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えすえむっ!  作者: 角竜
昔の『はい』で、今を決めるな
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同じ仕組みでも、同じ答えじゃない

「同意って言葉、しばらく見たくない」


翌日の昼休み、僕が弁当を開けながら呟くと、朝倉は自分のパンを半分に割った。


「じゃあ、今日のお昼の話にしよう」


カレーパンだった。僕の目がそちらへ動くより先に、Sが言う。


――交渉しろ。


(何と交換するの)


――お前の唐揚げ。


(君も好きでしょう)


「一個で半分。どう?」


朝倉に先に言われた。断る理由はなかったので、僕は頷いた。


渡す物と、もらう物が目の前にある。それぞれ欲しいと言い、一つずつ交換する。こんな話まで難しく考えたくはないのに、僕はパンを受け取ってから一瞬だけ手を止めた。


「また何か考えてる」


「うん」


「冷めるよ」


すでに冷めていたけれど、そこは言わずに食べた。少し辛いカレーに、Sが満足したように黙る。


今日は、最後まで昼ご飯を食べられた。


◇


支部へ寄ったのは検査のある日だけだった。急ぎでない報告は後からまとめて聞き、必要なら途中で休む。毎日会議室にいれば、その分だけ調査が速くなるわけでもなかった。


その日の説明では、机の上に二つの図が並んでいた。


一つは現在の制御網。もう一つは、候補にされた古い機器から読み出した支援の仕組みだった。


担当者が替わっても記録を引き継ぐ。一台が故障しても別の窓口で相談を続ける。一か所を止めたからといって、支援全部が途切れないようにする。


「これも、分散してる」


僕の言葉に白峰主任が頷いた。


「発想そのものは、以前から使われていたらしい」


――俺らの真似じゃなかったのか。


Sの呟きを伝えると、主任は最初の仮説を消さず、その横へ新しい情報を足した。


「君たちを見て運用を変えたかどうかは、まだ別の問題。ただ、仕組みを一から作る必要はなかったのかもしれない」


僕たちの街で起きたことだけを基準にすると、敵までそこから始まったように考えてしまう。今見ている線は、僕たちが知るよりずっと前から、別の人の暮らしにつながっていたらしい。


牧野さんが、古い説明欄を読み上げる。


「代理確認は緊急支援時に限る。意思確認が可能になった場合、必ず本人へ再確認すること」


一台の機器に残っていた文だった。記名部分は欠けていて、誰が書いたかは分からない。


「じゃあ、代理そのものをなくせばいいわけじゃないんですね」


「返事ができない緊急時にも、必要な支援はある」


三枝先輩が答えた。


「だから、何を代行したかを残す。後から、別のことに同意した扱いへ広げない」


主任が現在の制御側の要求を重ねた。


【EMERGENCY LIMIT:REMOVE】


緊急時に限る、という条件を外す。


小日向さんの画面で起きたことが、一本の線でつながった。保留になっている普通の参加希望へ、緊急時の代行を使う。確認済みという結果だけなら、同じ形で出せてしまう。


――道具の使いどころ、わざとなくしてんのか。


Sの声には、怒りより気持ち悪さが混じっていた。


◇


技術班は、回収した機器の複製環境で処理を比較していた。


人体につながる出力はない。画面上の模擬の要求が、どの条件で止まるかを見るだけだ。僕たちが座っている会議室からも、実験用の機器へ何かを送ることはできない。


「ここを見てください」


担当者が、命令を作る部分と、実際の設備へ通す部分を分けた。


「上の採決は、確認済みかどうかを簡略化して数えています。一方、末端に残る古い照合部分は、誰の、いつの、何に対する確認かを読みます」


「最初の黄色い機械が、採決から外されても止まってたのは?」


「その違いが理由の一つです。採決で進めになっても、実行する機器が別の条件を要求する」


主任は僕の前へ紙を置き、宛名と内容のない封筒の絵を描いた。


「届いた、という数だけは数えられる。でも、誰の何の返事かを確かめれば、別の用途だったと分かる。今の網は、その後半を省こうとしている」


「全部省けたら?」


「危険だ。実際、そのための更新を探している。ただ、今回回収した世代では、照合部分を外すと駆動側が命令を受け付けなくなる」


まだ残っている条件がある。


それは、人を大事にする心が機械の中に残っていた、という話ではなかった。古い設備を動かすため、削るわけにいかなかった処理かもしれない。


それでも、どこで止まるかを調べる理由にはなった。


画面では、確認済みの印だけを付けた要求が一つ弾かれた。担当者は結果を保存し、違う機器でも同じになるかを確かめに戻る。


僕はその動きを目で追った。怒るだけでは見つからなかった場所へ、少しずつ指が届いている。


◇


説明のあと、僕は休憩室で課題を広げた。


帰る車の手配を待つ間だけでも進めたかった。Sが途中式を飛ばすなと言うので、口の中で計算しながら書いていく。


(そこ、分かるなら答え教えてよ)


――さっきお前が消したところだぞ。


(覚えてるなら教えて)


――二行前。


本当に書いてあった。


僕が恥ずかしくなっているところへ、主任が来た。手には、古い支援系統の一覧がある。


「関連のあるものを分けていたら、別の仕様が出てきた」


【SUBJECT ACK:DISABLED】


本人側の確認を無効にする設定。その隣には、見覚えのある言葉があった。


【DOMINANCE COMPATIBLE】


支配側の仕様に対応する、という表示だった。


「支援の一覧に、これがあるんですか」


「今見つかった複製にはある。最初から混ざっていたのか、後から書き換えられたのかは、変更の順序を追わないと分からない」


同じ線で人を支えることも、人を動かすこともできる。どこかで目的が替わっても、箱の外からは見えない。


僕はノートの間違った行へ、消しゴムではなく一本の線を引いた。何を直したか分からなくなると、また同じところで迷いそうだった。


――そっちも、消す前のを残しとけよ。


Sの言葉を伝えると、主任は頷いた。


「変更前も、変更後も。誰がどこを変えたのか分かる形で残す」


僕は書き直した式の先を、もう一度計算した。


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