出るかどうかは、俺が決める
帰宅の確認は、思ったより時間がかかった。
生徒たちは点検の済んだ別棟へ集められ、先生が一人ずつ行き先を確かめている。明日からは臨時休校。荷物を取りに戻りたいと言っても、今は校舎へ入れない。
僕は保健室を出て、三枝先輩と別の出口へ向かっていた。
「僕たちだけ、裏からですか」
「一般の帰宅列と、経路を分ける」
――助かる。見世物になんのも面倒だ。
そう言ってくれたのが、ありがたかった。僕たちがいるせいで、と考え始めたら、また足が重くなりそうだったから。
先輩が端末を見た、その時だった。
校庭の反対側で、照明設備の点検用の覆いが内側から持ち上がった。
「第二の信号源!」
警備員の声が飛ぶ。
昨日までなかった物が突然現れたのではない。ずっと置かれていた覆いの下から、細い腕のような射出機構が四本、起き上がった。
【RETEST】
まだ、終わっていなかった。
◇
先輩が僕を低いコンクリート壁の陰へ押し込んだ。
「全員、校庭を横切らないで!」
最初の球が地面へ当たり、砂が跳ねた。二発目は窓へ飛んだが、警備員が内側の生徒を伏せさせていた。破裂音が校舎へ響く。
殺すための大きさに見えなくても、当たっていいものではない。
僕は膝を庇いながら走り、次の陰へ移った。射出口の向きが追ってくる。
【M RESPONSE:NO】
「避けたら、不正解ってこと?」
――採点なんか知るか。
三枝先輩が槍を構えた。保持していたMPを使い、飛来した球の勢いを測って弱める。地面へ落ちる音が鈍くなった。
それでも装置そのものは止まらない。機械の内部の命令まで、先輩の能力で消せるわけではなかった。
技術班が外側の電源を切る。射出口は、なお二本動いていた。
『内蔵電源へ切り替わっています!』
一本が僕を追い、もう一本が向きを変える。帰宅の引き渡しをしている別棟の方へ。
「そっちは――」
僕が前へ出るより早く、先輩が間へ入った。
「任せて。あなたは伏せる!」
球が失速し、校舎の手前へ落ちる。その間に、先生たちが生徒を建物の奥へ移した。
僕は奥歯を噛んだ。僕らの反応が足りなければ、周りを危険にする。そういう条件へ変えたように見える。
――湊。代われ。
Sの声に、息が止まった。
(さっきは嫌だって)
――今は俺が出たい。
(向こうの要求通りになる)
――出ねぇために誰かが怪我すんのも、向こうに決めさせてんだろ。
僕は壁の向こうを見た。先輩は射線を止め、技術班が近づくための時間を作っている。
今、どうするか。
朝倉が言ったことを、ようやく自分の中で選び直せた。
(何をする?)
――近くから、撃つ腕を止める。残りは技術班に任せる。
僕はそのまま先輩へ伝えた。彼女は僕の膝と顔色を見て、進路を指す。
「左を抑える。右の機構には工具で触れられる距離までしか近づかないで」
「分かりました」
壁の陰で身体を渡す。Sは一度、痛む膝の曲がり方を確かめた。
「借りるぞ」
(乱暴に使わないで)
「分かってる」
◇
Sが走り出すと、装置がすぐに反応した。
【ACTIVE:S】
「嬉しそうに点けんな」
今のSにSPはない。速さを作るより先に、普通の足で近づかなければならなかった。
先輩が一本の射線を押さえる。警備員が防護板を進路へ差し入れた。Sはその陰を使い、工具を握ったまま機構の横へ回り込む。
球が板へ当たる。Sの肩がわずかに揺れたが、足は止まらない。
射出口を動かしている細い金属の腕。その付け根を、技術班が映像で示していた。
「ここだな!」
Sは工具を差し込み、全身の重さをかけた。金具が割れ、射出口が地面へ垂れ下がる。
危険な機器へ与えた損害が、少量のSPになる。
【SP GENERATION:CONFIRMED】
「そこだけ見てろ」
Speed。
加速した身体が、残った射出口の正面から外れる。Sは本体を殴らなかった。近づこうとしていた技術班の人の横へ戻り、防護板の端を支える。
「今なら行ける!」
工具を持った職員が板の陰へ入った。別の警備員も支え、Sが確保した数秒で装置の側面を開く。
Sは残る速度を、射出機構の向きを確かめるために使った。腕を持ち上げようとする部分を工具で押さえ、その先へ人が入らないよう叫ぶ。
「右、まだ動く!」
「電源、外します!」
職員の手が戻り、機構が止まった。
通信部も取り外される。画面はしばらく点いたままだったが、射出口はもう追ってこない。
Sの速さが消えた。膝が痛み、Sは壁へ手をつく。
――使い切った。
(それでいい。もう走らなくていいよ)
装置の表示が変わる。
【BEHAVIOR:UNEXPECTED】
予想外の行動。
その下には、更新を示す文字が続いた。
【MODEL UPDATE】
Sの笑みが消えた。
「覚える気はあるんだな」
勝ったら相手が何も学ばない、というわけではない。けれど、学ばせないために誰も助けない、という答えも選べなかった。
◇
校庭から生徒がいなくなるまで、Sは休憩用の椅子に座っていた。
先輩が傷と交代後の状態を確認する。すぐ僕へ返す必要はない。僕も、そのつもりで内側から水を飲むよう頼んだ。
「言われなくても飲む」
(さっきから袋しか睨んでないじゃん)
「開かねぇんだよ」
ペットボトルの蓋を、先輩が無言で緩めた。Sが露骨に嫌な顔をする。
「握力までなくなったわけじゃねぇ」
「次から自分で」
「次は頼まねぇ!」
少し離れた帰宅列で、朝倉が笑っていた。
最後に渡された回収記録には、僕たちの分類が二つ残っていた。
【M:AVOIDANCE】
【S:NONCOMPLIANT】
「何だよ、下のやつ」
(従わない、とか)
Sは一瞬黙ってから、口元を上げた。
「いいじゃねぇか」
(褒めてないと思うよ)
「知るか。俺は気に入った」
僕は笑った。相手の付けた言葉を、全部嫌いになる義務もない。
ただ、回収を待つ黒い箱には目を戻さなかった。Sが今日出た理由も、殴る場所を選んだ理由も、あの短い二行には収まっていない。




