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えすえむっ!  作者: 角竜
その覚醒を、誰が望んだ
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21/113

知られてしまった世界

翌朝。世界は変わっていた。正確には、見た目は何も変わっていない。電車は走り、コンビニは開き、信号もいつも通り赤から青へ変わる。でも、みんなスマホを見ていた。


「昨日のあれ見た?」


「SとMって何?」


「能力者ってマジ?」


「フェイク動画じゃないの?」


「政府が隠してるとか言ってたぞ」


駅でも、ホームでも、教室でも、どこへ行っても話題は同じだった。僕は電車の吊り革を握ったまま小さくなっていた。


――お前が隠れてどうすんだよ。


(なんとなく)


――バレてねぇだろ。


(そうだけど)


昨日の映像で示された、SとM。僕たちにとっては日常になりつつある言葉。でも普通の人には、突然世界の裏側から投げつけられた言葉。


隣に立つ会社員が言った。


「政府、会見するって」


「能力者の存在は否定するらしいよ」


「今さら?」


別の人が呆れた声を上げる。その瞬間、車内がざわめき、スマホに速報が流れた。


【政府、昨日の映像について「悪質な偽情報」と発表】


僕は画面を見る。


――嘘つくんだな。


Sが言う。


(まだ隠すつもりなんだ)


でも、もう無理だと思った。動画は消しても、コピー、切り抜き、SNS、考察。全部広がっている。そしてもっとまずいのは。


「これ見て」


高校生らしい男子が友達へスマホを見せる。画面では、人の手から炎が噴き出していた。


「昨日の夜、渋谷だって」


「能力者じゃん」


本物?偽物? 僕には分からない。でも昨日までなら、誰もそういう視点で世界を見ていなかった。今は違う。


事故、火事、怪力、変な動画。全部「能力者かもしれない」と疑われる。秘密は存在するだけじゃ守れない。人が探し始めた瞬間から崩れていく。


◇


学校へ着く。教室へ入った瞬間、倉田が僕のところへ来た。


「真白!」


「見ろ」


倉田がスマホを突き出す。またか。


「今度は何?」


画面には匿名掲示板が開かれていた。


【能力者判別方法まとめ】


「……何これ」


「全部デタラメ」


倉田が言う。血液型、利き手、瞳の色、性格診断。さらに、分類まで書かれている。


【S型は攻撃的な性格】


【M型は気弱で自己主張が弱い】


僕は止まる。


――当たってんじゃん。


(黙って)


「これ、結構まずくない?」


「うん」


能力者を探す。暴く。疑う。昨日まで僕は、ただ『いじめられている生徒』だった。


でも、もし僕がM型だと知られたらどうなる?


クラスの後ろから、誰かの声が聞こえた。


「Mってさ」


僕の身体が固まった。


「攻撃されたら強くなるらしいぜ」


「マジ?」


「じゃあ殴って確認すればよくね?」


笑いが起きる。冗談のつもりで、多分そこまで悪気もない。


――殺す。


(落ち着いて)


――笑えねぇだろ。


(分かってる)


拳を握る。昔なら聞こえないふりをした。でも今は胸が熱い。


「それ」


僕は声を出した。教室が少し静かになる。自分でも驚いた。


「やめたほうがいいと思う」


話していた男子が僕を見る。


「え?」


「殴って確かめるとか、普通に犯罪だから」


一秒、二秒。短い沈黙が落ちる。


「……まあ」


男子が気まずそうに笑う。


「冗談だよ」


「うん」


僕は席へ戻る。心臓がうるさいくらい鳴っていた。


――やるじゃん。


(怖かった)


――知ってる。


(でも言えた)


――知ってる。


短い。でも少し嬉しい。朝倉がこちらを見ていた。目が合う。親指を立てる。


やめて。恥ずかしい。


◇


昼休み、三枝先輩に屋上へ呼び出された。


「状況が変わった」


「ですよね」


「管理局の方針も」


「能力者の存在を発表するんですか?」


「まだ」


「まだ!?」


さすがに声が出た。三枝先輩が苦い顔。


「上層部が割れてる」


公表派、隠蔽継続派、部分公開派。


「能力者事件を認めれば、これまで事故として処理してきた事件も全部問題になる」


責任、補償、裁判、政治、社会不安。


「だから」


「決められない?」


「そう」


政府みたいな巨大な組織でも迷う。少しだけ、自分と同じに見えた。


「でも、向こうは待ってくれない」


三枝先輩が端末を見せる。画面には今朝から全国で、能力者を名乗る人間が投稿した動画が並んでいた。S型を名乗る者、M型を名乗る者。本物と偽物が入り混じる中、一つだけ再生回数が異常に伸びている。


そこには、顔を隠していない若い男性が映っていた。


『俺はS型だ』


手から火花。


『能力はSpark』


S型の電気系能力。指先に稲妻が走る。


『昨日の放送は本当だ。俺たちはいる』


コメントは数万件に達している。


「登録能力者?」


僕が聞く。


「そう」


「勝手に公表した?」


「そう」


三枝先輩は頭が痛そう。


「管理局からは?」


「動画削除要請」


「本人は?」


「拒否」


――当たり前だろ。


Sが言う。僕も少しそう思った。自分のことを政府に隠せと言われる。紗月さんと同じ。


「でも」


三枝先輩が次の動画を開く。路地で、男が能力を使って相手を殴りながら笑っている。


『俺Sだから』


その一言。胸が嫌な感じになる。能力を言い訳にする。Sだから攻撃する。Mだから耐える。


それって一番嫌な形だ。


――俺を一緒にすんな。


(うん)


Sは攻撃的で口も悪い。でもS型だから、そうなんじゃない。SはS。


「昨日の放送」


僕が聞く。


「これも狙いですか」


「多分」


社会へSとMを知らせ、混乱と恐怖だけでなく、興味や憧れまで生む。


「能力が欲しい人を増やす」


僕が呟く。


「そう」


人工覚醒は「強制」だけじゃない。自分から力を欲しがり、能力者になりたいと願う人間だっている。


「全人類強制覚醒計画」


三枝先輩が言う。


「『強制』だけとは限らないのかも」


背筋が冷たい。望む人へ力を与える。そんな形なら支持する人もいる。


◇


放課後、校門前には人だかりができていた。


「何?」


朝倉が僕の隣へ来る。テレビカメラと記者が何人も集まっていた。


「能力者がいるって情報が」


心臓が止まりそうになる。この学校にいる能力者――僕か、倉田か、それとも三枝先輩か。


「生徒に話を聞かせてください!」


先生が止める。


「取材は禁止です!」


記者、カメラ、生徒たちのスマホ。いくつもの視線が集まる中、誰かが叫んだ。


「昨日ここで変なことあったよな!」


「能力者いたんじゃないの?」


まずい。


倉田が少し離れた場所で顔を青くしている。Metalだと知られたら、あいつが一番危ない。教室で起きた人工覚醒事件には、目撃者が多すぎる。


「倉田」


僕は近づく。


「大丈夫?」


「……無理かも」


手が震える。フェンスがカタ、と動く。


「倉田」


「分かってる!」


小声だが、明らかに焦っている。周囲の金属が反応する。


――落ち着かせろ。


(どうやって)


――殴る?


(最悪)


「倉田」


僕は前へ立ち、視線を遮る。


「見なくていい」


「でも」


「僕見て」


「気持ち悪」


「今それ言う!?」


少し笑った。フェンスが止まる。良かった。その瞬間、記者の一人がこちらへ。


「君!」


カメラを向ける。


「昨日の事件について何か知ってる?」


倉田が固まる。僕が前へ。


「知りません」


嘘だ。でも今はこれでいい。


「本当に?」


記者が近づく。


「ネットではこの学校の生徒が能力を使ったって」


カメラが倉田へ。僕が遮る。


「やめてください」


「君は?」


「やめてください」


もう一度強く。


「本人が嫌がってます」


沈黙。記者は少し止まる。でも周囲にはスマホが何十台。


――もう隠すの無理だぞ。


Sが言う。分かってる。でも、だからって今、勝手に暴いていい理由にはならない。その時、校門近くの街頭広告へノイズが走った。


画面が黒くなる。


【S/M】


まただ。周囲がざわめく。


『能力を恐れる必要はない』


昨日とは別の、女性の声だった。


『能力者を恐れる必要もない』


画面に、早乙女静の顔が映った。三枝先輩が校舎から飛び出してくる。


「嘘……!」


早乙女さん。顔を隠していない。


『私は能力者です』


駅前も、街も、ネットも、すべて同じ生配信に切り替わっている。


『そして、政府が能力者の存在を隠してきたことも事実です』


周囲が爆発するようにざわめく。三枝先輩が端末を握る。


「早乙女さん、何して……!」


僕も分からない。


『しかし、今、全人類を強制的に能力者へ変えようとしている者たちがいる』


解放戦線内部の分裂まで、公表するつもりなのか?


『彼らの行為を、我々は支持しない』


静寂。


そして最後。


『能力を持つかどうか。能力を公表するかどうか。どう生きるか』


早乙女さんが言う。


『それを決める権利は、本人にある』


画面が消える。周囲が一瞬静かになる。次の瞬間、スマホの通知、ニュース、SNS、怒鳴り声、質問。世界がさらに騒がしくなる。三枝先輩が呟いた。


「最悪……」


「え?」


「これで政府も、能力者の存在をもう否定できない」


僕は校門を見る。記者、生徒、無数のスマホ。その真ん中に倉田がいて、そのそばに朝倉がいる。能力者という存在そのものの秘密は、もう壊れてしまった。でも早乙女さんは、秘密を壊すことで能力者を守ろうとした。正しいのか分からない。間違っているのかもしれない。


ただ一つ確かなのは、世界がもう昨日には戻れないということだ。


その夜、政府は緊急記者会見を発表した。ニュース速報。


【政府、特殊能力者の存在について説明へ】


僕はその文字を長い間見ていた。明日、僕たちの存在は都市伝説じゃなくなる。世界中の人がSとMを知ることになる。そして多分、本当の戦いはそこから始まる。


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