代わりの返事を、勝手に作るな
久世さんから返事が来たのは、翌日の夕方だった。
知っている範囲で話せることがある。長くは話さない。その二つを聞いて、僕たちは相談室の椅子へ座った。
――今日は俺が話してもいいか。
内側からSに聞かれ、僕は頷いた。僕も聞いていると伝えたうえで、検査を終えて休んだ身体を渡す。視界が一度ずれて、Sが机の端へ指を置いた。
三枝先輩が顔色を確かめてから、通話をつなぐ。
『久しぶり』
画面の久世直人さんは、少し斜めに座っていた。机の隅には飲みかけの湯呑みがある。研究施設の映像ではない。それだけで、僕は妙に安心した。
「おう。俺が聞きたいって言ったから、無理してねぇよな」
『大丈夫。今日は話せるところまで、と先に決めてあるから』
久世さんは笑い、少しだけ黙った。
『もう一人が、後輩のくせに気を回すな、だって』
「そっちこそ、返事くらい自分で――」
Sが言いかけて止まった。
久世さんが首を傾げる。Sは椅子へ座り直した。
「……出てこいって意味じゃねぇ。今のは伝わった」
(言い直せたね)
――黙ってろ。
僕は笑わないようにした。画面の久世さんは笑っていたけれど、わざわざ指摘はしなかった。
◇
CARE-07の表示を見ても、久世さんはすぐには頷かなかった。
『施設の外へ出たあと、似た文字の出る端末があったと思う。CAREって文字と、七番。別の場所に出てたかもしれない』
白峰主任は、同じ機械だとは書かなかった。本人の記憶にある表示、と資料の余白に置く。
「使う時は、何をしていた?」
『支援の予定とか、説明を受けた確認とか。ただ、全部を自分で読んでたわけじゃない』
久世さんは湯呑みを両手で包んだ。
『一度、返事ができなくて、職員の人が代わりに確認済みにしようとしたことは覚えてる』
Sの指が止まる。
『圭吾さんが止めたんだ。画面に丸がついても、本人がはいと言ったことにはならない、って』
朝倉圭吾さん。美月の大伯父で、久世さんたちの施設外での生活を支えた人だ。研究の数値ではなく、夜泣きや食事のことを残していた人。
「その日、何を確認する予定だった」
主任の問いに、久世さんは視線を落とした。
『そこは、今日は話したくない』
「分かった。取り下げる」
主任はすぐにペンを置いた。
誰も、その話を聞かなければ調査が進まないとは言わなかった。Sが机から手を離す。僕も、さっきから自分が息を詰めていたことに気づいた。
『圭吾さんが機械を作った、という話じゃないよ』
久世さんの方から続けた。
『操作のたびに説明書を探してたくらいだし。今日は答えられないなら保留にしようって、そこで止めてくれた。そのことを話したかった』
「……ああ」
Sが頷く。
「端末が止めたんじゃなくて、その人が止めたんだな」
『うん。だから、機械の仕様と僕の思い出は、分けて聞いてほしい』
主任がメモへ一行足した。今度は久世さんが、その書き方でいいと確かめた。
◇
通話を切る前に、久世さんが尋ねた。
『そっちは、学校どう?』
「書類が増えた」
Sが即答する。
『君の分も?』
「俺の分も」
久世さんは少し考え、それから笑った。
『それなら、前とは違うね』
面倒だ、と言うはずだったSが、口を閉じた。
僕は内側から、出した連絡票のことを思い出す。名前を書ける欄が増えても、その分を僕が全部埋めたら同じだった。Sは自分でペンを持ち、気に入らない設問には余白へ文句まで書いた。
「そっちのもう一人も、書類は自分で書くのか」
『内容による。勝手に返事するな、とはよく言われる』
「だろうな」
短いやり取りのあと、久世さんは湯呑みを持ち上げた。
『冷めちゃった。今日はここまででいい?』
「おう。ありがとな」
画面が暗くなった。
Sはしばらくそこを見ていたが、自分から続きを求めなかった。主任も、伏せた資料を開き直さない。聞けたことより、今日は聞かないことの方が多い会話だった。
それでも、久世さんの顔色が悪くなるまで座らせずに済んだことを、僕はよかったと思った。
◇
休憩を挟み、僕へ戻ってから、候補検索の解析結果を聞いた。
探されていたのは、人名ではなく端末の識別番号だった。古い相談・支援用の機器が候補に挙がっている。その条件に、一つ共通する項目があった。
【SUBJECT ACK:OVERRIDE AVAILABLE】
「本人側の確認を、別の操作で上書きできるものを探している」
主任が言う。
「その操作を誰ができるかは機器ごとに違う。単に緊急時の代行機能が残っているだけのものも、候補に含まれているらしい」
「機能があるだけで、悪い機械ってわけじゃないんですね」
「そう。何のために、どんな条件で使うかを見ないといけない」
僕は、久世さんの湯呑みを思い出した。返事ができないことにも、理由がある。今聞かないでほしいこともある。そこをひとまとめにして、誰かが押せるボタンを探している。
候補の一つに接続要求が出た。別支部の受信班から、現地の通信を切り離したと報告が届く。相手側には参加失敗と記録された。
けれど、検索は次の番号へ進んだ。
――「はい」って出るまで、別の奴に聞く気だ。
Sの声に、僕は机の上の資料を見た。本人の代わりに確認する権限。使う目的の分からない古い機器。空いた席を埋めれば、止まっていた命令が通るかもしれない。
「本人を探してないんだ」
僕の言葉に、主任がこちらを向く。
「返事をくれる人じゃなくて、欲しい返事を出せる物を探してる」
会議室の外で、電話の音が増えていった。三枝先輩は候補に挙がった施設へ、回収より先に通常の支援を止めない方法を確認している。
僕は久世さんの証言が書かれた紙を、もう一度読んだ。
話せなかったところは、空いたままだった。その空欄を埋めずに記録を閉じることが、今日はやけに大事な作業に見えた。




