つながるのは、支配するためじゃない
「四つを、同時に切る」
白峰主任が示した地図には、学校、駅、病院、商業施設の四地点があった。
診察と休憩を挟み、Sから身体を返してもらった僕は、肩を庇いながら説明を聞いた。痛みは残っている。さっき受けた衝撃で得たMPも、まだ使わずに残っていた。
「中心になる担当は移動できる。でも、この区域で同期の基準を配る経路は、外周の四地点を通っている」
主任は、それまで調べていた線を一つずつ消した。
「一つずつなら、残った経路へ仕事を移す。四つを一度に落とせば、今準備されている覚醒信号をそろえられなくなる」
「機械全部が止まるわけじゃないんですね」
「そう。まず今回の起動を失敗させる。その間に、現場の班が残る機器を給電から切り離す」
一回止めれば全て終わり、ではない。
ただ、どこへ手を届かせればいいのかは、ようやく分かった。
駅には管理局の班が入っていた。病院では医療側の設備担当と対処班が、患者の使う設備を残す準備をしている。商業施設には、早乙女さんの呼びかけに応じた協力者も向かっているという。
『所属の確認で、止める時刻を逃さないでね』
通信越しの早乙女さんに、三枝先輩が答えた。
「現場の安全確認は、誰が来ても省かない」
『そういうところは、変わらないのね』
静かな笑い声が返った。
学校は、先行班が生徒のいないことと退避路を確認している。僕たちは、そこの予備の作業要員として加わることになった。
「二人が無理なら、別の手でやる」
先輩は僕とSの両方へ言った。
「あなたたちが起動を止めるための部品になる必要はない」
(S。僕は、できる範囲でやりたい)
――俺もだ。できねぇ時は言う。
「途中でも、無理なら言います」
僕が伝えると、先輩はそれを作戦表へ書き込んだ。
◇
出発前、朝倉が僕の鞄を持ってきた。
「ここに置いていく?」
「うん。戻って取る」
「じゃあ、預かる」
課題の紙も、まだ書き終えていない連絡票も、その中にある。
「今回は、一人でやらないよね」
「できない。四か所あるから」
朝倉は笑った。
「そういう意味じゃないけど。まあ、いいか」
――ちゃんと分かってるって伝えとけ。
「Sも、分かってるって」
「じゃあ、二人とも帰ってきて」
僕は大丈夫とは言わず、頷いた。
「戻るための手順も、決めてある」
◇
体育館地下の設備区画は、昼間の騒がしさが嘘みたいに静かだった。
床には先行班が引いた案内線があり、使ってはいけない設備には札が付いている。学校を探検するような気分になる場所ではない。でも、見知らぬ研究所より、壊したくない物が多かった。
起動予定まで、残り二分余り。
学校側の中継点には、三つの接続が残っていた。予備経路を含め、まとめて切り離す必要があるという。
手前を倉田と職員、中央を技術班。最後の分離操作は、隔壁の奥へ入らなければ届かなかった。
「倉田、MPは?」
「当てにすんな。道具で外せる方をやる」
担当者が頷き、手動の工具を渡した。
最後の分離器の前では、ずれた台座が通り道を塞いでいた。先行班が運ぼうとした時、後付けの駆動器が噛み込んで止まったらしい。
技術班が支えを入れ、作業員が位置を示す。
「あと数センチ動けば、固定できます。無理ならこじ開ける器具へ替えます」
僕は台座を見た。肩に受けた分のMPを、まだ持っている。何かを新しく受けに行く必要はない。
「僕が、この脚だけ浮かせます。動いたら、支えてもらえますか」
「できます。人は全員、横へ」
先輩が位置を確認した。
僕は掌を台座へ当てた。大きく吹き飛ばさない。壊したい機械の向こうにある、学校の配管や作業員まで巻き込まない。
Momentum。
溜めていた力を、脚の一か所へ短く流す。
金属が跳ね、台座がずれた。職員が支えを入れ、もう一人が固定する。僕は手を離し、息を吐いた。
「通れます!」
腕が少し震えている。MPはほぼ使い切った。
――今のはよかった。
(珍しく、余計な一言がないね)
――足してやろうか。
(いらない)
通路を確かめた先輩が、僕の顔を見る。
「次はS?」
(どうする?)
――行ける。お前の返事も聞いた。
僕は頷き、壁の陰で主導権を渡した。
◇
Sは最初から走らなかった。肩と膝の痛みを確かめ、先輩の示す通路を見る。
そこへ、補助の駆動盤が起き上がった。台座を元へ押し戻そうとする腕が動き、固定したばかりの支えを軋ませる。
「保持が崩れる!」
Sが工具を取った。
「これ止めていいな!」
「駆動部だけ。奥の接続はまだ切らないで」
先輩の確認を受け、Sは突き出した腕の付け根を打った。もう一度、てこのように捻る。
金具が割れ、腕が落ちた。
危険な機器へ与えた損害からSPを得る。Sはすぐには使わず、通路の入口で止まった。
「合図で行く」
奥には、分離操作を終えるまで閉じてはいけない保護扉がある。普通に歩いて入れば、装置がその間に閉じようとする。短い加速で抜け、職員が固定するまで支える役をSが受け持つ。
速さは、僕たちだけで全てを終わらせるためではない。次の人の手が届く時間を作るために使う。
『駅、準備完了』
『商業施設、完了』
病院からの返事が、まだ来ない。
時計は進む。Sの指が工具を握り直した。
『病院、待ってください。代替系統の確認中』
「待つ」
先輩が即答した。
装置の数字だけを見れば、急げと言いたくなる。けれど、病院の向こうには今も治療を受けている人がいる。
――分かってる。
僕が何か言う前に、Sが言った。
――俺らが先に切っても、終わんねぇんだろ。
(うん)
長い数秒が過ぎた。
『病院、患者側の系統を確認。準備完了』
白峰主任の声が、四地点へ届いた。
『共通の時刻で実施。三――』
Speed。
蓄えたSPが、短い加速へ変わる。Sは保護扉の手前へ滑り込み、閉じ始めた扉を工具で支えた。
『二――』
職員が固定具を差し込む。Sは奥の分離レバーへ足を置いた。
手前では倉田が工具を構え、中央では技術班の人が接続器を握っている。
画面が光った。
【COMMAND:DUAL】
最後まで、誰か一人を中心へ置きたいらしい。
Sが口元を歪めた。
「俺が頼んでも、こいつらは俺の道具じゃねぇよ」
『一。切断!』
三つの操作が重なる。
同じ時刻、駅でも、病院でも、商業施設でも、確認された経路が外された。
表示が一斉に走った。
【ROUTE REBUILD】
別の道を探す。中心の担当を移す。なくなった線の代わりを、残る中継点へ求める。
Sは画面の返事を待たず、職員と一緒に通路を戻った。技術班が安全を確かめ、残った給電を順番に外していく。
【ROUTE NOT FOUND】
【SYNC FAILED】
速さが消えた。Sは壁へ手をつき、先輩に肩を支えてもらった。
最後の表示が出る。
【DISTRIBUTED AWAKENING:ABORTED】
誰も、すぐには歓声を上げなかった。
外の測定班が確認していた。機械自身の失敗表示だけでは、人が無事だとまでは分からない。
少し遅れて、主任の声が入った。
『予定時刻を通過。監視している範囲で、覚醒用の信号は検出されていない。残存機器の停止を続けて』
倉田が、その場へ座り込んだ。
「……終わった?」
三枝先輩が通信の続きを聞く。それから、ようやく短く頷いた。
「今回の起動は止めた」
Sが長く息を吐いた。
――一個は止めたな。
(うん)
全部ではない。だからこそ、今止めた一つまで、なかったことにしたくなかった。
◇
その後も、各班は街へ残った。
同期が崩れた間に機器を外し、正規の設備を一つずつ確認する。すぐ開けられる道もあれば、しばらく使えない入口もあった。
僕たちは検査と休憩を受けた。Sが返すと言い、僕が受け取れると答えてから、身体は僕へ戻った。
夕方までに確認された範囲では、新たな強制覚醒も、大きな能力暴走も起きていない。
全員が無傷だったわけではない。僕の肩も、倉田の肘も痛む。朝倉は、扉の閉まる音にまだ振り向く。それでも、戻ってこられた。
白峰主任からは、別地域でも似た通信規格が見つかり始めていると報告された。
「全人類覚醒の計画が終わったとは言えない。誰が今の仕組みを動かしたかも、調べ続ける」
MASTERの名を持った機器の役割も、あの名を使う人間の正体も、同じ答えにまとめられたわけではなかった。
主任が画面を閉じる前に、回収記録の失敗理由が見えた。
固定された指揮対象を確保できず、相互の支援を予測しきれなかった、と書かれているらしい。
「僕たちにも、指揮する人はいましたよね」
「いたよ」
主任は頷いた。
「ただ、その人を押さえれば全員の意思も消える、という関係ではなかった。病院から待てと言われれば、こちらも待った」
一人で全部決めないことと、誰も責任を持たないことは違う。
僕たちは勝手に動いたから勝てたのではない。自分で見て、他の人の返事を聞いて、できない時には頼んだ。その積み重ねで、四つの場所が同じ時刻に動いた。
◇
朝倉から鞄を受け取ると、封筒の角が少し折れていた。
最初の日に届いた、二人分の連絡票。まだ書き終えていなかった紙を取り出し、机へ並べる。
僕の欄は、僕が書いた。
Sの分は、次に無理なく交代できる時に本人が書く。それでいいと、三枝先輩も言ってくれた。
「明日までに出せって書いてあるけど」
「学校が閉まっているから延長」
――勝った。
(書類に勝ち負けを持ち込まないで)
朝倉が横から覗いた。
「課題も延長?」
「そっちは出せるでしょう」
先輩に言われ、僕とSは同時に黙った。
帰りの車を待つ間、倉田が自動販売機の前で振り返った。
「真白。何か飲むか」
「お礼なら、いらない」
言ってから、少し間が空いた。
倉田は僕を見た。前なら、ここでどちらかが目を逸らして終わったかもしれない。
「……そういうんじゃなくて、買うから聞いただけ」
僕は考えた。
過去を許したわけじゃない。今日助けてくれたことは、ちゃんと嬉しい。その二つを、急いで一つにする必要もなかった。
「じゃあ、お茶。お金は出す」
「分かった」
――それでいい。
Sの声に、僕は小さく頷いた。
朝倉が自分の小銭を数え、三枝先輩は車が着く時刻を確かめている。誰も、僕たちをきれいに整理しようとはしなかった。
僕はもらったお茶を鞄の横へ収め、窓の向こうの街を見た。
まだ調査中の箱には覆いがかけられ、曲がった柵のそばでは職員が作業を続けている。その向こうでは、店の灯りが一つずつ点き始めていた。
(S。晩ご飯、何がいい?)
――肉。
(カレーにしてもらおうかな。肉、多めで)
――ならいい。
(許可は求めてないんだけど)
返ってきたのは、いつもの不機嫌そうな笑い声だった。
車が来た。僕は自分で立ち上がり、痛む肩を庇いながら鞄を持つ。
一人で持てない物は、頼めばよかった。
帰り道は、まだ残っている。
僕たちは、みんなと一緒にそこへ向かった。




