僕が生まれる前の僕
紙には、僕の名前が書かれていた。
【SUBJECT SM-01】
【真白 湊】
その下の日付は僕の誕生日より、十六年も前だった。
「……ありえない」
声が震える。三枝先輩は紙を奪うように受け取ると、何度も裏表を確認した。
「印刷されたのは最近。でも、この管理番号は……」
「知ってるんですか?」
先輩は答えない。代わりに端末を取り出した。
「支部へ戻る。今すぐ」
――白峰のところか。
Sの声が低い。
(……うん)
――俺に代われ。
(今は駄目だよ)
――なんでだ。
(白峰主任が本当に関係してるか、まだ分からない)
――名前出ただろ。
(だからって殴ったら聞けることも聞けなくなる)
舌打ち。でも、Sは引いた。以前なら、こんな簡単に止まらなかった。
◇
管理局第三支部。白峰主任は、研究室にいた。僕たちが入るといつもの笑顔で振り返る。
「学校は大変だったそうだね」
「主任」
三枝先輩が紙を机へ叩きつけた。
「説明してください」
白峰主任の笑顔が消えた。ほんの一瞬。でも、僕は見逃さなかった。
「これは?」
「知らないふりはやめてください」
「玲奈」
「襲撃者があなたの名前を出しました」
沈黙。僕は白峰主任を見る。怖い。でも、今度は目を逸らさなかった。
「僕は」
口が乾く。
「作られたんですか」
白峰主任の目が僕へ向く。
「誰かに」
僕は胸を掴む。Momentum。その奥。S。Speed。
「こうなるように」
長い沈黙。やがて、白峰主任は椅子へ座った。
「真白君」
「はい」
「君は十六年前に生まれている」
「当たり前です」
「なら、その紙の日付とは矛盾する」
「だから聞いてるんです!」
机を叩いた。自分でも驚いた。昔の僕なら。こんなことはできなかった。白峰主任はしばらく僕を見て。
「SM-01は」
言った。
「君自身につけられた番号ではない」
「……え?」
「研究計画の番号だ」
三枝先輩が息を呑む。
「まさか」
「知ってるんですか?」
「名称だけ」
先輩の顔が強張っている。白峰主任が続ける。
「十六年以上前。能力研究の黎明期に、一つの仮説があった」
机上の端末へS。M。二文字が表示される。
「相反する性質の能力を一人の人間が保持した場合、互いの欠点を補完できるのではないか」
僕の背中に冷たい汗が流れた。受けるMomentum。避けるSpeed。
「その検証計画が」
白峰主任が画面を見る。
「SM計画」
――ふざけんな。
Sが呟く。
「じゃあ僕は」
「待って」
主任は遮った。
「計画は成功していない」
「でも!」
「被験者は一人も残っていない」
空気が凍った。
「残って……ない?」
「研究は中止された。資料の大半も封印された」
「じゃあ」
僕の名前はどうして。白峰主任は紙を見る。
「誰かが過去の計画を利用して、君をSM-01と呼んでいる」
「誰かって」
「分からない」
――嘘だ。
S。
(……うん)
僕も同じことを感じた。全部じゃない。この人はまだ何か隠している。
「一つだけ」
白峰主任が僕を見る。
「約束する」
「何を」
「君は研究設備で生まれた人間ではない」
その言葉だけは妙に強かった。
「少なくとも」
そして。余計な一言がつく。
「私が知る限りでは」
――ぶん殴ろうぜ。
(気持ちは分かる)
その時、警報が鳴った。赤いランプ。
『隔離区画で能力反応!』
三枝先輩が端末を見る。
「何……?」
画面。医療区画。ベッドにいる。倉田。昨日、人工覚醒した僕のクラスメイト。その身体の周囲で金属製の医療器具が浮いている。でも、それだけじゃない。隣の部屋。高瀬さん。消えたはずの少年が立っていた。
「高瀬君!?」
三枝先輩が走り出す。僕も続く。
――罠だ。
Sが言う。
(分かってる)
――なら来んな。
(でも倉田がいる)
――またそれかよ!
(違う!)
僕は走りながら。頭の中で叫ぶ。
(僕一人で助けるなんて言ってない!)
Sが黙る。
(危なくなったら代わって)
――……。
(僕が受けたほうがいい時は僕がやる)
息を吸う。
(避けたほうがいい時は君がやって)
少しだけ間があって。
――最初からそう言え。
隔離区画。扉が開く。そこには倉田。高瀬さん。そして、黒いパーカーの男。最初に学校を襲った能力者。三人。
「よう」
黒いパーカーの男が笑う。
「待ってたぜ」
三枝先輩が槍を構える。
「なぜここにいる!」
「迎えに来たんだよ」
男の視線が僕へ。
「SM-01を」
高瀬さんが苦しそうに頭を押さえる。倉田の周囲では金属が震える。二人とも目が普通じゃない。
「何をした!」
僕が叫ぶ。男が小さな装置を見せる。注射器じゃない。黒い箱。そこにはSとM。二つのランプ。
「人工覚醒ってのはな」
男が言う。
「能力を与えるだけじゃ完成しねぇ」
ボタンへ指を置く。
「目覚めた能力を」
押す。
「支配できなきゃ意味がない」
高瀬さんと倉田が同時に叫んだ。能力が暴走する。床が砕け。金属が舞い上がる。三枝先輩の防壁が展開する。
「真白君、下がって!」
僕は下がらなかった。
――右から来る!
S。
(分かった!)
金属。Momentum。受けられる。僕が前へ衝撃。力が溜まる。
――次は無理だ、代われ!
(お願い!)
交代。S。Speed。砕けた床を蹴る。飛来する金属の間を抜ける。今までより。ずっと滑らかにでも、まだ遅い。交代するたび。一瞬、意識が途切れる。それでも、僕たちは初めて。最初から二人で戦っていた。
「へえ」
黒いパーカーの男が笑う。
「切り替えられるようになったか」
Sが睨む。
「てめぇらのためじゃねぇ」
「なら何のためだ?」
「決まってんだろ」
Sの口で僕たちの身体が言った。
「こいつが勝手に死なねぇようにだ」
(S)
――黙ってろ。
でも僕は少しだけ笑った。その瞬間、黒い箱のランプが二つとも赤く光った。
【S】
【M】
そして。今まで動かなかった三つ目のランプが点灯する。
【SM】
黒いパーカーの男の笑顔が消えた。
「……反応した」
三枝先輩も白峰主任も息を呑む。男は僕たちを見て。震える声で言った。
「本当に」
その表情は歓喜だった。
「完成してやがる」
僕とSは同時に同じことを思った。こんな奴らに僕たちが何者なのかを決めさせてたまるか。




