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えすえむっ!  作者: 角竜
俺の名前は、俺が決める
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勝つために、お前を消す気はない

開いた壁の奥から、D-01が歩いてきた。


白い仮面に黒い服。管理局へ侵入した時と同じ姿だった。襟の隙間に赤い光が見え、僕はあの時も首元が点滅していたことを思い出す。


『指導を開始します』


天井の声を聞いて、男が僕を見た。


「交代しろ。対象はS」


三枝先輩が槍を構える。


「従わない。私たちは帰る」


「訓練は終了していない」


D-01が踏み出す。


先輩が割って入り、槍の柄で距離を作った。その間に、僕は内側へ聞く。


(S、どうする)


――俺が引きつける。三枝に出口を開けさせろ。


(あいつの訓練を受けるわけじゃないよ)


――分かってる。帰るためだ。


先輩へ伝えると、彼女は僕の顔を一度だけ見た。


「無理に倒さないで。開いたらすぐ合流」


僕は頷いた。


(交代するよ)


――任せろ。


主導権を渡す。視界は途切れなかったが、こめかみが鈍く痛んだ。Sが歯を食いしばり、姿勢を整える。


「来たぞ。文句あるか」


D-01が構えた。


Sと同じ角度で腰を落とし、同じ位置に左手を置く。その姿を、僕は身体の奥から見ていた。



最初の攻撃は、かろうじて目で追えた。


Sが右へ引けば、D-01の膝がその先を塞ぐ。反対へ回ろうとすれば、肩を入れる位置まで先回りされた。


鏡と戦っているのとは違う。


こちらの癖を知っている相手と、戦わされている。


Sが拳を振りかけ、止める。


――殴れば、向こうのMが動くかもしれねぇ。


(でも、避けるだけじゃ)


「攻撃しろ」


D-01が言った。


「S型は攻撃する」


「命令すんな」


拳が腹へ入った。


空気が押し出され、僕まで息ができなくなる。痛みは共有している。でも今の被弾では、僕のMPは増えない。


D-01側のS反応が強まり、次の踏み込みが速くなった。相手を殴らなければ安全、というわけではない。殴らせ続けても、向こうへ燃料を渡してしまう。


「S、こっちへ!」


三枝先輩が槍で牽制する。Measureが加速を鈍らせた隙に、Sは標的の裏へ回った。


先輩は出口の操作盤へ戻る。閉鎖は物理装置によるもので、能力の出力を抑えるだけでは開かない。外の調査班と同時に解除する必要があるという。


壁の表示が変わった。


【訓練対象S/SP:0】


【修正要求:攻撃】


『攻撃してください』


D-01が標的の反対側へ回る。


『S人格の存在意義は攻撃です』


Sの足が、一瞬止まった。


『攻撃しないS人格に価値はありません』


頬へ拳が当たる。床へ倒れたSが手をつき、起き上がろうとした。


(S。あの声に証明しなくていい)


返事がない。


(必要な一発なら使って。でも、価値がないって言われたから殴るのは違う)


Sの指が床を掴んだ。


目の前の男を殴れば、少しはすっきりするのかもしれない。殴り続ければSPも得られる。相手のM能力が動こうが、もっと速くなって押し切ればいい。


それが、この部屋の望む答えだった。


「……知るか」


Sが立ち上がった。


D-01ではなく、通路を塞ぐ訓練標的の支柱へ蹴りを入れる。傷んでいた固定具が折れ、標的が傾いた。


敵の設備へ与えた損害で、SPを得る。


倒れる標的をD-01との間へ落とし、その分だけSpeedを使った。


一瞬の加速で、出口側へ移る。


「俺が何を壊すかまで、てめぇに決められるかよ」


『行動パターン不一致』


機械音声が告げた。


『旧訓練記録との差異を確認』



正面の画面に、少年の映像が出た。


顔は角度とノイズで見えない。今の僕たちより小さな身体が、D-01らしい相手へ何度も拳を打ち込んでいる。


倒れたあとも攻撃をやめない。その横で、SPと記されたゲージが上がっていく。


【比較対象:SM-01】


「……俺?」


Sが呟いた。


『映像の人物と表示名が同一とは確認できない!』


白峰主任の声が飛ぶ。


『顔も記録日時も読めない。候補名を後から重ねている可能性がある!』


僕もそれは分かった。


それでも、拳の引き方が似ていた。相手の立ち上がる場所へ先に足を置く、その動きが。


映像の中から男の声が流れる。


『S側の戦闘適性は良好。M人格を抑制し、Sを主導とする方が効率的だ』


【M人格抑制処置:推奨】


胸の奥が冷えた。


学校で初めて能力に目覚めた。それ以前に、こんな戦いをした覚えはない。速度の補正があるのか、別人なのか、映像そのものが偽物なのか、今は何も確かめられなかった。


けれど、Sは目を逸らせなくなっていた。


「……昔の俺が、こうだったって言いてぇのか」


D-01が倒れた標的を越えてくる。


「弱い方を残す理由はない」


Sが顔を上げた。


「ある」


男が止まる。


「昔の映像に何が映ってようが、てめぇらが何をさせようが、今の俺はこいつを消してまで強くなる気はねぇ」


僕は何も言えなかった。


「なぜ」


「こいつがいなくなったら、俺が止まれなくなった時、誰が止めんだよ」


(僕じゃなくても、先輩は止めると思うけど)


――今それ言うか。


「止めるわよ」


聞こえていないはずの三枝先輩まで言った。


「だから、今は帰って。こっちの解除が済んだ」


Sが短く笑う。


「了解」


D-01は笑わなかった。


「訓練を継続しろ」


「断る」


Sは男へ向かわず、残りのSPを出口までの数歩に使った。


D-01が追う。三枝先輩のMeasureが、追跡の加速だけを短く抑える。


外の調査班が隔壁を持ち上げた。先輩が先に抜け、Sは落下を止めるレバーを押さえたまま、最後に身体を滑り込ませる。


扉が落ちた。


内側から一度、鈍い音がした。それ以上、追ってくる足音はなかった。


僕たちは勝たなかった。


ただ、向こうが終わりと言うのを待たず、自分たちで出てきた。



外へ出ると、すっかり暗くなっていた。


Sは救護車の縁へ腰掛け、冷却材を頬へ押し当てる。身体をすぐに返さず、検査を受けてから休むことになった。


(S。さっきの映像)


――まだ俺だって決まったわけじゃねぇ。


(うん)


――それでも、気持ち悪ぃな。


僕は少し考えた。


(あれが本当に昔の君だったとしても、今、どうしたいかは聞けた)


Sが黙る。


(それは、映像より確かだと思う)


――……調子狂う。


文句を言いながら、Sは冷却材の位置を直した。僕らの顔は同じだけ腫れていた。


三枝先輩が、隔離端末を持ってきた。


旧回線を使う僕らへの通知は、今はすべて調査班の監視下へ転送されている。新たに届いたものを、先輩はすぐには開かなかった。


「見る?」


Sは僕へ確認し、頷いた。


【訓練結果を確認しました。】


【S人格の変質を認定。矯正が必要です。】


次の行に、僕の名前が使われていた。


【次回はM人格を主とし、S人格を従属させます。】


Sが冷却材を下ろす。


あの部屋が欲しがっているのは、Sが勝つことではなかった。僕が勝つことでもない。


どちらか一人が、もう一人を従わせること。


その形にさえなれば、主がどちらでも構わないのだ。


(S)


――分かってる。


僕らは、返事を送らなかった。


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