秘密にするのは、誰のため
朝倉圭吾。
美月のおじいさんの兄。
職業は研究者ではなく、児童心理カウンセラーだったらしい。
朝倉はその日のうちに祖父へ電話をした。
僕と三枝先輩は少し離れて待つ。
家族の話まで管理局が直接聞くのは違う、と先輩自身が言ったからだ。
十分ほどして戻ってきた朝倉は、少し複雑そうな顔をしていた。
「圭吾さん、昔“子供を預かる仕事”してたって」
「研究所で?」
「そこまでは知らないみたい。家族にも詳しく話さなかったって」
そして、もう一つ。
「亡くなる前に荷物をいくつかおじいちゃんへ預けたらしい」
――箱だな。
(多分)
僕たちは、ようやく黒い箱へ繋がった。
「会ったことは?」
「ない。私が生まれる前に家族とほとんど連絡取らなくなったって」
三枝先輩へ報告すると、管理局側でも追加記録が見つかった。
【SM-07施設外移送後 保護責任者:朝倉圭吾】
研究員ではない。
保護責任者。
「実験へ参加した人じゃなくて、外へ連れ出した側?」
僕が聞く。
三枝先輩は「可能性が高い」と答えた。
圭吾さんは十二年前に交通事故で死亡している。事故記録に不自然な改ざん痕跡はなかった。
そして、朝倉家には彼の荷物が一部残されていた。
「黒い箱」
朝倉が言う。
「子供の頃、一回見た。開けちゃ駄目って言われてたから覚えてる」
「どんな箱?」
「黒くて、SとMみたいな文字が付いてた」
Sも僕も黙った。
◇
放課後、朝倉家へ向かうことになった。
三枝先輩付きで。
「なんか嫌だな」
朝倉が言う。
「何が?」
「クラスの男子を家に呼んだら、美人な三年生まで付いてきた」
「言い方!」
――修羅場だな。
(君まで乗らないで)
「任務」
三枝先輩は平然としている。
「ですよね」
朝倉が苦笑した。
家は本当に普通だった。
玄関の家族写真。リビングの観葉植物。階段に積まれた通販の箱。
能力者の秘密なんて、どこにもなさそうに見える。
納戸の奥から、朝倉が黒いケースを引っ張り出した。
表面には、確かに二つの文字。
【S】
【M】
三枝先輩が先に検査する。
「能力反応なし。爆発物反応もなし。ただの保管箱」
鍵は、圭吾さんの古い封筒の中から見つかった。
カチッ。
蓋が開く。
中には一冊のノート。
数枚の写真。
そして、古い記録媒体。
写真には四十代くらいの男と、小さな少年が写っていた。
少年の顔は塗り潰されている。
裏に一文字。
【07】
朝倉がノートを開く。
最初のページ。
『四月三日。今日はカレーを二杯食べた。辛口はまだ無理らしい。』
僕たちは顔を見合わせた。
次。
『四月七日。初めて一人で学校へ行けた。帰宅時、三回後ろを確認。追跡への恐怖が残っている。』
さらに。
『四月十二日。夜泣き。研究所の夢を見たとのこと。防衛人格が前面へ出る。十五分後、自発的に交代。』
そして。
『本人たちを症例として扱わない。二人として扱う。』
胸が鳴った。
『M側はS側を危険な存在だと思っている。S側はM側を守ろうとする。どちらも、ただの子供だ。』
――……。
Sが黙っている。
朝倉が小さく言った。
「圭吾さん、この子を助けてたんだね」
「多分」
僕も、そう思いたかった。
ノートの最後の方には、一文だけ強く書かれていた。
『もしSM-01が現れたなら、07を探してほしい。』
その下。
『彼は失敗例ではない。』
さらに小さな字で。
『少なくとも、本人たちの人生を研究結果だけで失敗と呼ぶべきではない。』
さっき第一分室で僕とSが感じたことと同じだった。
朝倉圭吾さんは、研究員ではない。
だからこそ、研究の外側から二人を人間として見ていたのかもしれない。
朝倉が、その文字を指でなぞる。
「この人、ちょっと好きかも」
「会ったことないのに?」
「会ったことないから、今のところ減点がない」
――お前の友達、たまに辛辣だな。
(普通だよ)
――普通怖ぇ。
続きは、ページごと破られていた。
僕たちより先に。
人工的に作られた、不安定な先行例。
それでも「二人」として生きた人がいる。
SM-07。
僕たちは、その人を探すことにした。




