街ごと実験台にするな
地図に示された範囲は、学校を中心に、およそ二キロ弱の距離まで広がっていた。
駅も、商店街も、住宅街も入っている。その中には、まだ正体を確かめられていない中継点がいくつもあった。
「危ない設備があることは、もう公表する」
三枝先輩が言った。
「ただ、一斉に同じ場所へ逃げさせると、そこも狙われる。経路を確かめながら分けて移動する」
白峰主任は、回収した記録と市側の設備図を重ねていた。
「普通の設備まで全部が敵というわけではない。追加された部品や、改造された配線を切り分ける。その間、必要な設備は代わりの方法で動かす」
信号を止めれば道が安全になるわけではない。病院の電源を切れば、装置と一緒に誰かの治療も止まる。
僕は地図を見た。赤い点を消すだけでは、街を守ったことにならない。
◇
翌朝、僕たちは区域の外縁にある市民会館へ移った。
管理局が借りた臨時連絡所と、保護者との合流場所が用意されている。学校は閉じたままで、先生たちは生徒の帰宅確認に回っていた。
朝倉は迎えを待ちながら、僕へ課題のプリントを差し出した。
「避難先まで来るんだ、宿題」
「それは逃げてくれないよ」
――俺を使え。
(戦闘みたいに言わないで)
――三問目、まだ空欄だろ。
倉田は肘に貼った大きな絆創膏を見ていた。昨日得たMPも、金属を動かした分だけ減っている。
「今日、重い物は無理だぞ」
「能力を使うために呼んだんじゃない」
先輩の返事に、倉田が少し顔を上げた。
「分かってる。でも、先に言っとく」
僕も自分の膝を見る。使えるかどうかを先に話しておくのは、頼りないと思われるためではない。
その時、会館の照明が一度だけ瞬いた。
遠くでクラクションが重なる。僕の端末に、外部の監視班から警報が入った。
【AREA TEST:START】
◇
信号機の一部が止まった。改造されていた搬入口の扉が閉じ、工事現場の仮設固定具が外れる。
それぞれの場所に人がいた。大半は能力者ではない。
『学校側の道路は封鎖済み。倒れたフェンスに接近しないでください』
『病院搬入口、別の出入口を確保。患者の移動を続けます』
通信の向こうで、いくつもの声が重なった。
昨日まで僕たちへ向けられていた実験が、街全体へ広がった。偶然の事故に見える小さな異常を、同じ時間に起こしている。
主任から映像が届く。試験側の画面には、その周辺にいた能力者へ予測が付いていた。
金属が倒れる場所へMetal。暴走する機器のそばへS型。落下物の下にはM型。
「能力で助けるかどうか、見てるんですか」
『そう見える。ただし、相手の採点を外すことより救助が先だ』
その声で、僕は顔を上げた。
能力を使わなければ相手の予想を外せる。それを勝ち方だと思い始めたら、今度は、使えば助けられる人まで見捨てかねない。
三枝先輩が職員へ短く指示する。
「安全な方法から。必要なら能力を使う。無理なら呼んで」
駅の警備員が、配送機器の動力を手動で止めた。商店街では、看板の下にいた人を隣の店の人が呼び戻した。病院の設備担当は、患者のいる区画を残して故障した回路だけを切り離す。
別の映像に、小日向さんが映った。付き添いの職員と移動していたところへ、看板の破片が降ってきたという。
『転んだ時の分だけ。長くは持たない!』
今の転倒で得たMPを使い、彼女は頭上へ白いMistを張り出した。破片の落ちる勢いが鈍り、その間に職員が人を軒下へ入れる。最後の人が入ったところで、紗月さんは霧を引いた。
『次は無理。別の道にして』
彼女の言葉を受け、誘導する職員が進路を変えた。
能力を使った人もいた。使わずに逃げた能力者もいた。
一人を見ていれば、その場所の答えが決まるわけではない。映像の隅で、予測失敗の記録が増えていった。
それでも、街の悲鳴が数字と一緒に消えるわけではなかった。
◇
会館の廊下で、重い金属音がした。
朝倉が迎えの職員へ向かって歩いていた、その途中だった。
天井の防火シャッターが、警告を飛ばして降り始める。前方の扉も閉じ、朝倉が一瞬足を止めた。
「朝倉、戻って!」
僕は横の停止ボタンを押す。反応がない。
間へ入れば止められるかもしれない。思った直後、頭の中でSが怒鳴った。
――潰されるぞ!
(分かってる!)
分かっているから、探した。自分の身体より先に、何を間へ入れられるか。
「先生、そのストッパー!」
備品台車の横にあった厚い止め具を、職員が滑らせた。
倉田の手が伸びる。
「一瞬だけだぞ!」
残ったMPでシャッターの金属を引く。完全には止まらない。それでも、降下が一度つかえた。
朝倉が鞄を落とし、自分で床を蹴った。僕は手を伸ばし、彼女がこちらへ出きったところで腕を支える。
止め具が鳴り、シャッターが途中で止まった。
誰も下に残っていない。
「朝倉!」
「大丈夫。鞄は、向こう」
声は震えていた。それでも、息はしている。自分の腕で僕を押し、床へ座った。
僕もその場へしゃがみ込んだ。
「あとで取ろう」
「うん。今は、いい」
端末が短く鳴る。試験側の記録が、僕たちの近くの反応を取り込んでいた。
【M PROTECTS:FALSE】
【EXTERNAL VARIABLE:METAL】
「外れだって」
自分でも、怒りすぎて声が平らになっているのが分かった。
――見るな。今はこっちだ。
Sの言葉に、端末を伏せる。
朝倉の指が震えていた。僕は手を貸す前に、立てるか聞いた。
◇
異常が収まるまで、一時間近くかかった。
三枝先輩一人が全部を止めたのではない。現場の人が、できるところから止めていた。普通の工具が役に立ち、能力でなければ間に合わない場面もあった。
その間、技術班は発信の経路を追った。機械が何かを動かすたび、どこから命令が来たのかが少しずつ残った。
会館の職員が朝倉の鞄を持ってきた時、彼女は両手で受け取った。
「課題、無事だった」
――しぶてぇな。
(君、さっき解こうとしてたじゃん)
僕は笑いかけて、うまく笑えなかった。まだ膝に力が入らない。
倉田は壁へもたれたまま言った。
「もうMP、ほとんどねぇ」
「ありがとう。さっき助かった」
僕が言うと、倉田は目を逸らした。
「朝倉が自分で走っただろ」
「それも。君が止めたのも」
二つを、別々に言えた。
三枝先輩が戻り、区域の報告を伝えた。けが人は出ているが、確認された範囲では重傷者と能力暴走はない。閉じ込められた人の救出は、まだ続いている。
白峰主任が最後の受信記録を見せた。
【AREA TEST:END】
【GROUP RESPONSE DATA:ACQUIRED】
「協力したところまで、取られたんですね」
『そうだね。だが、こちらも機器が指示を通す経路を絞れた。助けたことまで失敗だったと考えないで』
数字は五十八%へ進んでいた。
今分かっている範囲では、この区域の測定・調整の進捗らしい。住民の五十八%が能力者だという意味でも、全世界の半分が測られたという意味でもない。
それでも、残りが減っていることに変わりはなかった。
【NEXT MODEL:NETWORK CONTROL】
人を一人ずつ試しても、狙った答えが返ってこなかった。
次は、その人が頼る相手まで条件へ入れるつもりなのか。
僕は朝倉と倉田を見た。二人とも疲れた顔で、ようやく水を飲んでいた。
Sが、低い声で言った。
――あいつらまで勝手に試験に入れんな。




