選べないなら、選ばせるな
地下商業施設の天井で、人工覚醒装置の赤いランプが一斉に点いた。一個、二個、三十、五十――数え切れない。
「全員伏せて!」
三枝先輩が叫ぶ。その直後、天井から白い針みたいなものが大量に降った。
「っ!」
僕は腕を上げる。
――受けんな!
Sの声に反射的に身体を横へ投げる。針が床へ突き刺さり、その一本が目の前で震えた。細い注射針の中には、透明な液体が入っている。
「こんなの……」
周囲に一般人がいる。買い物客じゃない。閉鎖された施設なのに十人、二十人、いやもっと。拘束されていたらしい。さっきの悲鳴はこの人たち。
「実験体……?」
紗月さんが青ざめる。Stringの男が少し離れた場所で両手を広げた。
「選択肢は公平にした」
「何が公平だ!」
僕は叫ぶ。
「ここにいる全員、能力を得れば生き残れる」
「得られなければ?」
倉田が聞く。
「運が悪かったってことだ」
――殴る。
(待って)
――もう待たねぇ。
(でも今は)
分かってる。男を殴ってる場合じゃない。天井の装置が、次の投射を示すように赤く光る。
「三枝先輩!」
「分かってる!」
三枝先輩がMeasureを発動し、槍を床へ突き立てる。透明な領域が広がり、落ちてくる針の速度と軌道が鈍った。けれど、すべてを覆えるわけじゃない。
「倉田!」
「おう!」
倉田もMetalを発動する。両手を握ると、金属製の針が一斉に軌道を変えた。
「ぐっ……!」
倉田の顔が歪む。
「大丈夫!?」
「これくらい!」
針がまとめて壁へ張り付く。第一波は防げた。
「やるじゃねぇか」
Stringの男が笑う。
「じゃあ二回目」
装置がまた赤くなる。
「何回あるんだよ!」
倉田が叫ぶ。
「装置を壊せ!」
三枝先輩が叫ぶ。けれど装置は天井、それも一台や二台ではない。
「S!」
僕は呼ぶ。
――おう。
「一回だけ」
――分かってる。
交代。
◇
世界が少し薄くなり、Sが表へ出る。足元を確かめると、すぐ近くにStringの男がいる。
「お前」
男が楽しそうに笑う。
「攻撃しないと速くなれないだろ」
「そうだな」
SPはゼロ。
「ならどうする?」
「こうする」
Sは隣の自動販売機へ拳を一発叩き込んだ。ドン、と鈍い音が響く。
「は?」
男が止まる。相手が人間でなくても、損害を与えれば攻撃判定になる。少量のSPが入った。
「他者へ攻撃・損害」
Sが笑う。
「てめぇじゃなくてもいい」
Speedを使うと、一瞬で身体が軽くなる。Sは柱、壁、閉鎖された店舗の看板を次々に蹴り壊し、物品への損害でSPを少しずつ上積みしていく。
――壊しすぎ!
(あとで怒られる!)
「生きてりゃ弁償できんだろ!」
Speedが一段、二段と上がる。壁を蹴って天井へ近づき、一台目を拳で、二台目を蹴りで破壊。そのまま三台目、四台目へ移る。
――右!
(見えてる!)
飛び出す針を回避。五、六、七。でも多すぎる。全部は無理。
「S!」
三枝先輩が叫ぶ。
「西側は私が落とす!」
「東は!」
倉田が応じる。
「金属なら俺!」
「じゃあ真ん中!」
紗月さんが叫ぶ。Mist。白い霧が広がり、空気抵抗が増える。針の落下速度が少し鈍る。
――今!
(交代して!)
予定通り、一度だけ交代する。
◇
僕に身体の主導権が戻ると、Speedの加速は消えた。けれど、落ちてくる針の一部はまだ僕へ向かってくる。これは避ける。
一歩、二歩、三歩。今度はSpeedじゃない。普通に避ける。
――いいぞ。
(褒めるの珍しいね)
――今だけだ。
目の前には、拘束された男性がいる。足には針が刺さっていた。
「大丈夫ですか!」
「抜いてくれ!」
「待って!」
イヤホンから白峰主任の声。
『抜くな! 薬剤が注入済みなら刺激になる!』
男性の身体が震えた。
「う……」
腕の血管が光る。
「覚醒……」
何型か、まだ分からない。男性が頭を抱える。
「痛い……!」
僕が前へ出ようとする。
――違う。
Sの声に、僕は足を止める。
(でも)
――お前が代わって痛くなる意味ねぇ。
そう。できるのは痛みを引き取ることじゃない。
「主任!」
『鎮静剤を送る!』
「三枝先輩!」
「救護班を入れる!」
人に頼る。周りへ任せる。その上で、僕はこの場で自分がやることを探す。Stringの男が逃げようとしている。
「待て!」
僕は走る。男は振り返って笑った。
「お前」
「助けるのやめたのか?」
足が止まりそうになる。
「向こうで苦しんでるぞ。ほら、行かなくていいのか?」
胸が痛い。行きたい。自分が助けたい。でも、それをこいつは分かっていて利用してる。
「行かない」
僕は言う。男の笑顔が少し消える。
「……何?」
「僕じゃなくていい」
救護班が走ってきて、男性の処置を始める。
「僕より、できる人がいる」
僕は男を見る。
「だから僕は今、あなたを止める」
男が糸を放つ。僕は避ける。Momentumは使えない。受けてない。でもいい。能力がなければ戦えないわけじゃない。
「偉そうに!」
二本、三本と糸が飛び、足に絡む。僕は転倒した。
「っ!」
痛い。
少しMPが溜まる。
――使うな。
Sが言う。
(え?)
――それくらいなら取っとけ。
そうか。MPは貯められる。ここで無駄に使わなくていい。僕は糸を引っ張らない。代わりに床へ手をついて立つ。
男が近づく。
「M型なのに、攻撃されても能力使わないのか?」
「使わせたいんですか」
男の顔が少し変わる。これは挑発だ。相手が攻撃を続ければ僕はMPを得る。なら、こちらがそれを狙っていると思わせればいい。
「……チッ」
男が止まった。攻撃しない――M型への基本的な対策だ。
――いいじゃねぇか。
(うん)
僕は少し笑う。
「攻撃しないんですね」
「何?」
「M型に攻撃しないのが正解なんでしょ?」
男の眉が動く。
「だったら僕にも、攻撃しないっていう選択肢がある」
男が糸を引き、僕の足を拘束した。だが次の瞬間、三枝先輩が動く。
「Measure!」
Measureが糸の動きを制限する。
「なっ!」
男の動きが止まった。
「話しすぎ」
三枝先輩の槍が喉元。
「確保」
Stringの男が舌打ち。
「俺一人止めても意味ないぞ」
「そうかもね」
僕は答える。
「でも」
周囲を見れば、人工覚醒装置の大半は壊れている。救護班が動き、倉田も紗月さんも三枝先輩も、それぞれ自分にできることをしていた。
「今日は、ここを止めた」
男が黙る。
◇
事件後の集計では、人工覚醒させられた人は十二人。そのうち能力が発現したのは七人で、M型が三人、S型が四人。全員生存し、一人は重体。それでも、生きている。
管理局の簡易医療区画で、僕は廊下の椅子に座っていた。隣には倉田がいる。
「なあ」
「何?」
「俺、結構役に立った?」
「うん」
「……そっか」
倉田は少し嬉しそうだった。昔、僕を弱いと言った人が、今は自分が役に立てたかを確認している。人って変わるのかもしれない。少しずつ。
紗月さんが飲み物を三本持ってくる。
「はい」
「ありがとう」
「倉田君も」
「俺も?」
「働いたから」
「……どうも」
妙な空気を切るように、三枝先輩がやってきた。
「三人とも」
「はい」
「怒る?」
僕が聞く。
「怒る」
ですよね。
「施設破壊」
――必要経費。
「勝手な能力使用」
倉田が目を逸らす。
「監視対象の独断行動」
紗月さんは知らん顔をしている。
「そして」
先輩が僕を見る。
「一回だけの人格交代」
「……守りました」
「そう」
「え」と声が漏れる。三枝先輩が少しだけ笑った。
「そこは合格」
嬉しい。かなり。
「ただし、自動販売機七台、看板十二枚、照明四基」
――必要経費。
(後で謝って)
――嫌だ。
僕がため息をついた、その時、白峰主任がやって来た。顔がいつもより険しい。
「装置を解析した」
画面には、この施設に設置されていた人工覚醒装置のログが表示される。
「何か分かったんですか」
「選抜対象だ」
選抜対象は十一名。そこに今日、新たに七名が追加されている。
「また……」
でも白峰主任は首を振る。
「違う」
一番下には、別の欄があった。
【特別対象】
対象は一人だけ。そこにあった名前は、僕だった。
【真白 湊】
「……え」
Sも黙る。その横の評価項目には、S適性とM適性の両方が記されている。
そして一番下には、目的。
【CONTROL TEST】
「コントロール……?」
白峰主任の顔は硬い。
「選抜対象は能力の強い人間を集めてる。でも君は違う」
僕を見る。
「君には、強制覚醒計画そのものを制御する役割を想定している」
背筋が冷える。全人類強制覚醒。その中心。僕たちは単なる実験体じゃない。計画を完成させるための部品として、最初から見られていた。




