僕が生まれる前に決められていたこと
「能力が出る前に、何で僕を候補にできたんですか」
管理局へ戻ったあと、僕は何度目か分からない質問をした。
白峰主任は第一分室から回収したデータを並べる。
「分からない。候補選定基準そのものが削除されている」
「遺伝?」
三枝先輩が聞く。
「単純な遺伝性なら現在の研究でも再現できる。違うと思う」
「じゃあ、妊娠中に何か――」
自分で言いかけて、喉が詰まった。
母さん。
何も知らないはずの母さん。
「真白君」
白峰主任が珍しく強く言う。
「現時点で、君や母親へ実験処置が行われた証拠は一つもない。候補登録と“作られた”ことは同義じゃない」
――勝手に話進めんな。
Sが言う。
(……うん)
怖いと、空白を一番嫌な答えで埋めたくなる。
今は、分からないままにしておくしかない。
「候補は僕だけ?」
白峰主任が一覧を開いた。
SM-01から、SM-12まで。
十二人。
「ただし、“候補”と“被験者”は別だ。実際に計画へ組み込まれたかどうかも個別に違う」
状態欄のほとんどは削除されていた。
「候補者の名前は?」
「ほぼ黒塗り。ただ、少なくとも全国から集められていた形跡がある」
白峰主任は画面を拡大する。
年齢もばらばら。
新生児期に登録された候補。
小学生で追加された候補。
能力覚醒後に登録された候補。
選定基準が一つではないように見える。
「つまり、僕が出生直後に登録されたことだけで、何かされたとは言えない」
「その通り」
主任が頷く。
「怖い情報ほど、証拠と推測を分けた方がいい」
――研究馬鹿に正論言われると腹立つな。
(でも正しいよ)
僕はメモを取った。
分かっていること。
分からないこと。
それを分けるだけでも、頭の中の恐怖が少し形になる。
一件だけ、状態欄が残っている。
【SM-07】
【人工誘発処置:実施】
【二人格維持:不安定】
【施設外移送】
「生きてる?」
「最終更新は十五年前。現在は不明」
僕以外にも、二人格とS/M両方を人工的に維持しようとされた人がいた。
自然に同じ状態へ到達した人がいたわけじゃない。
それでも。
僕たちより先に、「二人」で生きようとした人がいたかもしれない。
移送記録を開く。
担当者。
【朝倉圭吾】
僕の頭に、クラスメイトの顔が浮かんだ。
――偶然かもな。
(うん)
――でも調べるんだろ。
(……うん)
その夜、家へ帰ると、母さんがいつも通り夕食を温めてくれた。
「遅かったわね」
「管理局」
最近は、それだけで説明が済むことが増えた。
テレビでは能力者登録制度の特集が流れている。
母さんが何気なく言った。
「湊も変な事件に巻き込まれないといいけど」
僕は箸を止めた。
出生三日後。
SM-01。
今ここで聞けばいい。
僕が生まれた時、何か変なことはなかった?
でも。
――証拠ないんだろ。
Sが言う。
(うん)
――なら、今聞いて不安にさせる必要ねぇ。
昔なら、Sの方が「聞け」と言った気がする。
(変わったね)
――殴るぞ。
(そこは変わらない)
僕は今は聞かないことを、自分で決めた。
「いただきます」
「今さら?」
母さんが笑った。
翌日。
僕はすぐ朝倉へ聞きに行こうとして、また一度止まった。
彼女は僕の秘密を全部知らない。
家族の過去だけ聞き出して、自分のことは隠す。
それは。
本当に、彼女を守ることなんだろうか。
◇
翌日の放課後。
屋上へ朝倉を呼んだ。
「今度こそデート?」
「違う!」
――言われてんぞ。
(君のせいだからね)
冗談に助けられている。
でも、今日は逃げない。
「朝倉。話がある」
「うん」
「ちょっと重い」
「じゃあ座る?」
あまりにも普通に言うから、少し笑ってしまった。
僕たちは屋上の壁際へ座った。
「僕、能力者なんだ」
朝倉は驚いた。
「……やっぱり」
「やっぱり!?」
「駅前で何度か見てるし、最近の真白君、普通じゃない速さで消えたりするし」
「それ僕じゃなくてS!」
言ってから止まった。
朝倉も止まる。
――自爆。
(今から話すつもりだったからいいの!)
「S?」
朝倉は驚いていた。でも、逃げるような顔はしなかった。
「そこから説明します……」
「M型。Momentumって能力」
「……うん」
「それと」
ここが一番怖い。
「僕の中に、もう一人いる」
――その言い方、幽霊みてぇだな。
(今そこ気にする?)
僕は思わず笑った。
朝倉が首を傾げる。
「今、その人と話した?」
「分かるの?」
「百面相」
「まだ直ってない……」
――一生無理だな。
僕は、Sのことを話した。
全部ではない。
SM計画の核心や危険な情報は伏せた。
でも、Sという別人格がいること。S型であること。身体を交代して使うこと。
隠したまま家族の情報だけ求めるのは嫌だった。
朝倉は最後まで黙って聞いた。
「怖い?」
僕が聞く。
「ちょっとびっくりしてる」
「うん」
「でも」
朝倉は僕を見る。
「真白君が急に別人みたいになる謎、やっと解けた」
――そこかよ。
「Sさん?」
――さん付けやめろ。
「本人が“さん付けやめろ”って」
「聞こえるんだ」
「今もずっと」
朝倉は少し考えてから、僕を見る。
「会える?」
心臓が跳ねた。
「今?」
「嫌ならいいよ」
朝倉はすぐに付け足す。
僕じゃなくて、Sへ言っているみたいだった。
(どうする?)
――……一回だけな。
人格交代。
Sが表へ出る。
椅子代わりにしていたコンクリート壁から立ち上がり、朝倉を見る。
「よぉ」
「こんにちは」
「普通に挨拶すんな。気持ち悪ぃ」
「じゃあ何て言えばいいの」
「知らねぇ」
(君が面倒くさいだけだよ)
「うるせぇ」
朝倉が笑った。
「本当に違うね」
「当たり前だ」
「でも、真白君と喧嘩してる時はちょっと似てる」
「似てねぇ!」
Sが本気で嫌そうな顔をした。
それを見て、僕は身体の奥で初めて安心した。
しばらくしてSが僕へ戻す。
連続ではない、一度だけの交代。
朝倉は「おかえり」と言った。
その一言が、妙に嬉しかった。
「一つだけ確認していい?」
「何?」
「私が真白君に話したことって、Sもだいたい聞いてた?」
僕は固まった。
――あ。
(あ、じゃないよ!)
視覚も聴覚も基本的には共有している。つまり、朝倉が僕だけへ話したつもりのことも、Sはほとんど知っている。
「……だいたい」
「そっか」
「ごめん」
――何でお前が謝る。
朝倉は少し考えてから笑った。
「じゃあ今度、Sに聞かれたくない話をする時は先に言う」
「どうするの?」
「寝てもらう」
――無理だろ!
僕は吹き出した。
秘密を知られたのに、日常が壊れた感じがしなかった。
「二人分、隠してたんだね」
その言葉に、胸が軽くなった。
だから僕は、ようやく聞けた。
「家族に、朝倉圭吾って人いる?」
朝倉の表情が変わった。
「……おじいちゃんのお兄さん」




