↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
えすえむっ!  作者: 角竜
昔の『はい』で、今を決めるな
PR
69/111

昔の記録より、今ここにいる人

「今日は駅まで一緒に帰れる?」


朝倉に聞かれた時、僕の鞄はもう机の横に置いてあった。管理局へ寄る予定はない。そう答えようとしたところで、貸与端末が震えた。


僕が画面を見ると、朝倉は手を振った。


「先に出て」


三枝先輩からだった。昔の移送記録を使った要求が、外の連絡窓口へ届いたという。対象は三十二番。患者本人は動かしておらず、治療も変わっていない。


『君たちにも伝えていいと、本人の希望があった。詳しい話は支部で』


僕は短く返事をした。


通話を終えると、朝倉が鞄の紐を肩へかけ直す。


「また今度だね」


「ごめん」


「予定が変わったのは残念。でも、それと怒ってるかどうかは別」


彼女は僕の靴を見た。


「走らなくていい話?」


「うん」


「じゃあ、ちゃんと歩いて」


僕は頷いた。全部を平気だと言ってくれるわけではないから、残念だったという言葉も、ちゃんと受け取っておきたかった。


◇


旧系統の要求は、現在の病棟へ直接届いたのではなかった。


以前の移送連絡に使われた窓口へ送られたものを、切り離し作業中の現地班が保存していた。宛先には病棟の今の住所がなく、旧研究側の番号があるだけだった。


【CARE TRANSFER:APPROVED】


【DESTINATION:NODE C-07】


「CARE-07と、同じ場所なんですか」


「まだ結びついていない。こちらは移送先として使われた番号。所在も確認中だよ」


白峰主任が答えた。似た文字を見た途端、別の記録まで同じものに見えそうになる。


古い資料からは、M側への確認で身体全体の扱いを決め、S側の返事を不要にする記録が見つかっていた。今回の要求も、その丸を移送許可として使っている。


牧野さんが、現在の返事を書いた紙を置く。


【M-32:移送を希望しない】


「外からこういう要求が来たと説明したところ、今いる場所から移りたくない、と答えました。この返事は湊さんたちにも伝えてよいと」


「S-32さんは?」


「この件についての直接の返事は、まだ確認できていません」


二人とも拒否したとは書かない。それでも、外部の未確認な要求に従って移送を進める理由にはならない。安全のための対処は、職員が引き受けている。


――昔の丸より、今そっちにいる奴を見ろよ。


Sの声に、僕は自分でも頷いていた。


◇


画面が二つに分かれた。


左は旧系統から届いた要求、右は管理局側で並べた現在の状況。本人の返事を敵へ流した画面ではないと、主任が先に説明してくれた。


相手の要求では、現在の返事を未取得としたS-32の欄へ、古い代理確認が適用されていた。


【HISTORICAL PROXY:APPLY】


次の欄は、同意済み。


右側では、本人確認が可能になるまで保留になっている。


同じ番号なのに、片方には勝手な返事があり、片方にはまだ返事がなかった。


「この保留を、向こうへ届ければ止まるんでしょうか」


「受け取る場所と方法を確認しているところだ。ただ、それを試すために患者の情報を丸ごと渡すことはしない」


主任が答える。


その時、牧野さんへ連絡が入った。短く話してから、彼女は僕たちを見た。


「M-32さんが、自分に関する記録を少し見たいそうです。私は医療側へ行ってきます」


僕は一瞬、立ちかけた。


けれど牧野さんは、一緒に来てほしいとは言っていない。記録を見る人の隣に、僕たちが座っている必要はなかった。


「分かりました」


椅子へ座り直すと、Sも黙っていた。


◇


待っている間、僕は朝倉へ短い連絡を送った。


今日は支部で説明を聞いている。怪我は増えていない。駅まで一緒に帰る話は、また日を決めたい。


書き終えてから、Sが言った。


――予定だけなら、今度で済ませんなよ。


(君もそう思う?)


――お前が帰りてぇんだろ。


そうだった。


僕は最後の一文を書き直し、明日の予定はどうかと尋ねた。相手の返事が来る前に、その日で決まったことにはしない。


しばらくして牧野さんが戻った。M-32さんは見たいところだけを確認し、疲れたので今日は休むと決めたという。


「返事は変わりましたか」


「移送を希望しない、のままです。それを改めて自分の今の言葉として残したいと」


それ以上の様子は聞かなかった。何を思い出したのか、苦しかったのか。気になることがあっても、全部を僕たちへ話す約束はしていない。


Sが小さく言った。


――寝かせとけ。


(伝えるまでもないと思う)


――分かってる。


画面にあったS-32の保留も、そのまま残った。


◇


移送先を探す動きは、別の場所で続いていた。


C-07へ到達できないと判断した相手が、代替の受け入れ先を探している。候補に出た三つのうち、一つは停止済み、一つは所在不明。そして最後の一つには、現在使われている施設コードがあった。


技術班の人が地図を開く。


能力者向けの民間相談・一時保護施設。能力者の存在が公表されたあと、新しく開かれた場所だった。


「旧研究所じゃないんですね」


「少なくとも建物と現在の運営は違う。機器をどう引き継いだかは、現地へ確認する」


三枝先輩が連絡を取り始めた。


利用者へ何も知らせず一斉に移動させないこと。危険がある場所からは先に離し、使える通常設備までまとめて止めないこと。相手の窓口の人と、一つずつ条件をすり合わせている。


僕には、その施設にいる人の顔が分からなかった。それでも、病室で今は移りたくないと答えた人と同じように、そこにも今日はどこで休むかを考えている人がいる。


敵の候補一覧には、その事情は何も出ていない。


帰り際、牧野さんが現在の返事の紙を閉じた。その表紙へ、古い記録を保存していることと、現在の希望が優先されることを別々に記す。


僕の端末に、朝倉から返事が届いた。


『明日なら、図書室に寄ってから』


僕は、その予定を手帳へ書いた。機械の画面とは違い、まだ決まっていない帰宅時刻は空けておいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。