僕は、誰かのスイッチじゃない
【CONTROL TEST】
画面の文字が妙に冷たく見えた。
「制御する役割……?」
僕は白峰主任を見る。
「どういう意味ですか」
「まだ推測を含む」
「それでもいいです」
主任は一度だけ三枝先輩を見る。それから画面を切り替えた。人工覚醒装置の構造図。中心に赤い部分があり、そこから大量の線が伸びている。
「現在の人工覚醒技術には、大きな問題がある」
「身体が耐えられない?」
「それもある。だが最大の問題は――」
画面には二つの表示が浮かぶ。
【S】
【M】
「どちらへ覚醒するかを、完全には制御できないことだ」
僕は首を傾げる。
「SかMかって、生まれつき決まってるんじゃ」
「適性はある」
でも、人工的に無理やり覚醒させる場合は違うらしい。心身の状態や与える刺激、恐怖、怒り、痛みといった条件によって、本来とは違う側へ引っ張られることがある。
「その結果、覚醒に失敗する」
画面には過去の実験画像と複数のグラフが並ぶ。能力暴走、精神崩壊、身体損傷――そして死亡。
「じゃあ僕が……何をするんですか」
白峰主任が答える。
「SとM、両方へ適性を持つ君を基準信号にする」
基準信号。
「君の能力波形を解析し、人工覚醒装置へ同期させる」
二つの線がSとMへ伸びる。
「覚醒方向を誘導する」
一瞬、意味を理解できなかった。
「つまり」
三枝先輩が低い声で言う。
「真白君を、人工覚醒装置の部品にするつもり?」
「計画書上は」
その言葉が胸に刺さった。部品。またそれだ。SM-01、特別対象、CONTROL TEST。僕でも、僕たちでもなく、何かを動かすための装置として扱われている。
――壊そうぜ。
Sが言った。
(何を)
――全部。
極端だ。でも今は少し同じ気持ちだった。
「拒否したら?」
僕が聞く。
「当然拒否できる」
白峰主任が答える。僕は少しだけ安心しかけた。でも主任は続ける。
「管理局なら」
空気が止まった。
「……管理局なら?」
「少なくとも我々は強制しない」
その言い方。つまり。
「向こうは」
三枝先輩が言う。
「真白君の意思なんて関係ない」
白峰主任は否定しなかった。
◇
翌朝の学校。僕は珍しく、授業の内容がまったく入ってこなかった。いや、普段から数学はあんまり入ってこないけど。今日は本当に何も。
「真白君」
隣の朝倉が小声で呼ぶ。
「三ページ前」
「え?」
「先生、もう三ページ前の問題やってる」
僕の教科書は違うところを開いていた。
「あ……」
「最近大丈夫?」
「うん」
言ってから、自分で止まる。すぐにSの声が飛んだ。
――言い直せ。
(分かってるよ)
「……あんまり大丈夫じゃない」
朝倉が少し驚く。でも笑った。
「進歩」
「そこ評価されるんだ」
「前なら絶対『大丈夫』って言ってた」
その通り。
「何かできる?」
朝倉が聞く。僕は少し考える。本当のことは言えない。でも。
「放課後、ちょっと話してもいい?」
「もちろん」
それだけで少し楽になった。
――お前。
(何?)
――相談とかできんじゃん。
(失礼だな)
――十六年かかったけどな。
(うるさい)
◇
放課後の屋上。見た目には朝倉と二人きり。……僕の中にSもいるから、正確には三人だ。
「それで?」
朝倉がフェンスへ寄りかかる。
「何があったの」
僕は言える範囲を考える。
「もし、自分がすごく役に立つものを持ってて」
「もの?」
「能力とか」
危ない。ほとんどそのままだ。
「例えばね!」
「はいはい」
朝倉が笑う。
「それを使えば、たくさんの人を助けられるかもしれない。でも、使うためには自分が嫌なことをしなきゃいけない。自分を差し出す、そんな感じ」
「真白君は、やりたいの?」
「分からない」
正直だった。もし僕が装置に協力すれば、人工覚醒の事故を減らせる?将来、救える人がいる?それなら、使われてもいいんじゃないか。そう考える自分がいる。
――湊。
Sの声が低い。
(分かってる)
――分かってねぇ。
僕は拳を握る。また、自分が我慢すれば誰かが助かる。同じ思考。
「それ」
朝倉が言った。
「誰かに頼まれた?」
「え?」
「真白君がやりたいんじゃなくて、誰かが『やったほうがいい』って言ってる?」
「……」
直接頼まれてはいない。でも計画書を見ただけで、勝手に自分ならそうすべきかと考えていた。
「だったら」
朝倉は簡単に言った。
「嫌ならやらなくていいんじゃない?」
「でも」
「それで誰か困る?」
「……困るかもしれない」
「じゃあ」
朝倉は少し考える。
「困ってから考えれば?」
「え」
あまりにも雑。
「今、まだ起きてもないことで、もう自分を犠牲にしようとしてない?」
言葉が出なかった。
――こいつ。
(うん)
――やっぱお前より頭いいな。
(今それ言う?)
でも少し笑ってしまった。
◇
帰り道、三枝先輩から緊急連絡が入り、僕は管理局の会議室へ向かった。そこには三枝先輩と白峰主任だけでなく、倉田と紗月さんまで待っていた。
「選抜対象だから」
白峰主任が答えた。そうだった。
「話しておく必要がある」
画面には、今までリベルと呼ばれていた能力者解放組織の資料が表示される。
「正式名称が判明した」
画面に、新しい正式名称が映った。
【Liberation Front】
解放戦線。
「ちょっとそのまんまですね」
倉田が言う。
「私も思った」
紗月さんも平然と頷く。
「そこ?」
三枝先輩が呆れる。でも少しだけ空気が軽くなった。白峰主任が続ける。
「ただし、一枚岩じゃない」
別の図には、組織の枝分かれが示されていた。穏健派は能力者の権利公表、登録制度への反対、政府による隠蔽の撤廃を掲げる。一方の過激派は、人工覚醒、Mass Test、そして全人類強制覚醒へ進んでいる。
「同じ組織の中で、目的が違う?」
僕が聞く。
「大きく違う」
三枝先輩が言う。
「穏健派は、能力者が普通に生きられる社会を求めている」
「過激派は、能力者しか存在しない社会を作ろうとしている」
似ているようで全然違う。
「Stringの男は?」
「過激派」
やっぱり。
「じゃあ、私にメッセージを送ったのも?」
紗月さんが聞く。
「恐らく。ただ、穏健派の可能性も否定できない」
白峰主任が言った。つまり、僕たちが一つだと思っていた能力者解放組織の中にも、いくつもの立場がある。
その時、警報が鳴った。僕は反射的に立ち上がる。
「どこですか!」
でも白峰主任は動かなかった。画面には、送信元不明のメッセージが一件。本文は短い。
【真白湊へ。】
【話がしたい。】
続いて、場所と日時が指定されている。明日の昼、人の多い駅前広場。
「罠?」
倉田が眉をひそめる。
「可能性はある」
三枝先輩が答えた。文面はさらに続く。
【我々は強制覚醒計画に反対している。】
部屋が静かになる。さらに、
【君を装置として利用するつもりもない。】
背筋が冷える。相手は僕の役割を知っている。最後には、
【ただし、政府にも君を渡さない。】
最後に署名。
【Liberation Front】
【Representative:S】
「……S?」
僕が呟く。Sも反応した。
――俺じゃねぇぞ。
(分かってるよ)
同じSでも、意味は分からない。名前の頭文字なのか、能力型なのか、それともコードネームなのか。
僕には判断できない。ただ、白峰主任の顔だけが変わっていた。
「主任?」
三枝先輩が問い詰める。
「知ってるの?」
長い沈黙。
「……Representative S」
主任がゆっくり口にする。
「解放戦線の創設者だ」
僕は画面を見る。
「どんな人なんですか」
白峰主任は少し迷ってから答えた。
「元、管理局の研究者」
空気が止まる。
「SM計画に参加していた人間だ」
頭の中でSが静かに言った。
――行くぞ。
僕も同じことを思っていた。この人なら知っているかもしれない。僕たちが何者なのか。そしてなぜ僕たちが全人類強制覚醒計画のスイッチとして選ばれたのか。




