調べに来たなら、勝手に試すな
担任が窓際の生徒を離れさせる間、僕は入口で待った。
体育館へ走れば何が起きたか分かる。そう思うたび、電話越しの三枝先輩の声を思い出す。
相手が僕たちを探しているなら、近づくこと自体が返事になるかもしれない。
――待つぞ。
(うん)
Sも急かさなかった。僕は廊下の壁へ片手をつけ、前へ出ようとする身体を止めた。
朝倉が鞄を抱えたまま僕を見る。
「こっちへ来る?」
「分からない。先輩が来るまで待つ」
「分かった」
彼女はそれ以上、入口へ近づかなかった。
少しして先輩が職員と現れた。槍を持っているが、能力は使っていない。
「教室は先生と警備が守る。二人は私と別の経路へ」
「装置のところへ?」
「逆。距離を取る」
先輩は僕の顔を確かめた。
「交代は?」
「まだ僕です。Sも、今はこのままでいいって」
本人の返事を確かめてから伝えた。廊下を進む間、先輩は僕を一人で先行させなかった。
◇
破裂音の正体は、設備庫の扉が内側から押し開かれた音だった。
避難経路の途中で受け取った映像には、曲がった金属扉と、棚の陰にある黒い箱が映っていた。基板よりずっと大きい。運動用具の中に紛れていたという。
『校内へいつ持ち込まれたかは調べている。見つかった時刻が設置時刻とは限らない』
白峰主任の通信が入る。
箱の正面には、短い表示があった。
【FIELD CONTACT】
「あれが、接触……」
『今は返事をしない。現地の班に停止させる』
先輩は頷き、僕を壁の内側へ寄せた。技術班は別方向から防護板を運び込んでいる。
映像の文字が切り替わった。
【REQUEST:SWITCH】
Sが即答する。
――断る。
(僕も、そう思う)
「二人とも、応じません」
先輩は一度頷いただけだった。その返事を引っくり返すための説得は、誰からも来ない。
画面に、別の文が出た。
【ALTERNATIVE TEST】
次の瞬間、箱の側面が開いた。
「射出口!」
現場の職員の声に、先輩が僕を壁の陰へ押した。
小さな金属球が床を転がり、乾いた音とともに跳ねる。直接当たったわけではない。それでも床を伝わった衝撃が足から上がり、僕は膝をついた。
「っ……!」
痛みと一緒に、少量のMPが身体の奥へ溜まる。
先輩が肩を押さえ、僕の顔を覗き込んだ。
「歩ける?」
「はい。少し、MPが」
映像の中で、判定が出た。
【M RESPONSE:CONFIRMED】
僕の膝の痛みが、相手の正解欄へ変わった。
「……今、僕を試した」
「攻撃したの」
三枝先輩の声は低かった。
「観察と呼んでも、やったことは同じ」
現場へ停止指示が飛ぶ。別の職員が二枚目の防護板を運び、射出口と避難路の間へ立てた。
二発目は、その板に当たった。
大きな音に、僕の身体が勝手に跳ねる。Sを呼びかけて、言葉を止めた。
――大丈夫だ。今のは板だ。
(うん)
――誰かが受けてくれてんじゃねぇ。道具が止めてる。
映像には、まだ同じ文字が残っている。
【S RESPONSE:WAITING】
Sを出させたい。攻撃して、驚かせて、怖がらせれば、次の反応が得られると思っている。
――待ってろ。
Sが言った。
(いつまで?)
――永遠に。
僕は、痛む膝を庇って立った。先輩の腕を借り、装置から離れる。誰かに拒否を分かってもらうために、そこへ居残る必要はない。
◇
箱を止めたのは、技術班だった。
射出口を塞ぎ、電源系統を外し、通信を遮る容器へ収めた。先輩はその間、僕たちと避難する生徒の経路を守っていた。
僕は保健室で膝を診てもらった。大きな怪我ではないと聞いて、ようやく肩の力が抜ける。
「力が増えたからって、痛くないことにはしないでね」
先生に言われ、僕は頷いた。
――聞いたか。
(君も何度も言ってる)
――何度でも言う。
保護者への引き渡しを待っていた朝倉が、入口から顔を覗かせた。
「入っていい?」
「うん」
彼女は僕の膝と、横に置かれた湿布の袋を見た。
「また試されたの?」
「交代してほしかったみたい」
「頼み方、最悪」
――ほんとな。
Sの返事を伝えると、朝倉は少しだけ笑った。それから、ベッドの端へ置いた僕の鞄を椅子へ移す。
「代わらなかったんだね」
「二人とも、嫌だったから」
朝倉は頷いた。
「でも、次に代わりたくなっても、今日の返事と違うって怒られなくていいと思うよ」
僕は顔を上げた。
「相手が決めることじゃないし」
さっきは代わりたくなかった。次もそうしなければ、負けになるのだろうか。
考え始めていたことを、先に言われた気がした。
――……覚えとく。
Sが小さく答えた。
その時、先輩から連絡が入った。回収した箱に残っていた結果の一部が、確認用の画面へ表示される。
【DUAL RESPONSE TEST:M ONLY】
【RESULT:INCOMPLETE/RETEST REQUIRED】
再試験が必要。
僕の膝には、まだ痛みがある。学校は授業を打ち切り、先生たちは帰宅の手配に走っている。その全部が、相手にとっては答えの足りなかった試験らしい。
Sが、低く言った。
――ふざけんな。
窓の外で、保護者を呼ぶ校内放送が流れた。
僕はもう画面を見ず、朝倉が渡してくれた鞄を受け取った。




