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えすえむっ!  作者: 角竜
この街は、実験室じゃない
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街ごと実験台にするな

地図に示された範囲は、学校を中心に、およそ二キロ弱の距離まで広がっていた。


駅も、商店街も、住宅街も入っている。その中には、まだ正体を確かめられていない中継点がいくつもあった。


「危ない設備があることは、もう公表する」


三枝先輩が言った。


「ただ、一斉に同じ場所へ逃げさせると、そこも狙われる。経路を確かめながら分けて移動する」


白峰主任は、回収した記録と市側の設備図を重ねていた。


「普通の設備まで全部が敵というわけではない。追加された部品や、改造された配線を切り分ける。その間、必要な設備は代わりの方法で動かす」


信号を止めれば道が安全になるわけではない。病院の電源を切れば、装置と一緒に誰かの治療も止まる。


僕は地図を見た。赤い点を消すだけでは、街を守ったことにならない。



翌朝、僕たちは区域の外縁にある市民会館へ移った。


管理局が借りた臨時連絡所と、保護者との合流場所が用意されている。学校は閉じたままで、先生たちは生徒の帰宅確認に回っていた。


朝倉は迎えを待ちながら、僕へ課題のプリントを差し出した。


「避難先まで来るんだ、宿題」


「それは逃げてくれないよ」


――俺を使え。


(戦闘みたいに言わないで)


――三問目、まだ空欄だろ。


倉田は肘に貼った大きな絆創膏を見ていた。昨日得たMPも、金属を動かした分だけ減っている。


「今日、重い物は無理だぞ」


「能力を使うために呼んだんじゃない」


先輩の返事に、倉田が少し顔を上げた。


「分かってる。でも、先に言っとく」


僕も自分の膝を見る。使えるかどうかを先に話しておくのは、頼りないと思われるためではない。


その時、会館の照明が一度だけ瞬いた。


遠くでクラクションが重なる。僕の端末に、外部の監視班から警報が入った。


【AREA TEST:START】



信号機の一部が止まった。改造されていた搬入口の扉が閉じ、工事現場の仮設固定具が外れる。


それぞれの場所に人がいた。大半は能力者ではない。


『学校側の道路は封鎖済み。倒れたフェンスに接近しないでください』


『病院搬入口、別の出入口を確保。患者の移動を続けます』


通信の向こうで、いくつもの声が重なった。


昨日まで僕たちへ向けられていた実験が、街全体へ広がった。偶然の事故に見える小さな異常を、同じ時間に起こしている。


主任から映像が届く。試験側の画面には、その周辺にいた能力者へ予測が付いていた。


金属が倒れる場所へMetal。暴走する機器のそばへS型。落下物の下にはM型。


「能力で助けるかどうか、見てるんですか」


『そう見える。ただし、相手の採点を外すことより救助が先だ』


その声で、僕は顔を上げた。


能力を使わなければ相手の予想を外せる。それを勝ち方だと思い始めたら、今度は、使えば助けられる人まで見捨てかねない。


三枝先輩が職員へ短く指示する。


「安全な方法から。必要なら能力を使う。無理なら呼んで」


駅の警備員が、配送機器の動力を手動で止めた。商店街では、看板の下にいた人を隣の店の人が呼び戻した。病院の設備担当は、患者のいる区画を残して故障した回路だけを切り離す。


別の映像に、小日向さんが映った。付き添いの職員と移動していたところへ、看板の破片が降ってきたという。


『転んだ時の分だけ。長くは持たない!』


今の転倒で得たMPを使い、彼女は頭上へ白いMistを張り出した。破片の落ちる勢いが鈍り、その間に職員が人を軒下へ入れる。最後の人が入ったところで、紗月さんは霧を引いた。


『次は無理。別の道にして』


彼女の言葉を受け、誘導する職員が進路を変えた。


能力を使った人もいた。使わずに逃げた能力者もいた。


一人を見ていれば、その場所の答えが決まるわけではない。映像の隅で、予測失敗の記録が増えていった。


それでも、街の悲鳴が数字と一緒に消えるわけではなかった。



会館の廊下で、重い金属音がした。


朝倉が迎えの職員へ向かって歩いていた、その途中だった。


天井の防火シャッターが、警告を飛ばして降り始める。前方の扉も閉じ、朝倉が一瞬足を止めた。


「朝倉、戻って!」


僕は横の停止ボタンを押す。反応がない。


間へ入れば止められるかもしれない。思った直後、頭の中でSが怒鳴った。


――潰されるぞ!


(分かってる!)


分かっているから、探した。自分の身体より先に、何を間へ入れられるか。


「先生、そのストッパー!」


備品台車の横にあった厚い止め具を、職員が滑らせた。


倉田の手が伸びる。


「一瞬だけだぞ!」


残ったMPでシャッターの金属を引く。完全には止まらない。それでも、降下が一度つかえた。


朝倉が鞄を落とし、自分で床を蹴った。僕は手を伸ばし、彼女がこちらへ出きったところで腕を支える。


止め具が鳴り、シャッターが途中で止まった。


誰も下に残っていない。


「朝倉!」


「大丈夫。鞄は、向こう」


声は震えていた。それでも、息はしている。自分の腕で僕を押し、床へ座った。


僕もその場へしゃがみ込んだ。


「あとで取ろう」


「うん。今は、いい」


端末が短く鳴る。試験側の記録が、僕たちの近くの反応を取り込んでいた。


【M PROTECTS:FALSE】


【EXTERNAL VARIABLE:METAL】


「外れだって」


自分でも、怒りすぎて声が平らになっているのが分かった。


――見るな。今はこっちだ。


Sの言葉に、端末を伏せる。


朝倉の指が震えていた。僕は手を貸す前に、立てるか聞いた。



異常が収まるまで、一時間近くかかった。


三枝先輩一人が全部を止めたのではない。現場の人が、できるところから止めていた。普通の工具が役に立ち、能力でなければ間に合わない場面もあった。


その間、技術班は発信の経路を追った。機械が何かを動かすたび、どこから命令が来たのかが少しずつ残った。


会館の職員が朝倉の鞄を持ってきた時、彼女は両手で受け取った。


「課題、無事だった」


――しぶてぇな。


(君、さっき解こうとしてたじゃん)


僕は笑いかけて、うまく笑えなかった。まだ膝に力が入らない。


倉田は壁へもたれたまま言った。


「もうMP、ほとんどねぇ」


「ありがとう。さっき助かった」


僕が言うと、倉田は目を逸らした。


「朝倉が自分で走っただろ」


「それも。君が止めたのも」


二つを、別々に言えた。


三枝先輩が戻り、区域の報告を伝えた。けが人は出ているが、確認された範囲では重傷者と能力暴走はない。閉じ込められた人の救出は、まだ続いている。


白峰主任が最後の受信記録を見せた。


【AREA TEST:END】


【GROUP RESPONSE DATA:ACQUIRED】


「協力したところまで、取られたんですね」


『そうだね。だが、こちらも機器が指示を通す経路を絞れた。助けたことまで失敗だったと考えないで』


数字は五十八%へ進んでいた。


今分かっている範囲では、この区域の測定・調整の進捗らしい。住民の五十八%が能力者だという意味でも、全世界の半分が測られたという意味でもない。


それでも、残りが減っていることに変わりはなかった。


【NEXT MODEL:NETWORK CONTROL】


人を一人ずつ試しても、狙った答えが返ってこなかった。


次は、その人が頼る相手まで条件へ入れるつもりなのか。


僕は朝倉と倉田を見た。二人とも疲れた顔で、ようやく水を飲んでいた。


Sが、低い声で言った。


――あいつらまで勝手に試験に入れんな。


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