嫌だと言ったからって、味方とは限らない
「回収できた」
三枝先輩の連絡を読んで、止めていた箸を置いた。翌日の昼休みだった。
正規の設備は別の経路で動かし、不審な中継点だけを分離できたという。回収した機器は、支部へ運ばれているところだった。
(壊れてないって)
――読める。
(よかったね)
――中身見てから言え。
向かいの朝倉が、僕の弁当を指した。
「その卵焼き、ずっと持ち上げたままだったよ」
「気になってた機械が、無事に回収されたって」
「危ない機械なんでしょう?」
「うん」
「じゃあ、無事でよかったより、ちゃんと調べられてよかった、なのかな」
Sが小さく鼻を鳴らす。
――こいつ、たまに面倒くせぇくらい正確だな。
僕は卵焼きを食べた。機械が誰かを助けようとしていた、と決めたくなっていたことは、二人には黙っていた。
◇
支部へ着いても、実物には近づかなかった。
会議室へ届いたのは、隔離区画で撮った写真と、取り出した記録の複製だけ。外への通信も、設備を動かす接続も外した状態で調べているという。
机には三角形の小さな注意札があった。患者名を含む画面は共有しない、と書かれている。今日の記録に名前があるかどうかも、まだ分からないらしい。
「お久しぶりです」
牧野さんが資料を持って入ってきた。Sの正式な登録で、二人へ別々に話を聞いてくれた人だ。
「湊さん。Sさんも、この説明を聞くことでいいですか」
(聞く?)
――そのために来たんだろ。
「はい。聞くそうです」
「途中で変わっても構いません」
Sは黙った。僕が嫌かと聞くと、少し遅れて、嫌じゃねぇよ、と返ってきた。
白峰主任が写真を開いた。箱の中には新しい基板と、色の褪せた部品が重なっていた。配線も、同じ太さではない。
「外側の通信部分は比較的新しい。停止条件を判断していた処理は、別の機器から移した領域に残っていた」
「継ぎ足しですか」
「その形跡がある。由来は、部品の記録も合わせて追う」
画面では、同意の確認を待つ行が、ほかの処理とは違う色で囲まれていた。
「人を守る機械だったんでしょうか」
僕が尋ねると、牧野さんはその一行ではなく、手前の空欄を指した。
「何をもって確認済みにするか、そこが欠けています」
署名か、職員の操作か、別の機器から届く信号か。本人の返事をきちんと確かめる仕組みかどうかは、まだ分からなかった。
「実験に必要な条件が揃わないから止めただけ、ということもある」
主任が言う。
「止まった結果が望ましかったことと、その仕組みが全部望ましいことは、分けておこう」
僕は頷いた。Sは悪態をつかなかった。その代わり、内側から短く訊く。
――じゃあ、その空欄へ何が入るはずだった。
僕が声にすると、技術班の人が奥の記録を開いた。
◇
【EXTERNAL CARE】
施設外の支援につながるらしい文字。その下に、対象側からの確認を必要とする処理があった。
僕は、朝倉家で見た生活の記録を思い出した。食事、登校、夜泣き。研究の成功率ではなく、誰かがその日をどう過ごしたかを書いた紙。
「久世さんたちの……?」
「施設外へ移された先行例がいることは分かっている。でも、この部品が久世君の物だった証拠はない」
主任が答えた。
画面の端に、処理の呼び出し名が現れる。
【CARE-07】
七番。
今度こそ何かがつながったと思った。その気持ちが顔に出たらしく、牧野さんが表示を指で隠さないまま言う。
「同じ数字は、調べる手掛かりにはなります。ただ、名前の代わりにはできません」
「はい」
――知ってるかどうかくらい、聞けねぇのか。
Sの問いを伝えると、三枝先輩が頷いた。
「まず、こういう記録が見つかったと知らせる。話したいことがあるなら聞く。知らないことを思い出させるために呼び出す、ではない」
僕たちが知りたいと思うことと、久世さんたちが話したいことは、必ずしも重ならない。
会議が終わる前に、牧野さんはもう一度、欠けた欄を見た。
「ここを勝手に埋めないところからですね」
誰も答えを書き込まないまま、画面は保存された。
◇
廊下で給水機の紙コップを取ろうとすると、二つ重なって出てきた。
――二人分だな。
(使う口は一つ)
――分かってる。戻すなよ、触ったんだから。
水を入れた方を片手で持ち、余った方をどうしようかと考えていた時、会議室から技術班の人が先輩を呼んだ。
別地域の受信班が、新しい通信を拾ったらしい。回収した機械が外へ接続し直したのではない。相手が、返事のなくなった中継点を探していた。
先輩の端末に、受信時刻の付いた文字が並ぶ。
【DISSENT NODE:MISSING】
続いて、代替の機器を必要とする表示が出た。
「回収したから、気づかれたんですか」
「返事が途切れたことは分かる。どこへ運んだかまで知られた証拠はない」
先輩は確認を終えると、端末を技術班へ返した。
【CANDIDATE SEARCH:START】
候補の検索が始まる。
人なのか、別の機械なのか。探す条件が読めないうちは、そこまで決められない。
Sは、さっきまでとは違う声で言った。
――反対した奴が消えたら、直さなくて済むんだな。
僕は水を飲めなかった。
あの黄色い丸が、また同じ場所へ戻れるような気がしていた。止まった理由を相手へ説明すれば、四つでやり直せるのかもしれない、と。
画面の検索は、すでに空いた席を埋めようとしている。
余った紙コップの縁が、指の中で少し曲がった。僕は力を緩めて、それを捨てる前に、もう一度見た。




