つながってるからって、誰かが上じゃない
会館の異常が止まっても、すぐには全員を帰せなかった。
道路の確認と保護者への連絡が続いている。僕たちは係の人が安全を確かめた控室へ移り、身体の状態を診てもらった。
「ここまでの被害は、追加された制御部から設備を動かしたものだ」
復旧した連絡端末で、白峰主任が説明する。
「人間関係を調べるという言葉も、今のところは、誰を危険にすれば誰が動くかという話だ。頭の中のつながりを、直接操ったと確認されたわけではない」
僕は少し息を吐いた。だから安全なのではない。ただ、どこに手を届かせれば止められるのかが違う。
主任は、技術班が整理した経路を示した。
「通常の通信は何度も迂回する。でも、起動前の同期確認が通る物理的な経路は限られている。外周の四つを、各班が調べている」
「中心は移るのに?」
「担当は替われても、敷設された線の通り道まで瞬時に替えられるわけじゃない」
学校、駅、病院、商業施設。まだ印には確認中と書かれていた。
僕が地図を見ていると、先輩の別端末が鳴った。
「西側の点検へ。ここは警備員がつく」
「分かりました」
朝倉が、廊下へ向かう先輩を見送った。
その直後、連絡端末から音が消えた。
◇
会館の一部だけが、通信から取り残された。
電話が途切れ、壁の案内板が点滅する。廊下では、警備員が人を集めていた。会館の外と、別の棟の通信は生きているという。
全面的に管理局へ侵入されたわけではない。ここに残っていた機器が、近くの設備と連絡線を妨害しているらしい。
壁の表示が切り替わった。
【COMMAND NODE:SEPARATE】
重い扉が閉まり、先輩の声が向こうへ遮られる。
「三枝先輩!」
僕が声を上げると、警備員が肩へ手を置いた。
「こちらの避難口へ。先輩にも別の出口があります」
誰かが指揮を執らなければ、何もできない。機械はそう考えているらしい。
僕は壁の図を見た。さっき説明された道が残っている。
「西側じゃなく、裏の階段ですよね」
「そう。一緒に確認して」
僕は頷いた。命令する人がいなくなったから自由だ、と騒ぐ場面でもない。すでに教わっていたことを使い、今いる人へ聞けばいい。
表示板に、次の文字が出る。
【NEW COMMAND SEARCHING】
「次のボスを探してる」
朝倉が言った。
――忙しい奴だな。
(そんなの、今決めなくていいのに)
僕たちは案内板ではなく、警備員が開けた扉へ向かった。
◇
途中で、朝倉の前の防煙扉が閉じた。
続いて後ろも閉まり、透明な窓の向こうへ取り残される。
【ANCHOR:SEPARATE】
「朝倉!」
「見えてる。怪我してない!」
声が届いた。僕は扉へ体当たりしかけ、窓へ両手をついて止まった。
朝倉はすでに内側の表示を読んでいる。
「非常解放、ある。引いてから押すって」
「こっちも確認する!」
警備員が金具を見た。倉田は手を伸ばしかけたが、すぐ下ろす。
「能力はもう当てにしないでくれ。押す方ならやる」
「十分です」
警備員の返事に、倉田が一瞬だけ顔を上げた。
向こうで朝倉がレバーを引き、こちらで二人が扉の重さを受ける。僕は開き始めた隙間へ止め具を入れた。
扉が軋み、朝倉が横向きに抜けてくる。
「今度は鞄もある」
震える声でそう言ったので、僕は笑っていいのか迷った。
「うん。よかった」
守られる人という欄へ入れられても、本人には読める文字がある。動かせる手も、他の人へ呼びかける声もある。
機械の表示は、そのことを少し遅れて記録した。
【ANCHOR:REJOINED】
僕たちは更新を待たずに歩き出した。
◇
裏の連絡通路で、台車に載った金属棚が動いた。
後付けされた駆動器が、棚ごと進路へ押し出してくる。警備員が先頭の人を下がらせた。僕も避けたが、壁に当たって跳ね返った棚の角が肩を打った。
「っ……!」
痛みとともにMPが溜まる。背中を丸めた僕へ、倉田が手を貸した。
「動くか」
「うん。肩、打っただけ」
――だけで済ませんな。
(あとで診てもらう。今は動ける)
棚の向こう、管理室の扉が半開きになっていた。中には黒い箱と、天井へ伸びた何本もの配線が見える。
【DUAL:CORE】
まだ僕たちを中心に置きたいらしい。
箱の横で射出口が動く。僕は全員を壁際へ寄せ、先輩へ連絡が戻らないか確かめた。
――湊。俺が前を見る。
(代わる?)
――お前、肩庇うたび目ぇ閉じてる。次の球が見えねぇ。
言い返せなかった。
Sなら痛くなくなるわけではない。それでも、動くものを見て射線を読むのはSの方がうまい。
警備員へ事情を伝え、安全な陰で身体を渡す。Sは肩を大きく回そうとせず、片手で壁を確かめて立った。
「SPはねぇ。湊のMPも使えねぇ。走らせるなら普通の速さだぞ」
倉田が頷く。
「俺も、力仕事は人並み」
「十分だ」
Sは管理室の足元を見た。黒い箱から伸びた給電線が、廊下の保守用電源へ引き込まれている。
警備員が近くの遮断盤を確認する。
「ここなら、保守用の系統だけを切れます。避難灯は別です」
ただ、その前を押し出された棚が塞いでいた。
「倉田、車輪が引っかかってる。左だけ浮かせろ」
「一人じゃ無理だ!」
「一人でやれって言ってねぇ!」
Sと警備員が反対側へ手をかける。僕は内側から、床の段差を伝えた。箱の射出口が動くたび、Sが声を出し、全員で壁へ寄る。
二度目の隙に、棚がずれた。
「入れる!」
一番近くにいた朝倉が、警備員の確認したレバーへ手を伸ばした。
下がる。
室内の機器が唸り、射出口が止まった。表示だけは内部電源で残っている。Sは近づかず、職員が通路を抜けるのを待った。
能力で一気に解決したわけではない。全員が息を切らし、掌を汚し、数十センチの道を開けた。
その道を通って、向こうから三枝先輩が来た。
「怪我は」
「ある。肩。先に、全員出そうぜ」
先輩が頷いた。僕たちはようやく、装置のある廊下から離れられた。
◇
回収班が機器を外してから、受信記録の確認が始まった。
【NETWORK MODEL:UNRESOLVED】
誰か一人を分ければ、全員が動けなくなる。目の前で試されたその方法は、少なくとも今回、うまくいかなかった。
けれど、続く記録は別の結果を示した。
外で動いていた測定点の報告が、妨害中も溜まっていた。再び取り出せるようになると、集計は一気に進んだ。
七十二。八十六。九十四。
【MAPPING COMPLETE/100%】
Sが画面へ身を寄せる。
「止めたんじゃねぇのか」
『止めたのは、ここで人を動かす試験だ。区域全体の測定は、別の機器でも続いていた』
白峰主任の声が返った。
『ただ、今回の箱には起動条件の記録が残っている。四つの同期経路も確認できた』
Sは拳を握り、開いた。怒っても、今は壊す物を探さない。
画面へ、新しい項目が出る。
【DISTRIBUTED AWAKENING SIGNAL:STANDBY】
広く行き渡らせるための、覚醒信号。
予告された起動時刻までは、まだ数時間ある。
三枝先輩が端末を取った。
「四地点の班へ。ここからは、測らせる前に止める」
Sは黙って肩を押さえた。僕も内側から、その痛みを確かめる。
まだ動けるかどうかだけでは決めない。どうすれば戻ってこられるかも、今度の作戦には入れなければならなかった。




