命令したのは、誰だ
三枝先輩は、その場で白峰主任へ通信を繋いだ。
「主任。SM-07の確保命令を出しましたか」
『出していない』
即答だった。
「主任権限で承認されています」
『命令番号を送れ』
数秒後、主任の声が低くなる。
『その命令には従うな』
「理由」
『使われている認証鍵は私の現行鍵じゃない。十八年前のSM計画で発行された旧研究主任権限だ』
久世さんのSが鼻で笑う。
「死人の計画が、まだ政府の中歩いてんじゃねぇか」
MASTER。
その名前を、誰も口にしなかった。
まだ断定できない。
◇
「移動する」
三枝先輩が言った。
白峰主任が通信越しにため息をつく。
『こんな時に言うのも何だが、私は本当に命令していないからね』
――一番怪しい奴が言う台詞。
(それはちょっと思う)
「主任」
三枝先輩が冷たく呼ぶ。
『はい』
「今後、旧認証を全停止して」
『既に手配した。ただ、SM計画系のシステムは管理局設立前の独立網だ。全部把握できている保証がない』
「それ、今言う?」
『今分かったから今言った』
三枝先輩の目が怖い。
早乙女さんがいれば笑っていそうだった。
「管理局へ?」
「違う。内部命令が偽装されている以上、今は支部も安全と言い切れない」
「朝倉は?」
「帰宅――」
「嫌です」
朝倉が即答した。
先輩が止まる。
「危険」
「もう家襲われてます。それに圭吾さんのことも、私の家のことです」
三枝先輩は数秒考えた。
「私から離れないで」
「はい」
――お前と同じ流れだな。
(僕も思った)
その瞬間、橋の上で爆発が起きた。
「伏せて!」
三枝先輩の防壁が落下するコンクリート片を弾く。
橋の上に五人。
中央の一人だけ、白い手袋をしていた。
第一巻。
映像越しに人工覚醒を「解放」と呼んだ人物。
同一人物かどうかは分からない。
でも、白い手袋と加工された声は同じだった。
『SM-01。SM-07』
周囲の四人が能力を展開する。
一人が光弾を撃つ。
避ける。
二発目。
朝倉の方へ飛ぶ。
僕は腕で弾いた。
痛い。
でも、必要な一発だけ。
MPを得る。
――次は受けんな!
(分かってる!)
Momentum。
衝撃を地面へ落とし、敵の足場を跳ね上げる。
「S!」
――代われ!
一回目。
Sが表へ出る。
Sは近くのガードレールを蹴り曲げた。
損害。
SP。
「Speed」
加速。
光弾の射線から朝倉を連れ出し、そのまま敵の懐へ一発だけ打ち込む。
追加SP。
それ以上は殴らない。
「三枝!」
「見えてる」
Measureが敵の出力を抑える。
その隙だった。
戦場が細かく分かれていく。
三枝先輩は二人の能力出力を抑制。
久世さんは朝倉を遮蔽物の影へ移動させる。
僕たちは残ったS型一人を引きつける。
以前なら、僕は全員を止めようとしたかもしれない。
今は違う。
自分の役割だけを見る。
――左。
(任せる)
Sは攻撃を一発だけ入れ、得たSPを全部回避へ使う。
長期戦にしない。
「三枝!」
「あと三秒」
三。二。
その瞬間だった。
白い手袋の人物が、Sへ接近した。
『君ではない』
「は?」
胸元へ、小さな端末を押し当てる。
電撃ではない。
音でもない。
頭の奥に、鋭い違和感。
「ぐっ……!」
人格が強制的に僕へ戻された。
二回目。
「S!?」
返事がない。
(S!)
静か。
静かすぎる。
白い手袋の人物が言う。
『接続を一時的に弱めただけだ』
「何を……」
『どうだ。楽だろう。もう一人の声がしない』
僕は拳を握った。
「全然」
声が震える。
「寂しい」
相手の動きが一瞬止まった。
横から久世さんが体当たりし、白い手袋を引き離す。
三枝先輩が僕へ駆け寄る。
「真白君」
「Sが、聞こえない」
遠くで白い手袋の人物が笑う。
『やはりM主体は分離を拒絶する。次は、Sに選ばせよう』
煙幕。
敵は撤退した。
僕は何度も呼ぶ。
(S)
返事がない。
(S!)
しばらくして。
本当に小さく。
――……うるせぇ。
胸が一気に軽くなった。
(S!)
――何回呼ぶんだ。
(よかった)
――キモい。泣くな。
(泣いてない)
――声が泣いてる。
まだ遠い。
でも、いる。
久世さんが僕たちを見る。
「分かっただろ」
「何がですか」
「奴らが欲しいのは、SとMじゃない」
自分の胸を指す。
「二人のどっちが、もう片方を支配するかだ」
「何のために?」
僕が聞く。
久世さんはすぐには答えなかった。
「昔、俺らに言われた言葉がある。“不安定な人格を一つに固定できれば、能力者は管理できる”」
三枝先輩の表情が硬くなる。
「能力の制御じゃなく、人間の制御」
「そう」
久世さんは橋脚へ背を預ける。
「俺らは、共存の成功例を作るためじゃなくて、どっちか一人に絞る方法を探す材料だった」
僕の中で、Sが小さく舌打ちした。
作品の最初から、僕たちは互いを邪魔だと思っていた。
もしあの頃、この装置を使われていたら。
僕はSを消す選択をしたかもしれない。
Sも、僕を閉じ込めたかもしれない。
そう考えると、今の関係が当たり前じゃないことが分かった。




