三対一なら、正しいのか
反対した中継点へ送られたのは、新しい処理規則だった。
技術班が記録を進めると、更新を受け取った側から短い返答が出る。
【UPDATE:REJECTED】
「断った」
思わず声が出た。隣で三枝先輩が、現地から届いた報告を読み直す。
拒否理由の解析も追いついた。安全条件を満たしていない。だから、その経路への誘導を承認しない。機械がそう判定していたらしい。
「人を避難させる経路なら、危ない場所を通るのかもしれませんね」
「現場側に調べてもらってる」
先輩が答えた。どの場所で何が危ないのかは、画面だけでは分からない。
それでも、三つの中継点は判断を変えなかった。反対した一つの横に、新しい数字がつく。
【DISSENT WEIGHT:ZERO】
「以後、その判断を採決に数えない、という処理です」
技術班の人が説明した。
一つの丸が薄くなる。止まったのではない。同じ理由で何度も拒否を返しているのに、隣の集計欄だけが全員一致へ変わった。
――便利な全員だな。
Sが吐き捨てる。
「外された機械は、そのあと動いたんですか」
「現地で確認できた範囲では、担当する出力を止めたままだよ」
白峰主任が別の記録を指した。
「採決から外すことと、その機械の停止条件をなくすことは別らしい。多数決では進めになった。でも末端では止まった。今は二つが食い違っている」
画面の線は先へ進んでいる。それを実際の動作へ変える場所で、一つだけ扉が閉じたままになっているようだった。
「そこは、まだ消せてないんですね」
「そう。何を確かめないと動かないのか、その条件を調べる」
主任の指が黄色い丸を囲んだ。僕は、その小さな印を覚えておこうと思った。
◇
翌朝、教室では本校舎へ戻る時の希望を聞かれた。
点検の終わった教室から少しずつ使い始める。その前に、別棟での授業を続けたい人がどれくらいいるか、担任が手を挙げるよう言った。
大半は本校舎へ戻りたがった。購買が近い、黒板が見やすい、移動が面倒。僕にも覚えのある理由ばかりだったので、戻る方へ手を挙げた。
朝倉の手は、机に置かれたままだった。
「戻りたくない?」
「戻りたいよ」
彼女は僕を見ず、前の黒板を見ていた。
「でも、あの防火シャッターのある廊下、まだ嫌」
市民会館で、目の前の扉が落ちてきた時の顔を思い出した。鞄を放り出して自分で走った彼女を、僕は間に合ったという結果ばかりで見ていたのかもしれない。
「朝倉一人なら――」
後ろの席から声がして、担任が振り返った。
「一人でも、通れない場所は先に聞く」
誰かを叱るより、自分へ言い直すような声だった。先生は黒板に書いた人数を消し、校舎の簡単な図を描いた。
「戻るかどうかと、どの経路が使えるかは別だったな。昼休みに確認しておく。今ここで言いたくない人は、あとで教えてくれ」
朝倉が小さく頷いた。
Sも何も言わなかった。僕が手を下ろすと、朝倉はこちらを見た。
「真白君は、戻りたい方でいいよ」
「でも」
「私があの廊下を使えないのと、みんなが使えないのは違うし」
昨日の画面には、同じ経路を使うかどうかしか欄がなかった。今、先生は図にもう一本、遠回りの道を描いている。
◇
昼休み、朝倉と僕は先生の確認した道を歩いた。
本校舎へは入らず、別棟から渡り廊下の手前まで。少し遠いけれど、問題のシャッターの下を通らずに済む。曲がり角の先では、職員が工事区画へ入る人の名前を確かめていた。
「ここなら?」
先生に聞かれ、朝倉はすぐには頷かなかった。廊下の端まで見て、足元も見てから、「たぶん、大丈夫です」と答えた。
「じゃあ、今日はここまで。教室を使う日にも、もう一度聞く」
戻る途中、朝倉が窓の外を見た。
「昼休み、半分なくなった」
「パン、食べる時間あるかな」
「ある。しゃべらなければ」
――お前には無理だな。
(主に君がしゃべるんだけど)
朝倉が笑った。さっきまで固かった歩き方が、少しだけ普通に戻る。
多数派の経路を使わなくても、授業から外されるわけではない。その代わり先生は道を確認し、朝倉も自分で歩いてみた。誰の負担もゼロにはならなかったけれど、困った人を数から消さずに済んだ。
教室へ帰ると、机のパンはちゃんと残っていた。Sが催促するので、僕は袋を開ける前に手を洗いに行った。
◇
放課後、三枝先輩から短い通話が入った。
『黄色い中継点の拒否理由が読めた』
僕は昇降口の脇へ寄った。帰る人の流れから外れ、端末を耳へ当てる。
『命令の種類だけを見て拒否したんじゃない。実行前に、対象側の確認を求めていた』
送られてきたのは、一行だけだった。
【CONSENT STATUS:UNCONFIRMED】
同意状態、未確認。
「本人の返事を待ってたんですか」
『何を同意として受け取る仕組みなのかは、回収して調べる。現地の班が分離できる準備をしてるところ』
確かに、欄に同意と書かれているだけで、正しく本人へ聞いていたとは言えない。僕は期待を膨らませかけた胸へ、鞄を引き寄せた。
――壊さず取れそうか、聞け。
Sの希望を伝えると、先輩は『その方針で動いてる』と答えた。
(気になるんだ)
――まだ止めてんだろ、そいつ。
(機械だけどね)
――知ってる。だから、何で止まれたか調べろって話だ。
通話を終えた時、朝倉が靴を履き替えて出てきた。僕の画面を覗かず、「帰れる?」と聞く。
「うん」
僕は端末をしまった。
黄色い印の続きを調べる人は、別の場所にいる。今、ここで僕の返事を待っている人には、自分の声で答えられた。




