百人いれば、百通りある
駅前に着いた時、最初に聞こえたのは悲鳴じゃなかった。怒鳴り声。笑い声。泣き声。全部が一緒だった。
「能力反応、多数!」
三枝先輩が叫ぶ。駅前広場は人で埋め尽くされている。その中に能力者が一人、二人、十人――もっといる。でも、全員が暴れているわけじゃない。
「うわあああっ!」
男の人の両腕から氷が伸びている。M型かS型かも分からない。少し離れたところでは、女の人が地面に光の線を描いていた。
その横では、高校生くらいの男子が笑っていた。
「すげぇ!」
手のひらに火花。
「俺も能力者だ!」
興奮と恐怖と混乱が、同じ広場でごちゃ混ぜになっている。
「百人が同時覚醒したんじゃ」
僕は周囲を見る。
「百人が同時に敵になったわけじゃない」
「そう」
三枝先輩が頷く。
「だから余計に難しい」
一人ずつ状態が違う。怖がっている人、喜んでいる人、制御できている人、暴走している人。逃げたい人も、戦いたい人も、すでに誰かを助けている人までいる。
「真白君」
三枝先輩が僕を見る。
「勝手に敵味方を決めないで」
「はい」
――お前の得意技だな。
(何が?)
――自分以外全部守る対象認定。
(……気をつける)
「まず、暴走してる人だけ止める」
「分かりました」
その時、右手で衝撃音が響き、人が吹き飛んだ。
「っ!」
僕は反射的に広場中央へ走る。大男が周囲の人を拳で弾き飛ばしていた。
「来るな!」
叫ぶ。
「俺に近づくな!」
攻撃的。でも、顔は怖がってる。
「三枝先輩!」
「S型!」
端末が反応する。
「固有能力Strength!」
また拳。人が吹き飛ぶ。校舎裏で最初に襲ってきた能力者を思い出した。最初に僕を襲ったStrength。攻撃すればSPが増え、筋力へ変換される。
つまり今、人を殴るほど強くなる。
「止めないと」
僕が前へ出ようとする。
――俺だ。
(でも)
――あいつS型だ。
S型同士で殴り合えば、互いにSPが増える。泥沼になる。
「じゃあ僕が」
――それも駄目。
(何で)
――お前、殴られてMP貯め始めんだろ。
返す言葉がない。三枝先輩が言う。
「攻撃しないで」
「え?」
「S型に攻撃を続けさせない」
なるほど。
「じゃあ」
僕は周囲を見回し、倒れていた大きな広告看板を押して、大男との間へ壁として立てた。
「何だ!」
男が拳で看板を殴る。金属が凹む。SP?
「物でもいいんじゃ」
『損害判定は対象認識による』
白峰主任の通信。
「つまり?」
『人を傷つけたと本人が認識していないなら、効率は落ちる!』
だったら、人へ届かせない。
「こっちです!」
僕は大男の正面へ出る。
「来るな!」
「行きません!」
「は?」
男が止まる。
「そこから動かないでください!」
「何言って」
「僕も動きません!」
――何だこの作戦。
(時間稼ぎ)
男は困惑し、怒る。でも、殴る対象はいない。僕にも届かない。看板一枚が間にある。
「怖いですよね!」
僕が言う。男が止まる。
「……何」
「急に力が出て」
「黙れ!」
看板を殴る。でも、さっきより弱い。SPが補充できていない。
「自分で止められないんですよね」
男の顔が歪む。
「違う!」
拳。看板。さらに弱い。
「俺は」
「違う!」
「なら」
僕は言った。
「殴らないでください」
男の拳が止まる。
「……」
そのまま力が抜ける。三枝先輩がすぐMeasureを発動。出力制限。
「確保」
一人止まった。戦わずに。
――やるじゃん。
(殴られなかった)
――そこ基準かよ。
でも、嬉しかった。その瞬間、左で爆発。
「次!」
三枝先輩が走る。僕も続く。
◇
次はM型。能力はMonster。女子生徒の身体が少しずつ巨大化している。原因は、周囲の人が怖がって物を投げたこと。それでMPが増えた。
「やめて!」
僕は周囲へ叫ぶ。
「攻撃しないで!」
「でも化け物だぞ!」
誰かが言う。少女の顔は泣いている。
「違う!」
僕は少女を見る。
「攻撃されたから大きくなってる!」
また身体が変わる。周囲が止まる。攻撃がやむ。少女の変化も少し止まる。
「大丈夫」
僕が近づく。
――ゆっくりな。
(うん)
「近づかないで」
少女の声は低く、身体も変わっている。でも、怖がっている。
「触らないから」
一歩。
「そこにいるだけ」
もう一歩。少女が僕を見る。
「私、戻れる?」
僕は答えられない。分からない。嘘はつきたくない。
「分からない」
少女の顔が歪む。
「でも、戻る方法は探せる」
「本当に?」
「僕たちだけじゃなくて」
三枝先輩。後ろの救護班。
「他の人と一緒に」
少女が泣いた。でも、暴れなかった。二人目。
止まった。
◇
それから何人対応したか分からない。次はS型のSpeed。覚醒直後の混乱で道路標識を壊し、その時に得たSPを勢いよく速度へ変えたらしい。本人は大喜びで道路を走り回っている。
「速い!」
「止まって!」
車が危ない。Sへ交代。追う。でも攻撃しない。追いついて横へ並ぶ。
「レース終わり!」
「誰だよお前!」
「止まれ!」
「嫌だ!」
走る。SPが切れる。二人とも普通の速度。
「……」
「……」
徒歩。
「走れよ!」
「もう速くねぇんだよ!」
最後は、二人で息切れしながら捕まえた。M型、Mirror。警察が怖がってゴム弾を撃とうとする。
「撃たないで!」
間に入る。Mirrorは受けた攻撃を反射する。撃ったら戻る。だから武器を下げてもらう。そしてM型/Mine。これが一番怖かった。男の子。MPが大量。多分、逃げる途中で何度も転び、人とぶつかった。爆発できる。
でも本人は知らない。
「何これ」
手が光る。
「怖い」
僕は絶対に触らなかった。
「動かなくていい」
「俺、何なんだよ」
「M型」
「M?」
「説明は後」
「爆発すんの?」
「多分」
「多分!?」
「だから今は!」
少し強く言う。
「何もしないで!」
男の子が固まる。
「……はい」
妙に素直だった。白峰主任が遠隔でMPを安全に抜く方法を指示する。少しずつ地面へ放出。小さい爆発が何度か。最後、ゼロ。
「……終わった?」
「終わった」
男の子はその場に座る。
「怖かった」
「うん」
僕も座りたい。でも、まだ人がいる。
――湊。
(何)
――もう無理。
(まだ)
――違う。
声が強い。
――お前が。
僕は止まる。身体が重い。足が震える。いつの間にか息が浅い。MPも少し溜まっている。
何回か小さい攻撃を受けた。でも使っていない。問題はそこじゃない。疲れてる。
「真白君!」
三枝先輩がこちらへ来る。
「休憩!」
「でも」
「交代も禁止!」
先に言われた。
「Sなら」
「Sも疲れてる!」
え。
――そういうこと。
(君も?)
――身体一個だぞ。
当たり前だった。Sへ代われば、無限に動けるわけじゃない。
「五分」
三枝先輩が指を立てる。
「座って!」
「……はい」
僕は駅前のベンチに座る。初めて、自分から戦場で休んだ。変な感じ。
「五分でいいんですか」
「十分」
「増えた」
「口答えしたから」
理不尽。
――黙って寝ろ。
(寝たら怒られるよ)
それくらい疲れていた。
◇
夕方。確認された能力反応は百三名。暴走二十八名、重傷者十四名、死者ゼロ。
その数字を見た時、僕は本当に息を吐いた。全員、生きていた。いや、違う。僕が全員を助けたんじゃない。管理局、救護班、消防、警察、覚醒した能力者自身、周りにいた一般人。そして、能力者同士で助け合った人もいた。
百人いれば、百通りある。Sだから攻撃的、Mだから受け身。そんな単純な話じゃない。能力は一つの性質でも、人間そのものまで決めるものじゃない。その時、大きな拍手が起きた。駅前。
誰かが拍手している。一人、二人と増えていく。管理局へ向けたものか、救護班へか、それとも能力者へかは分からない。けれどテレビカメラは、能力者が人を助け、一般人が能力者を助ける光景をすべて撮っていた。
昨日、世界は能力者の存在を知った。そして今日、初めて「知られた後」の能力者事件が起きた。少なくともこの場所では、能力者は怪物じゃなかった。その時、白峰主任から通信。
『真白君』
「はい」
『過激派の人工覚醒装置を一基回収した』
「良かった」
『いや、良くない』
声が重い。画面が送られてくる。装置内部。新しい部品。僕には分からない。
でも、ラベルは読めた。
【SM SYNC】
背筋が冷える。
『百人同時覚醒が成功した理由。制御技術が一段階進んでる』
「でも」
僕は自分の胸を見る。
「僕は何もしてません」
CONTROL TEST。僕のS/M波形が必要。そう言っていた。
『そう。だから問題なんだ』
三枝先輩も画面を見る。
『彼らは真白君なしで、S/M同期技術を作り始めてる』
――じゃあ。
Sも気づいた。僕も同時に理解した。
「僕を狙う必要、なくなる可能性がある」
一瞬、少しだけ安心しそうになった。狙われないなら。でも白峰主任は続けた。
『逆だ』
「え」
『君が不要になれば、次は実験規模をもっと大きくできる』
僕は言葉を失う。僕が計画の鍵だった頃は、僕を奪わない限り完成しなかった。でも、鍵が複製されたら。もう止めるものがない。そして回収した装置の最後のログ。
次の試験規模として、そこに数字が記されていた。
【10,000】
一万人。
僕は画面を見つめた。百人であれだけだった。次は、その百倍。もう、一人ずつ助ける戦い方じゃ絶対に間に合わない。




