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えすえむっ!  作者: 角竜
この街は、実験室じゃない
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出るかどうかは、俺が決める

帰宅の確認は、思ったより時間がかかった。


生徒たちは点検の済んだ別棟へ集められ、先生が一人ずつ行き先を確かめている。明日からは臨時休校。荷物を取りに戻りたいと言っても、今は校舎へ入れない。


僕は保健室を出て、三枝先輩と別の出口へ向かっていた。


「僕たちだけ、裏からですか」


「一般の帰宅列と、経路を分ける」


――助かる。見世物になんのも面倒だ。


そう言ってくれたのが、ありがたかった。僕たちがいるせいで、と考え始めたら、また足が重くなりそうだったから。


先輩が端末を見た、その時だった。


校庭の反対側で、照明設備の点検用の覆いが内側から持ち上がった。


「第二の信号源!」


警備員の声が飛ぶ。


昨日までなかった物が突然現れたのではない。ずっと置かれていた覆いの下から、細い腕のような射出機構が四本、起き上がった。


【RETEST】


まだ、終わっていなかった。



先輩が僕を低いコンクリート壁の陰へ押し込んだ。


「全員、校庭を横切らないで!」


最初の球が地面へ当たり、砂が跳ねた。二発目は窓へ飛んだが、警備員が内側の生徒を伏せさせていた。破裂音が校舎へ響く。


殺すための大きさに見えなくても、当たっていいものではない。


僕は膝を庇いながら走り、次の陰へ移った。射出口の向きが追ってくる。


【M RESPONSE:NO】


「避けたら、不正解ってこと?」


――採点なんか知るか。


三枝先輩が槍を構えた。保持していたMPを使い、飛来した球の勢いを測って弱める。地面へ落ちる音が鈍くなった。


それでも装置そのものは止まらない。機械の内部の命令まで、先輩の能力で消せるわけではなかった。


技術班が外側の電源を切る。射出口は、なお二本動いていた。


『内蔵電源へ切り替わっています!』


一本が僕を追い、もう一本が向きを変える。帰宅の引き渡しをしている別棟の方へ。


「そっちは――」


僕が前へ出るより早く、先輩が間へ入った。


「任せて。あなたは伏せる!」


球が失速し、校舎の手前へ落ちる。その間に、先生たちが生徒を建物の奥へ移した。


僕は奥歯を噛んだ。僕らの反応が足りなければ、周りを危険にする。そういう条件へ変えたように見える。


――湊。代われ。


Sの声に、息が止まった。


(さっきは嫌だって)


――今は俺が出たい。


(向こうの要求通りになる)


――出ねぇために誰かが怪我すんのも、向こうに決めさせてんだろ。


僕は壁の向こうを見た。先輩は射線を止め、技術班が近づくための時間を作っている。


今、どうするか。


朝倉が言ったことを、ようやく自分の中で選び直せた。


(何をする?)


――近くから、撃つ腕を止める。残りは技術班に任せる。


僕はそのまま先輩へ伝えた。彼女は僕の膝と顔色を見て、進路を指す。


「左を抑える。右の機構には工具で触れられる距離までしか近づかないで」


「分かりました」


壁の陰で身体を渡す。Sは一度、痛む膝の曲がり方を確かめた。


「借りるぞ」


(乱暴に使わないで)


「分かってる」



Sが走り出すと、装置がすぐに反応した。


【ACTIVE:S】


「嬉しそうに点けんな」


今のSにSPはない。速さを作るより先に、普通の足で近づかなければならなかった。


先輩が一本の射線を押さえる。警備員が防護板を進路へ差し入れた。Sはその陰を使い、工具を握ったまま機構の横へ回り込む。


球が板へ当たる。Sの肩がわずかに揺れたが、足は止まらない。


射出口を動かしている細い金属の腕。その付け根を、技術班が映像で示していた。


「ここだな!」


Sは工具を差し込み、全身の重さをかけた。金具が割れ、射出口が地面へ垂れ下がる。


危険な機器へ与えた損害が、少量のSPになる。


【SP GENERATION:CONFIRMED】


「そこだけ見てろ」


Speed。


加速した身体が、残った射出口の正面から外れる。Sは本体を殴らなかった。近づこうとしていた技術班の人の横へ戻り、防護板の端を支える。


「今なら行ける!」


工具を持った職員が板の陰へ入った。別の警備員も支え、Sが確保した数秒で装置の側面を開く。


Sは残る速度を、射出機構の向きを確かめるために使った。腕を持ち上げようとする部分を工具で押さえ、その先へ人が入らないよう叫ぶ。


「右、まだ動く!」


「電源、外します!」


職員の手が戻り、機構が止まった。


通信部も取り外される。画面はしばらく点いたままだったが、射出口はもう追ってこない。


Sの速さが消えた。膝が痛み、Sは壁へ手をつく。


――使い切った。


(それでいい。もう走らなくていいよ)


装置の表示が変わる。


【BEHAVIOR:UNEXPECTED】


予想外の行動。


その下には、更新を示す文字が続いた。


【MODEL UPDATE】


Sの笑みが消えた。


「覚える気はあるんだな」


勝ったら相手が何も学ばない、というわけではない。けれど、学ばせないために誰も助けない、という答えも選べなかった。



校庭から生徒がいなくなるまで、Sは休憩用の椅子に座っていた。


先輩が傷と交代後の状態を確認する。すぐ僕へ返す必要はない。僕も、そのつもりで内側から水を飲むよう頼んだ。


「言われなくても飲む」


(さっきから袋しか睨んでないじゃん)


「開かねぇんだよ」


ペットボトルの蓋を、先輩が無言で緩めた。Sが露骨に嫌な顔をする。


「握力までなくなったわけじゃねぇ」


「次から自分で」


「次は頼まねぇ!」


少し離れた帰宅列で、朝倉が笑っていた。


最後に渡された回収記録には、僕たちの分類が二つ残っていた。


【M:AVOIDANCE】


【S:NONCOMPLIANT】


「何だよ、下のやつ」


(従わない、とか)


Sは一瞬黙ってから、口元を上げた。


「いいじゃねぇか」


(褒めてないと思うよ)


「知るか。俺は気に入った」


僕は笑った。相手の付けた言葉を、全部嫌いになる義務もない。


ただ、回収を待つ黒い箱には目を戻さなかった。Sが今日出た理由も、殴る場所を選んだ理由も、あの短い二行には収まっていない。


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