる……?」


そうか。倒す必要はない。能力を使わせ続ければ。いつか限界が来る。


――そういうこと。


Sが答える。


(僕、何も言ってないけど)


――考えてることくらい分かる。


少年が叫ぶ。


「止まれ!」


大きく腕を振り上げる。まずい。今までで一番強い。周囲全部を巻き込むつもりだ。Sが足を止めた。


――これは避けられねぇ。


(交代!)


――できんのか!?


(分からない!)


でもやる。受けるなら。僕。避けるなら。S。役割を分ける。


(戻って!)


身体に手を伸ばすイメージ。Sの背中を引っ張るように一瞬、視界が揺れた。そして、僕の身体になった。


「……っ!」


戻れた。初めて。自分たちの意思で交代した。考えている暇はない。少年の拳が地面へ落ちる。僕は両腕を前へ出した。Momentum。溜まっている。今まで受けた衝撃。全部。身体の中に。


「うおおおおおおっ!」


拳を振る。少年ではない。地面へ溜めた力を全部。下へ叩きつける。


ドンッ!!


二つの衝撃がぶつかった。空気が震える。地面が割れる。でも、少年の衝撃は広がらなかった。僕のMomentumが正面から押し返した。


「……!」


少年の顔に初めて。恐怖ではない表情が浮かぶ。驚き。そして、安心。


「止まった……?」


そのまま。少年の身体から力が抜けた。倒れる。三枝先輩が駆け寄り。抱き止める。


「意識あり。呼吸正常」


僕はその場に座り込んだ。


「疲れた……」


――ダッセ。


(君も疲れてるでしょ)


――別に。


(声ちょっと弱いよ)


――黙れ。


僕は笑った。痛い。身体中痛い。でも、昨日とは違う。全部を僕一人で受けたわけじゃない。S一人で全部避けたわけでもない。受ける僕。避けるS。ほんの一瞬だったけど。役割を分けられた。三枝先輩がこちらを見る。


「今の交代」


「はい」


「自分たちの意思で?」


僕は頷く。すると三枝先輩がほんの少しだけ。笑った。


「進歩したわね」


初めて褒められた。ちょっと嬉しい。


――気持ち悪。


(うるさいな)


そのとき。倒れている少年の袖から。何かが転がった。小さな。透明の筒。中には液体の残骸。注射器。三枝先輩の表情が一瞬で変わった。


「これは……」


「何ですか?」


三枝先輩は答えなかった。代わりに、少年の腕を確認する。そこには新しい注射痕。一つ。二つ。三つ。


「まさか」


三枝先輩の声が震える。ほんの少しだけ。


「自然覚醒じゃない」


僕は意味が分からなかった。


「どういうことですか」


三枝先輩が注射器を拾う。そして、低い声で言った。


「この子」


僕たちを見る。


「誰かに能力者にされた可能性がある」


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