返事をしなかったのに、返事が来た
「今の、聞こえたんですか」
僕の問いに、技術班の人がすぐ首を振った。
「音声は送っていません。通信も停止したままです」
点滅した画面には、保存された受信文の続きが表示されていた。
【PRIMARY:NOT FOUND】
【CONTROL STRUCTURE:INVALID】
「僕の返事じゃなくて……」
「相手が先に送っていた結果だね」
白峰主任の説明に、胸を押さえた。声を聞かれたわけではない。ただ、その偶然を気味悪く感じたことまで、消せるわけでもなかった。
「どの記録からそう判定したかは、まだ分からない。以前の観測を引き継いだ処理かもしれない」
相手は、僕たちが今日ここで話したことを全部知っているわけではない。それでも、前から持っている何かに、僕たちを当てはめようとしている。
――規定に合わねぇなら、規定の方を直せよ。
(それ、送っちゃ駄目かな)
――駄目に決まってんだろ。
(君が言ったんだけど)
僕の顔を見ていた三枝先輩が言った。
「返事はしない」
「まだ何も頼んでません」
「頼みそうだった」
紗月さんまで頷くので、僕は黙るしかなかった。
停止前に届いた一まとまりの文には、さらに続きがあった。
【OBSERVATION TARGET:DUAL】
【NEXT CONTACT:FIELD】
画面を見た三枝先輩が、すぐ別の連絡端末を取った。
「学校と自宅周辺の警戒を上げて。接触予告の可能性がある」
「外で会おう、ってことですか」
「その意味で備える。場所も時刻も、向こうは書いていないけれど」
Sの気配が低く沈んだ。
――誘いに答えてねぇのに、押しかけてくんのか。
拒否しても、拒否を次の試験条件にされる。
名前を自分で決めた時には、空欄を残してもらえた。目の前の画面には、その空欄がない。
◇
翌朝、清陵高校では使える区域がさらに減っていた。
昇降口に警備の人が立ち、設備の点検が終わっていない通路は閉鎖されている。僕たちの登下校にも付き添いがつくことになった。
朝倉は貼り紙を見てから、僕へ顔を向けた。
「今日は、図書室に行けないね」
「ごめん」
「真白君が鍵かけたわけじゃないでしょう」
――ほらな。
(君も言おうとしてた?)
――言わせんな。
朝倉は鞄からプリントを出した。
「課題は教室でもできるし。昨日の続きを見せて」
「昨日は、途中から管理局で……」
「終わってない?」
「はい」
――三問目も空欄だ。
(ばらさないで)
僕は椅子へ座った。怖い時に課題をやるなんて、と思っていたけれど、三問目で詰まっている間だけは、壁の中の装置を考えずに済んだ。
朝倉が窓を見ず、僕の紙を覗く。
「何か、返事が来たの?」
「知らない相手から。二人のどっちが主かって」
詳しい記録は伝えられない。それでも、その問いが嫌だったことは話せた。
「変なの」
朝倉はあっさり言った。
「今しゃべってるのが真白君だからって、Sが下になるわけじゃないのに」
――気が合うな。
(伝える?)
――別に。
もう顔に出ていたらしい。朝倉は小さく笑い、課題の空欄へ指を戻した。
「まずこっちに返事して」
相手によっては、答えたいのに答えが分からない質問もある。
◇
昼休み、購買から戻ると、教室の前に別のクラスの男子がいた。
「駅にいたの、お前?」
差し出されたスマホには、事務室を出る僕と三枝先輩の動画が映っている。遠くから撮られたもので、顔は鮮明ではない。それでも、同じ学校なら分かる程度には写っていた。
「駅、また止まるのかよ。昨日、うちの妹が迎え待ってたんだけど」
倉田が席から顔を上げた。
「真白が止めたんじゃねぇだろ」
「それは分かってる。でも、何してんのか説明しないじゃん」
僕は男子の顔を見た。怒っている。その中に、心配も混じっているように見えた。
「設備に不審な物が見つかりました。今、確認しています」
「その確認って、いつ終わるんだよ」
答えられなかった。
全部終わったと言えたら、僕も安心できる。でも、言いたいからという理由で言ってはいけない。
「分かりません。だけど、駅を使う人へ何を伝えればいいかは、僕からも聞きます」
男子はしばらく僕を睨んでいた。それから、動画を閉じる。
「……妹、怖がってんだよ」
「うん」
僕が言えたのは、それだけだった。
その時、校内放送が鳴った。
『現在、体育館側の設備で異常信号を確認しています。生徒は教室で待機し、窓際から離れてください』
教室の空気が変わる。僕の手の中で、管理局から貸与された連絡端末が震えた。
【新規信号源/体育館側】
三枝先輩へ連絡する。まだ何もしていないのに、走り出したいほど足が落ち着かなかった。
『単独で接触しないで。今そちらへ向かってる』
「はい」
返事をして、教室の入口で止まる。
端末に追加の受信記録が届いた。
【TARGET FOUND:DUAL】
三枝先輩の声が、電話の向こうで低くなった。
『そこにいて』
直後、体育館の方から大きな破裂音が響いた。
僕は端末を握り直した。教室には、妹を心配していた男子も、倉田も、朝倉もいる。
今度こそ、僕だけが飛び出せば済む話ではなかった。




