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えすえむっ!  作者: 角竜
この街は、実験室じゃない
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一番上にいるのが、人とは限らない

「MASTER……」


僕が声にした途端、白峰主任が静かに制した。


『その名前だけで、本人の居場所だとは考えないで』


画面の先に誰かがいる。そう思いかけた僕は、口を閉じた。


『制御をまとめる役を示しているだけかもしれない。少なくとも、人物の名前なのか機器の役割なのかも、まだ分かっていない』


三枝先輩が僕へ視線を向ける。


「Sは?」


(聞こえてる?)


――いる。気分は最悪。


「いるそうです。怖いとも」


――そこまで訳すな。


(違う?)


返事はなかった。少しして、低い声が返ってくる。


――見とく。今は。


「休みたくなったら言って」


先輩は画面を僕たちへ押しつけず、椅子を少し横へずらした。目を逸らしてもいい場所ができただけで、呼吸が楽になった。



非常通報設備の復旧が済むと、取り出された基板は検査用の箱へ移された。駅の配線とは切り離し、送信を止める準備をしたうえで、技術班が直前の記録を読み出していく。


【S:3/M:5】


その下には、桁の違う数があった。


【未分類記録:1247】


「千二百人も見ていたんですか」


『人数かどうかは分からない。何度も通った人を別の記録にしているかもしれないし、別の場所から届いた数かもしれない』


僕は数字を見直した。人を数えているように見えても、書いてある以上の意味を、こちらが勝手に足してはいけない。


ただ、SとMの八件については、時間と近隣の観測記録がそろい始めていた。駅で対応していた能力者の職員と、確認に応じた利用者。僕たちの身体も一件として含まれている可能性が高いという。


「名前も分かるんですか」


『この記録にはない。型らしき分類と、その場にいた反応だけだ』


――それだけでも余計なお世話だろ。


(うん)


画面を見ている間に、別の担当者が経路を拡大した。


014から022、その先で041へ。中心とされた001の役を、最初は041が持っている。


記録の時刻を進めると、役が032へ移った。


「中心が動く?」


『機械が移動したのではなく、担当が替わったようだね』


「じゃあ、一番上を壊せば終わり、でもない」


三枝先輩の言葉に、主任は答える代わりに画面上の経路を示した。


『別の中継点が引き継ぐ。少なくとも、この記録ではそう動いている』


――逃げるボス部屋かよ。


(嫌すぎる)


冗談を返せた、その直後だった。


別の受信機が警告音を鳴らす。


『周辺ノードから試験信号!』


「全送信遮断。現場にも退避を」


先輩の指示とほぼ同時に、胸の奥がざわついた。


殴られたのとは違う。音がしたわけでもない。自分の身体なのに、内側を誰かに確かめられたような、嫌な感覚だった。


――何だ、今の。


Sも気づいた。


ホームの方から短い悲鳴が聞こえた。作業員が駆けていく。僕は立ち上がりかけ、先輩に座ったまま待つよう言われた。


「ここにいる。何が起きたか教えて」


「変な感じがしました。痛みは、ないです」


「MPは?」


「増えてません」


先輩は耳元で別の班と連絡を取った。その横顔も、少し強張っている。


回収中の基板は停止していた。それなのに、隣の範囲に残っていた装置から、信号が届いたらしい。


駅員が利用者を誘導し、救護の職員が違和感を訴えた人へ声をかけた。大きな能力反応や転倒は確認されず、僕たちも落ち着くにつれて胸のざわつきが薄れた。


「止めた箱の外から、来たんですね」


僕の問いに、主任はすぐ答えた。


『そうだ。だから、ここだけ安全にしても十分じゃなかった。観測は中止する』



僕たちが駅を離れる前に、受信機へ保存された信号の終わりが確認された。


【RESPONSE:8/8】


三枝先輩が読み上げた救護の報告と、その数は一致していた。


八人が同じ時刻に違和感を訴えた。機械が八件の応答を記録した。二つはつながるかもしれない。でも、これだけで身体のすべてを読み取れると決まったわけでもない。


説明を聞きながら、僕は自分の腕をさすった。


「……点呼みたいだ」


『そう見えるね』


「本人が返事をしてなくても、いるって分かる」


Sの舌打ちが聞こえた。


――呼んでもねぇのに返事する身体なんか、嫌だぞ。


(君が返事したわけじゃないよ)


少し間が空いた。


――分かってる。


僕も、自分へ言い聞かせていた。身体が反応したことと、相手の呼びかけに応じたことは違う。


最後の記録には、全体の進み具合らしい表示があった。


【MAPPING PHASE/21%】


「何の二十一%ですか」


『対象範囲を探している。全国や全人類の二十一%だと読む根拠はない』


主任はそこで言葉を区切った。


『ただ、誰かが決めた範囲について、測り終えるまで続けるつもりらしい』


僕たちは、壁の中の機械を見つけた。


向こうは、人混みの中の僕たちを見つけた。


駅を出る時、先輩が僕の歩幅に合わせてくれた。普段なら「遅い」と言う人なのに、その日は一度も急かさなかった。


改札の向こうで、誰かがもう一度、自分の腕をさすっていた。


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