見つける側にも、見られている
「夕飯より先に、書類が増えやがった」
休憩室でSがぼやいた。
机には検査後の確認票がある。交代した直後の気分、今の違和感、それから説明を受けた内容。一つずつ聞かれるので、まだ身体はSのままだった。
(先に食べるって言っていいんだよ)
「先に食う」
三枝先輩が紙を脇へ寄せた。
「そうして」
――通った。
(交渉だと思ってたの?)
軽食の袋を開けると、小日向紗月さんが隣の椅子へ座った。今日は経過の確認で管理局へ来ており、駅の件の説明も、自分で希望して聞くことにしたという。
「私にも、勝手に接続してくるの?」
Sは袋から顔を上げる。
「ここでは試させねぇってよ」
「そうじゃなくて、外を歩いたら」
すぐには答えられなかった。
紗月さんは、目の前へ置かれた説明用の紙を指で押さえた。
「危ないから何も知らずに待ってて、っていうのは嫌。近づかない場所くらい、自分で知りたい」
僕は身体の奥で頷いた。自分だけの身体でも、それを自分の意思で扱えなくされた人だ。
「聞きに行くか」
Sが言うと、先輩がすぐに紙を指した。
「食べてから」
紗月さんが少し笑った。
「こっちの方が命令多いね」
「だろ」
(それは心配されてるだけだよ)
◇
検査と休憩を終え、僕へ戻ってから会議室へ入った。頭は少し重い。すぐにまた交代する気にはなれなかった。
机には、機械の地図と、技術班が書き込みを加えた紙の地図が並んでいる。見つかった機器、通信だけを受けた場所、まだ実物を確かめられていない番号。それぞれ別の印になっていた。
「点の数が、そのまま装置の数じゃないんですね」
「重複もあるし、実物を持たない番号もある」
白峰主任が答える。
「だから、外の班の報告が要る」
紗月さんは紙の方を覗いた。
「病院にもあるんだ」
「疑わしい設備は、医療機器を止めずに分離する。治療中の人を検査へ引き出すこともしない」
主任が説明すると、紗月さんは少しだけ肩を下ろした。
僕も、M-32たちの病室を思い出していた。D-01についても、今は回復を優先していると聞く。あの人たちをもう一度試せば分かる、という話にはしたくなかった。
「これ、持って帰っていい?」
紗月さんが指したのは、立入を避けてほしい範囲と、相談先だけを示した紙だった。
「いいよ。変更があれば知らせる」
「じゃあ、先にそういうのください」
主任が苦笑した。紗月さんの仕事は、誰より速く暗号を解くことではない。説明する側が飛ばしたところを、飛ばされたままにしないことだった。
◇
技術班が解析機を切り替えると、追っていた経路が画面から消えた。
「今のは?」
「監視用の応答を返した直後に、相手が経路を替えた」
主任が別の記録を示す。同じような変化が三つあった。
「偶然かもしれない。でも、こちらの接続を見分けている可能性が出た」
――見てるだけじゃねぇのか。
(聞くね)
僕が質問すると、技術班の人が二台の端末を指した。
一台は受け取るだけ。もう一台は、相手へ問い合わせを送り、返ってくる経路を調べるものだという。
「後者は、向こうからも新しい参加者に見えます」
僕は画面を見た。相手の道を探すために出した足跡が、相手にも見つかる。
「じゃあ、管理局の中まで?」
「今使っているのは、他のシステムにつながらない解析専用機だよ」
主任は、そうなっていることを先に説明してくれた。
「ただ、その一台の応答の癖や、何を知りたがっているかは渡してしまう。情報が全く出ない調査ではない」
黙っていれば何も得られない。尋ねれば、尋ねている自分のことも相手へ渡る。
紗月さんが机へ肘をついた。
「質問していいって言ってない相手に、質問されてるんだね。向こうも」
「だから、やめる?」
僕が聞くと、彼女は首を振った。
「決めるために、何を渡すのか聞いてる」
――同じだな。
Sが言った。
(うん)
僕は主任を見た。
「僕たちの端末は使わないでください。交代の追加検証も、今日はしません」
「了解。今回の検査記録も外へ送らない」
「知らない要求が来たら、止めてから相談してほしいです」
三枝先輩が頷いた。
「続けるための条件ね」
(Sも、それでいい?)
――いい。勝手に延長すんなよ。
「二人とも、そう希望します」
条件を口にしただけで、気持ちが軽くなるわけではなかった。それでも、自分たちが何を引き受けたのかは、さっきより分かる。
作業が再開される。僕たちは少し離れた席へ移った。生の通信に触るのは技術班だけだ。
数分後、短い警告音が鳴った。
「未知の要求。停止しました」
担当者の手が先にスイッチへ伸びた。主任が保存分だけを開く。
【WHO ARE YOU】
誰だ。
続けて受け取っていた文字列が並ぶ。
【M?/S?/DUAL?】
「質問してきた……?」
僕の声は、自分でも分かるくらい小さかった。
「自動で返す確認文かもしれない。人間が見て入力している可能性もある。今のところ区別できない」
主任は通信を再開しなかった。
最後に残っていたのは、見慣れた問いだった。
【PRIMARY?】
誰が主か。
Sが低く笑う。僕も、笑いたいのに笑えないような気持ちになった。
誰も返答欄へ触っていない。声を送る装置でもない。それでも、僕は画面へ言った。
「どっちも違うよ」
表示が一度、点滅した。




