消されたのは、誰の記憶
映像には、白い部屋と椅子が映っていた。
椅子に座るのは少年だったが、顔は黒く処理されている。
画面端の日付は十八年前。
僕たちが生まれるより前だ。
『被験体M、意識レベル正常』
研究員の声。
続いて、さっきと同じ男の声。
MASTERだと考えるのが自然だった。
『防衛人格を前面へ』
少年が顔を上げる。
『……またかよ』
知らない声。
僕のものでも、Sのものでもない。
――俺じゃねぇ。
(うん)
安心したのも一瞬だった。
画面に、研究記録らしい文字が並ぶ。
【M型適性:高】
【自己抑制傾向:高】
【怒り・逃避・自己防衛の抑圧を確認】
そして。
【人工ストレス環境下で防衛人格を誘発】
白峰主任の声が低くなる。
『通常のM型に、こうした処置をしてもS型能力が発現するわけではない。これは旧計画の特殊候補群を対象にした実験だ』
「特殊候補群?」
『詳細は記録がない』
映像では、少年の防衛人格へ記憶処置が行われていた。
白い光。
悲鳴。
僕は思わず目を逸らしかける。
Sは逸らさなかった。
処置後、MASTERらしき声が問う。
『私が分かるか』
『……知らねぇ』
『そうか』
声には、わずかな満足が混じっていた。
『記憶は消失。しかし――』
男が少年へ近づく。
少年は拘束された椅子ごと後ずさろうとした。
『恐怖反応は残存』
映像が止まった。
「だから写真を見た時……?」
僕が呟く。
――待て。
Sが強く言った。
白峰主任も同時に否定する。
『この被験者は君たちではない。ここから“Sの記憶も消された”と結論づけるのは早い』
三枝先輩が頷く。
「似た反応がある。それだけ」
その通りだ。
分からないことを、怖さだけで決めつけてはいけない。
端末の奥から、さらに古い研究概要が見つかった。
【防衛人格誘発試験】
【S型波形定着試験】
【長期共存成功例:0】
ゼロ。
記録を読み進めると、その理由も断片的に残っていた。
防衛人格が強くなりすぎてM側の主導権を奪った例。
逆にM側が防衛人格を拒絶し、人格反応そのものが消えた例。
能力波形が互いに干渉し、どちらも使えなくなった例。
どれも結果欄には短く「失敗」としか書かれていない。
人間がどう感じたのか。
その後どう生きたのか。
そんなことは一行もない。
――ムカつく。
Sが言った。
(うん)
――失敗って何だよ。
その言葉に、僕も同じことを思った。
研究上うまくいかなかったから失敗。
でも、その身体の中にいた二人まで失敗だったことにはならない。
人工的に二つの人格と二系統の能力を同じ身体へ維持しようとした実験は、成功していない。
だからこそ、僕たちは今も異常事例なのだ。
「じゃあSは……」
――俺の生まれ方は、まだ分かんねぇ。
Sが先に言った。
――勝手にこいつらと一緒にすんな。
(うん)
その時、別のファイルが開いた。
警報音が鳴った。
僕たちが触れていない壁面パネルが開き、古い訓練装置が起動する。
「下がって!」
三枝先輩の防壁。
金属弾が二発、三発と飛ぶ。
一発目は防壁へ。
二発目は横へ逸れる。
三発目だけ、僕の肩へ当たった。
「っ……!」
MPが増える。
――それ以上受けんな!
(分かってる!)
僕はMomentumを拳へ溜めず、足元へ流した。床が跳ね、射出装置の向きがずれる。
「S!」
――任せろ!
一回目の交代。
Sは装置そのものではなく、横の古い制御箱を蹴り壊した。
損害でSPを得る。
「Speed」
短い加速で装置へ近づき、非常停止レバーだけを叩き落とす。
機械が止まった。
――一回で済んだな。
(うん。戻る?)
――外出てから。
連続交代はしない。
第二巻で覚えた原則を、怖い場所でも守れた。
停止した端末が、最後に別のファイルを開く。
【候補個体登録】
【SM-01】
登録日は十六年前。
僕の出生届が出された、三日後。
「……僕?」
能力が目覚めるよりずっと前。
いじめられるよりずっと前。
Sが生まれるよりずっと前。
僕はもう、誰かに番号を付けられていた。




