僕は僕、俺は俺
【SELECT ONE】
【M】
【S】
透明な壁が僕たちを囲っていた。
三枝先輩のMeasureが何度もぶつかるが、これは能力ではなく施設側の物理制御と旧式の脳波干渉装置を組み合わせたものらしい。
「出力を測れない」
「先輩!」
「外から壊す。真白君は中で意識を保って」
簡単に言う。
でも、その声が聞こえるだけで少し落ち着く。
久世さんも壁の外から叫んだ。
「選ぶな! あれは選択肢じゃない!」
そうだ。
MかSか。
どちらかを消すことを前提にした二択は、僕たちにとって選択じゃない。
赤い表示が視界を埋める。
頭が割れそうに痛い。
Sの声は、また遠くなっていた。
――湊!
(いる?)
――いる!
それだけで十分だった。
機械音声。
【PRIMARY人格を選択してください】
【制限時間:三十秒】
数字が減り始める。
「選ぶな!」
三枝先輩の声。
分かっている。
二十五。
画面へ別の映像が出る。
僕の幼少期。
泣いても我慢する。
怒れない。
逃げられない。
【M主体:自己抑制傾向】
【防衛欲求の分離を確認】
機械音声が続ける。
【M主体をPRIMARY候補として優先】
僕の血の気が引く。
――ふざけんな。
Sの声。
――俺だけ消す気かよ。
(違う)
――分かってる。
二十。
僕はSへ言う。
(交代しよう)
――は?
(向こうは、僕たちが主導権を奪い合うと思ってる)
少し間。
Sが笑った。
――じゃあ逆やるか。
(うん)
僕は主導権を手放した。
一回目。
Sが表へ出る。
システム表示が変わる。
【PRIMARY候補:Sへ移行】
「俺を選ぶか?」
Sが画面へ笑う。
「やるよ」
そして。
(湊)
僕を呼ぶ。
(戻れ)
――今度は俺が渡す。
二回目。
僕へ戻る。
頭が焼けるように痛い。
でも、意識はある。
画面が点滅した。
【PRIMARY候補:M】
【PRIMARY候補:S】
【CONTROL TRANSFER:VOLUNTARY】
【DOMINANCE MODEL ERROR】
頭痛が一気に強くなる。
二回の交代。
まだ、第一巻のような記憶欠落が起きる回数ではない。
でも接続を弱められている今は、普段より負担が大きい。
(S、次はもう交代しない)
――分かってる。お前で終わらせろ。
(任せて)
――……おう。
昔のSなら、自分で壊すと言ったかもしれない。
今は僕へ任せた。
その事実が、システムのエラー表示よりずっと大事に思えた。
想定されていない。
このシステムは、片方が勝ち、片方が負けることしか考えていない。
互いに主導権を渡すことを、支配の失敗として処理している。
「僕は僕」
――俺は俺。
「どっちか一人になる気はない」
警報。
壁の装置から衝撃が放たれる。
避けられない。
僕は防御姿勢を取る。
一撃。
痛い。
MP。
――一発だけ!
(分かってる!)
二撃目が来る前に、Momentumを装置内部へ叩き返した。
「僕たちは――」
回路が火花を散らす。
「実験じゃない!」
【ERROR】
拘束フィールドが消える。
三枝先輩の槍が制御盤を貫いた。
「停止」
静寂。
僕はその場へ座り込んだ。
頭が痛い。
吐き気もある。
でも、Sの声は聞こえる。
――ダッセぇ座り方。
(君も疲れてるでしょ)
――別に。
(声弱いよ)
――黙れ。
久世さんが近くで笑った。
「後輩」
――後輩って呼ぶな。
「ちゃんと失敗しなかったな」
僕は少し考えて答えた。
「多分、失敗の仕方が違っただけです」
「それでいい」
◇
回収されたデータの中に、旧SM計画の目的文書が残っていた。
【SM計画】
【目的:複数人格間の主導権固定による能力安定化】
【不安定人格を抑制し、単一の統制人格へ権限を集中】
白峰主任が低い声で説明する。
「最初は、暴走する能力者を救うための制御研究だった可能性が高い。だが途中から、“本人の中で誰を残すか”を外部が決める研究へ変わった」
早乙女さんがSM計画を離れた理由とも繋がる。
後から通信を繋いだ早乙女さんは、長い間画面を見ていた。
『……ここまで残ってたんだ』
「知ってたんですか」
『人格固定という言葉だけは。実施内容までは知らなかった』
「本当に?」
三枝先輩が聞く。
『玲奈ちゃん、疑うようになったね』
「三枝です」
『そこは変わらないね』
早乙女さんは少しだけ笑い、それから真面目な顔へ戻った。
『私が離れたのは、能力者を救うための研究が、本人の同意より“管理しやすさ”を優先し始めたから。今日見つかった資料は、その先まで進んだ証拠ね』
誰か一人を悪者にすれば終わる話ではない。
善意で始まった研究が、少しずつ本人の選択を奪っていく。
それが一番怖い。
能力者を救う研究。
能力者を制御する研究。
一般人を能力者へ変える研究。
そして。
人格まで固定する研究。
別のファイル。
【PROJECT LIBERATION】
【PHASE 1:人工覚醒】
既に知っている。
その下。
【PHASE 2:ALL】
さらに、今回初めて読める部分があった。
【強制覚醒後の適応・統制プロトコルとして、旧SM人格固定技術を転用】
朝倉が息を呑む。
「全員を能力者にして、その後……従わせるってこと?」
「少なくとも、この文書を書いた勢力はそう考えていた」
白峰主任は断定を避けた。
MASTERが生きているのか。
白い手袋の人物が誰なのか。
僕がなぜ出生直後からSM-01候補だったのか。
Sの恐怖が、過去の実験と本当に関係しているのか。
まだ、何も確定していない。
でも一つだけ分かった。
僕たちが目指しているものと、あの計画が目指しているものは正反対だ。
僕たちは、違うまま一緒にいる。
相手を守るために、相手から人生を奪わない。
任せるけれど、押しつけない。
怖いなら、怖いと言う。
助けてほしいなら、助けてと言う。
「S」
――何だ。
「これからもよろしく」
――またそれかよ。
「駄目?」
少し間があって。
――死なねぇ程度にな。
僕は笑った。
久世さんたちという、僕たちより先に失敗した先輩に出会った。
そのおかげで知った。
共存は、ずっと仲良くすることじゃない。
相手を信じて、相手に返すことだ。
僕は僕。
SはS。
二人とも、自分で生きる。
そして世界は今、その真逆――誰かが誰かを支配する方向へ進もうとしている。
なら。
僕たちは、それを止める。




