どっちが表にいるかまで、数えるな
「僕は、どっちに数えられていたんでしょう」
管理局へ戻り、駅で受けた違和感の検査が終わってから、僕は聞いた。
机の向こうの白峰主任が、記録を開き直す。
【S:3/M:5】
合計は八件。僕たちの身体は、そのうちの一件として扱われていたらしい。
「今、身体を使っているのは僕です。じゃあ、Sは?」
――勝手に欠席にすんな。
Sの声を伝えると、主任は少しだけ口元を緩めた。それからすぐ、真面目な顔へ戻る。
「どちらも検出しているが、一つしか数えない可能性もある。表にいる方しか見えていないのかもしれない」
「確認できますか」
「方法は考えている。ただし、さっきと同じ信号を君たちに浴びせる検査はしない」
三枝先輩が横から紙を出した。
「先に、何を使って何を止めているか、二人に説明して」
「分かっているよ」
以前なら、そのやり取りだけで僕は身構えたと思う。今日も警戒はした。ただ、話を聞く前から全部嫌だとは思わなかった。
◇
回収した機器は、外への通信部と刺激を送る部分を外されていた。残したのは、近くの反応を受け取る測定部と、その反応を分類する部分だけだという。
「この箱から、駅にいた誰かへ信号が届くことはありません」
技術班の人が、取り外した部品も見せてくれた。
「表示を確かめるために、攻撃したりされたりする必要もありません。交代するかどうかは、お二人が決めてください」
(S。どうする?)
――やる。
(急がなくてもいいよ)
――だから、今決めた。勝手に数えられたままの方が嫌だ。
僕も同じだった。知れば怖いことが増えるかもしれない。それでも、知らないまま画面を睨んでいるよりはいい。
「二人とも、確認したいです」
先輩は僕の顔色と検査記録を見てから頷いた。
「途中で止めたくなったら、そこで終わり。戻す時も急がない」
椅子へ座り直す。背もたれに触れた肩は、まだ少し固かった。
(お願い)
――おう。
主導権を渡すと、視界が一瞬だけ揺れた。僕が内側へ落ち着くのを待ってから、Sが指を開く。
「出たぞ」
「頭痛は?」
「ねぇ」
「吐き気」
「ねぇ。質問が病院だな」
「検査だから」
(ちゃんと答えて)
――答えてるだろ。
僕らが言い合う間に、表示が変わった。
【ACTIVE:S】
駅の保存記録へ今回の変化を重ねると、Mが一つ減り、Sが一つ増える。ほかの七件は更新されていない。動いたのは、僕たちに対応する一件だけだった。
「俺が出たって、分かったのか」
「反応の変化を、Sという分類へ置いた」
主任は言葉を選んだ。
「君の考えを読んだ証拠ではない。ただ、能力を使う前にも、交代に伴う変化を拾えるらしい」
SはSPを持っていない。Speedも使っていない。ただ、同じ椅子で身体の使い手を替えただけだ。
それで、見られる。
僕は身体の奥で、自分の居場所を確かめるようにSを呼んだ。
(いるよ)
――分かってる。
返事は短かった。でも、画面よりずっと確かだった。
◇
技術班が分類結果の続きを開いた。
【BODY:1/ACTIVE:S/SECONDARY:M】
Sの姿勢が変わった。
「こいつは副じゃねぇ」
誰も反論しなかった。
ただの表示だ、と言う人もいない。僕が表ならSがその欄へ入り、Sが表なら僕が入る。機械はそういう整理しか用意していないらしい。
「俺も主じゃねぇ。今、身体を使ってるだけだ」
「その違いは記録する」
三枝先輩が答えた。
「機械の欄と、本人の意思を別に残す」
Sが顔を向ける。
「今の台詞も?」
「そのまま」
「……ならいい」
僕は少し笑いそうになった。勝手に書くな、と文句を言っていたSが、今日は自分の言葉を残すよう求めている。
分類処理の末尾には、別の判定が付いていた。
【PRIMARY SELECTION:FAILED】
主任がその部分を拡大する。
「どちらへ命令を渡せば、もう一方まで従うのか。それを選ぶ処理が失敗しているようだ」
「実際に命令を送ったわけじゃないんですよね」
Sが、僕の質問を声に出してくれた。
「送っていない。今読んでいるのは、機器の中の分類結果だ」
僕たちを計測できることと、思い通りに動かせることは違う。それでも、何をしたいのかは見えてきた。
強い方を選ぶ。もう一方を従わせる。
救い出した人たちの身体の中へ押し込まれていた考え方が、今は駅の壁にまで入っている。
Sが画面を見たまま言った。
「これ、俺らを一人にしたいだけじゃねぇだろ」
「旧研究の統制方法を、もっと多くの能力者へ適用する準備かもしれない」
主任の答えは断定ではなかった。でも、僕たちが知っていた強制覚醒の計画と、嫌なくらいつながった。
「全員が二人格になる、ってことじゃなくて」
「そう。本人の返事より、従わせやすい分類を先に用意する。今見えているのは、その方針だ」
Sが椅子から立ちかけ、先輩に目で止められた。
「休憩」
「まだ歩ける」
「歩けるうちに休む」
(それはそう)
――味方しろよ。
(君の身体にも味方してる)
Sは不服そうに座り直した。
外部の監視班から、別の場所で受信した集計が届く。机上の検査装置ではなく、街に残る機器の報告だった。
【MAPPING PHASE/22%】
僕たちが休む間も、向こうは動いている。
だからといって、休まずに追いかければ勝てるわけでもない。Sは画面へ一度だけ舌打ちし、差し出された水を受け取った。




