残っているのは、力じゃなくて傷
学校が再開したのは、三日後だった。壊れた窓は新しくなり、割れた床も補修され、教室のロッカーも、倉田が能力でぐちゃぐちゃにした机も、全部が何事もなかったみたいに元へ戻っていた。
「……配管設備の破損による事故、ねえ」
朝倉がスマホを見ながら言った。ニュースの記事には、学校で発生した謎の事故、負傷者数名、原因調査中とだけある。能力者については、当然一文字もない。
「便利だね、配管」
「……そうだね」
「机も飛ぶんだ」
「最近の配管はすごいから」
「真白君」
「はい」
「嘘下手だね」
知ってます。
――バカ正直に答えんな。
(誰のせいで隠し事が増えたと思ってるの)
――俺じゃねぇだろ。
それは、そうだった。僕は席に座る。一つ前の倉田の席はまだ空いている。人工覚醒の影響を見るため、今も管理局の施設で検査中だ。命に別状はなく、能力も安定してきているらしい。
でも、帰ってきた後、僕たちはどういう顔をすればいいんだろう。僕たちは、いじめていた側といじめられていた側で、助けた側と助けられた側にもなった。
たった三日で、関係だけがぐちゃぐちゃになった。
「真白君」
朝倉が僕の机を指差した。
「それ」
「え?」
机の中に一枚の紙が入っていた。いつ入れられたのか分からない。一瞬、嫌な記憶が蘇る。昔なら、ゴミや悪口を書いた紙が入っていてもおかしくなかった。
紙を開くと、そこにはたった一行だけ書かれていた。
『放課後、旧体育館に来てください』
「ラブレター?」
「違うと思う!」
「まだ何も言ってないけど」
言ったよ!
――行こうぜ。
(絶対怪しいよ)
――だからだよ。
(君、危機管理って知ってる?)
――お前にだけは言われたくねぇ。
何も言い返せなかった。
◇
放課後、旧体育館。
「来たわね」
「三枝先輩!?」
待っていたのは、槍を持った三枝先輩だった。ジャージ姿のその後ろには、分厚いマットと金属製の標的、そして白峰主任までいる。帰ろうかな。
「露骨に嫌そうな顔しないでくれる?」
白峰主任が傷ついたように言った。
「自覚あるんですね」
――成長したな。
(何が?)
――嫌な奴に嫌な顔できるようになった。
褒められてるのかな。
「今日は検査じゃない」
三枝先輩が言った。
「訓練よ」
「訓練?」
「あなたたち、自分の能力について勘違いしてるから」
僕とSは同時に止まった。
「勘違い?」
白峰主任が端末を操作すると、画面にMPとSP、二本のゲージが表示された。
「能力者が力を使うには燃料がいる」
主任が言った。
「M型は、攻撃や苦痛を受けてMPを得る」
三枝先輩が槍の石突きで自分の肩を軽く叩く。
「私はM型。Measureを使うにはMPが必要」
「じゃあ先輩が最初から能力を使えてたのは?」
「貯めていたから」
MPは、その場で全部使う必要はない。蓄積できる。だから先輩は、戦闘前から一定量を保持していた。
「一方、S型は他者へ攻撃や損害を与えることでSPを得る」
もう一方のゲージはSP。Sの能力、Speedは、他者へ攻撃や損害を与えて得たSPを速度へ変換する。
「待ってください」
僕は聞いた。
「校門での戦いで、僕もSpeedを」
「使えていない」
「え」
きっぱり言われた。白峰主任が画面に戦闘映像を出す。僕へ交代した直後、確かに僕は少し速く動けていた。
「これはSpeedの発動じゃない。身体に残っていた運動――直前までSが使用していたSpeedによる加速と、人格交代直後に残った身体感覚だ」
Sが盛大に笑った。
――お前、Speed使えたって喜んでたよな。
(うるさい!)
――三歩で。
(うるさいって!)
「それから、Sの状態でMomentumが溜まったように感じた件も同じ」
受けた衝撃そのものは身体に残る。でも、MPとして獲得していたのは僕が表に出ていた瞬間だけ。
「能力の器は肉体にある。でも、獲得と使用の権限は人格側にあるらしい」
あの時に感じた手応えは、半分だけ正しかったらしい。僕はMomentum。SはSpeed。まだ、そこは混ざっていない。
――当然だ。
Sが言った。
――俺のSpeedまでヘタクソに使われたら困る。
(誰がヘタクソだ!)
「もう一つ」
三枝先輩が僕の額を指差した。
「校門でやった連続交代は禁止」
「ええ!?」
――はぁ!?
僕たちの声が重なる。
「戦闘中に三回以上交代した後、あなた十二分間記憶が飛んでる」
「……え?」
知らなかった。
「脳波も乱れてた。あれは高速交代なんかじゃない。無理やり主導権を投げ合ってただけ」
背筋が冷えた。あの時は、うまくいったと思っていた。
「だから今日から、一回ずつ正しく交代する訓練をする」
「正しく?」
「Mで受ける。必要な分だけね」
三枝先輩はそこを強調した。
「MPを貯めるために無駄に傷つかない。次にSへ交代。Sは攻撃してSPを得る。でも、必要以上に相手を傷つけない」
今度はSが黙った。
「あなたたちは正反対だけど、問題は同じ。力を得るための行為を、正当化しないこと」
僕は自分の腕を見る。傷跡が残っている。僕は、誰かを守るためなら受ければいいと思ってしまう。Sは、僕を守るためなら殴ればいいと思ってしまう。能力は、その考え方を強くする。Mは傷つくほど強くなる。Sは傷つけるほど強くなる。
だから、危ない。
「……やります」
僕は言った。
――しゃーねぇ。
Sも答える。三枝先輩が少しだけ笑った。
「じゃあ始めるわよ。最初の課題」
僕も構える。
「私の攻撃を、一発だけ受けなさい」
「はい!」
「二発目は避けて」
「え?」
槍が来た。速い。一発目は腕で受ける。
「ぐっ!」
受けた衝撃がMPへ変わり、身体の奥に熱が溜まる。けれど、すぐに二発目の槍が来た。反射的にまた腕を上げようとする。
――避けろ!
Sの声に押されるように、僕は身体を横へ投げた。槍が鼻先を通り抜ける。
「……!」
避けた。僕が、攻撃を避けた。三枝先輩が満足そうに頷く。
「それが今日、一番大事な訓練」
たった一回避けただけなのに、少し変な感じがした。今までの僕なら、受けられるなら受けていた。Momentumがある今なら、なおさら。でも、受けなくていい攻撃は受けなくていい。当たり前のことなのに、僕にはそれが難しい。
――やっと人間らしくなってきたな。
(君に言われたくない)
――何だと。
その時、白峰主任の端末が鳴った。三枝先輩の表情が変わる。
「何?」
主任は画面を見たまま、しばらく黙り込んだ。
「……解析が終わった」
「何のですか?」
僕は聞いた。解析していたのは、黒い箱に残されていた【PROJECT LIBERATION】のデータだ。暗号化された第二段階に残っていた文字は、ALL。
主任が画面をこちらへ向ける。
「ALLは計画名じゃなかった」
表示されたのは東京都内の地図だった。赤い点が、一つ、二つ、十、二十と増えていく。全部、学校。
「対象範囲だ」
僕は言葉を失った。
「PHASE 1は人工覚醒技術の実証。そして第二段階は――」
画面に新しい文字が浮かぶ。
【PHASE 2:MASS TEST】
MASS TEST――大量試験。
「次は一人ずつじゃない」
白峰主任が低い声で言った。
「学校単位で、人工覚醒を試すつもりらしい」
その中に、僕たちの学校もあった。でも、赤く光っているのはここだけじゃない。三十一校。何千人、何万人。僕の頭に最後の文字が浮かぶ。
ALL。
――全部助けようとか考えんなよ。
Sが先に釘を刺した。
(……まだ何も言ってない)
――言わなくても分かる。
僕は赤い点を見た。一人で全部は無理だ。僕が全部受ければいい。そんな規模じゃない。だから今度は、別の方法を探さなきゃいけない。傷つく以外の、誰かを守る方法を。




