二人だけ見てれば、分かると思うな
臨時休校の朝、僕たちは管理局の一般相談室へ集まった。
昨日の被害と、今後の警戒について説明を受けるためだ。朝倉と倉田も、それぞれ本人と家族への案内を受けて来ている。研究の機密ではなく、自分たちが歩く場所の安全について聞く席だった。
検査と休息を挟み、今は僕が身体を使っている。膝はまだ少し痛む。Sは内側から、出された菓子の数に文句を言っていた。
――二人分ねぇぞ。
(胃は一個でしょ)
「それ、二人とも食べるなら半分ずつにする?」
朝倉の提案に、僕は袋を置いた。
「どうして分かるの」
「顔がずっとお菓子見てる」
説明用の紙には、回収装置が僕たちへ付けた分類が、日本語で載っていた。
【M:回避傾向/S:指示拒否傾向】
「性格診断みたい。でも、違うよね」
朝倉が首を傾げる。
「真白君は避けるだけじゃないし、Sも何でも断るわけじゃない」
――当然だ。
「二人とも、人の話は聞く。納得するかは別だけど」
三枝先輩が小さく頷いた。
「機械は、起こした刺激と返った行動を結びつけている。間で誰の話を聞いたかまでは、同じ精度で見ていないらしい」
それは弱点かもしれない。でも昨日、装置は周囲を狙うようになった。いつまでも同じ間違いをしてくれるとは限らない。
その点を伝えると、先輩は紙を一枚めくった。
【次回条件:第三者への刺激を増加】
倉田が黙る。朝倉の手も、菓子袋から離れた。
「だから、二人だけで対応しない」
先輩は僕らだけでなく、二人にも向けて言った。
「付き添いと退避先を決める。能力を使う前に、普通の方法で止められる人を呼ぶ」
「僕たちが狙いなのに?」
「狙われた人に、処理の責任まで渡さない」
その一言に、Sも反論しなかった。
◇
帰宅用の車へ向かう途中、通行規制で予定の乗降場所が使えなくなった。
先輩と職員が先に歩道を確かめ、僕と倉田は少し後ろを歩く。朝倉は相談室で家族の迎えを待つことになっていた。
交差点の脇には、設備工事用の仮設柵が並んでいる。その留め具が突然、金属音を立てて開いた。
「あっ!」
通りかかった子供の声だった。
柵が歩道へ倒れる。倉田が子供の腕を引き、二人で縁石の方へよろめいた。
「倉田!」
僕が駆け寄るより先に、職員が子供を抱き取る。倉田は肘を地面へぶつけ、顔を歪めた。
次の柵も傾いた。
倉田の手が伸びる。今受けた衝撃から得たMPを使い、金属の脚を引く。完全に持ち上げるのではなく、倒れる向きを人のいない方へ変えた。
「もういい。離して!」
三枝先輩が支えに入り、職員が柵を押さえた。倉田は息を詰めたまま見ていたが、やがて手を下ろす。
「……頼む」
その声は、いつもの大きなものではなかった。
先輩が頷く。
「任せて」
道路脇の工事箱に、細いアンテナが立っていた。付け足された駆動器が、仮設柵の留め具とつながっている。
勝手に金属が動いたのではない。誰かが、動かせるようにしてあった。
【METAL:RESPONSE CONFIRMED】
回収班のカメラ越しに、その表示が端末へ届く。
倉田が画面を睨んだ。
「俺もかよ」
次の行は、僕たちを待っていた。
【DUAL:RESPONSE WAITING】
肘を押さえる倉田が、相手の試験項目にされている。
僕が知っている過去の倉田を、許したわけじゃない。それと、今ここで彼が傷つけられていいかどうかは、別だった。
「早く止めよう」
僕は先輩へ言った。
◇
職員が周囲を退避させ、技術班が道路の向こうから来る。
工事箱は、近づく人へ小さな球を射出した。僕は低い花壇の陰へ入り、Sの声で次の射線を確かめる。
――右。そこから出んな。
(君が出た方がいい?)
――今の足で余計に走るな。倉田に頼め。
僕は隣で肘を押さえている倉田を見た。
「まだ使える?」
「少しだけ。重いのは無理だ」
Sが、先ほど衝撃で半ば外れたアンテナの支えを指摘する。
「右の細い金具だけ、抜けるかな。無理ならやめて」
倉田は先輩へも確認した。先輩が射線を抑え、警備員が防護板を進める。
「今、お願い」
金具が一つ外れた。アンテナが傾く。まだ通信は切れないが、向き直るための腕が空回りを始めた。
その隙に、技術班が接続部へ届く。
Sの声を借りて僕が位置を伝え、職員が給電線を外した。装置は短く唸り、動かなくなった。
僕たちは交代しなかった。Sは内側から見て、僕は聞こえたことを伝えた。
「何もしてない気がする」
呟くと、Sが鼻で笑った。
――頼んだだろ。あいつらがやった。それで終わった。
(……うん)
倉田の肘には擦り傷があり、治療が要る。子供は保護者と合流できた。全く被害のない勝利ではない。それでも、追加の攻撃を受けて力を増やす必要はなかった。
最後に保存された表示へ、見慣れない項目が加わっていた。
【EXTERNAL VARIABLE:UNKNOWN】
外部の変数。
先輩も、倉田も、駆けつけた職員も、機械の中ではそういう扱いになっているらしい。
◇
「他人が見えていない、というほど単純ではない」
戻ったあと、白峰主任は回収記録を分けて示した。
「周囲の人も記録している。ただ、標的がどう反応するかを優先している。標的以外が自分で判断して動くことは、予測の重みが低い」
「だったら、何度も外せば覚えるんじゃないですか」
「その通り。だから、それだけを頼りに戦い続けるのは危険だ」
主任が別の画面を開いた。
観測された経路の線が、四つのまとまりを通っていた。一般の通信とは別に、同期の確認を戻す経路があるらしい。場所を確かめるため、技術班が設備図との照合を続けていた。
敵の予測を外した数秒で、機器へ手を届かせる。その間に、こちらも相手の仕組みを調べる。
ただ「人間は予測できない」と言っていれば勝てるわけではないのだ。
追加の集計が届いた。
【MAPPING PHASE/37%】
その下に、今回まで伏せられていた対象区域が表示された。
【CONTROL TEST AREA:READY】
地図の中心は、清陵高校だった。
僕たちの通学路と駅、倉田が肘を擦りむいた交差点までが、一つの範囲へ収まっている。
主任が通信端末を取った。
今度は、僕たちへ説明するためではなく、街にいる人へ警戒を伝えるためだった。




