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えすえむっ!  作者: 角竜
僕の中にいる、もう一人
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10/97

学校が戦場になる日

翌朝、校門には、見慣れない黒い車が二台停まっていた。


「……露骨すぎません?」


僕が言う。隣を歩く三枝先輩は、当然のような顔で答えた。


「警戒強化中だから」


「もっとこう、隠密っぽくできないんですか」


「一台は教師用駐車場に入れてある」


「増えてるだけですよね?」


――政府って馬鹿なのか?


(聞こえても知らないからね)


Sの機嫌も朝から悪い。理由は簡単だ。昨日、僕のクラスメイトが人工覚醒させられた。しかも、僕と関係のある人間が偶然とは考えにくい。学校そのものが狙われている。だから管理局は、校内に複数の監視員を配置した。教師。用務員。近所の工事業者。見た目だけなら普通。でも三枝先輩曰く、全員管理局関係者らしい。


「すごいな……」


「何が?」


「昨日まで普通の学校だったのに」


三枝先輩が僕を見る。


「昨日まで?」


「え?」


「あなた、昨日までずっといじめられてたでしょう」


「……」


そこを刺してくるか。


――普通ではねぇな。


(分かってるよ)


教室へ入る。空席が一つ。昨日暴走した男子生徒――倉田の席。今日は管理局の医療施設にいる。命に別状はない。ただし。能力は消えていない。Metalという仮称がついたらしい。周囲の金属を自分へ引き寄せる能力。M。また。Mだ。


「真白君」


朝倉が声をかけてきた。


「昨日、大丈夫だった?」


「うん」


「怪我は?」


「ちょっと筋肉痛くらい」


本当は全身痛い。でも、


――嘘つくな。


Sが言う。


(心配させるだけだし)


――またそれだ。


僕は黙る。そうだった。何でも自分だけで処理する。その癖を直そうとしている最中だった。


「あー……」


僕は言い直す。


「結構痛い」


「え?」


「背中とか」


朝倉が少し驚いたあと笑った。


「じゃあ保健室行きなよ」


「そうする」


たったそれだけ。なのに、なんだか。少し楽だった。


――くだらねぇ。


(でも、言えたよ)


――一歩目が低すぎる。


厳しい。



四時間目。数学。黒板には意味不明な数式。僕は、ほとんど頭に入っていなかった。理由は窓の外。校庭。そこに三枝先輩がいるからだ。体育の授業でもないのに木陰。ずっとこちらを見ている。怖い。いや、頼もしい……のか?


――ストーカーだろ。


(政府公認のね)


その時だった。教室の扉が開く。知らない男性教師。いや、管理局の人だ。先生に近づき。小声で何か伝える。三枝先輩が校庭から。急に走り出した。嫌な予感。そして校内放送が入った。


『全校生徒は、その場から動かないでください。窓際から離れ、教室内で待機してください』


昨日とは違う声。でも内容は同じだ。理由を説明しないまま、生徒をその場へ留めるための放送。教室がざわつく。


「また?」


「何かあったの?」


僕は立ち上がった。その瞬間、スマホが震える。三枝先輩から。


『絶対に教室を出ないで』


命令。僕は画面を見る。


――行くぞ。


Sが言った。


(絶対出るなって)


――だから行く。


(なんで反抗期みたいになってるの!?)


でも今回は僕も教室にいるべきだと思った。昨日みたいに誰かが突然覚醒するかもしれない。なら。ここを守る。そう考えた。その時、朝倉が窓の外を見て言った。


「……あれ何?」


校門。一人。立っている。制服姿。うちの学校じゃない。男子生徒。両手をポケットに入れたまま。ゆっくり。校内へ歩いてくる。管理局員が止める。


「君、止まりなさい!」


男子生徒が笑った。次の瞬間、管理局員が宙へ浮いた。


「え」


何も触れていない。なのに、身体が上へそのまま。校舎の壁へ叩きつけられた。


「きゃっ!」


教室から悲鳴。男子生徒がこちらを見る。三階。僕の教室。距離がある。なのに、目が合った。


――こいつ。


Sの声が低くなる。


(知ってる?)


――いや。


でも確信がある。あいつは僕を見ている。男子生徒が手を上げる。指。僕を指す。そして、口が動いた。遠い。聞こえない。でも、なぜか分かった。


「見つけた」


そう言った。直後、教室全体が浮いた。


「うわっ!?」


机。椅子。


カバン。


全部。重力が消えたみたいに天井へ。


「何これ!」


朝倉の身体も浮く。


「朝倉!」


僕は手を伸ばす。腕を掴む。でも、僕も浮く。男子生徒。能力。Gravity?いや。


――Gじゃねぇ。


Sが言う。


(え?)


少年の制服。胸元。小さなバッジ。S。黒い文字。そして、彼が笑う。教室が急に落ちた。


「全員伏せて!」


僕は朝倉を抱える。落下。机。椅子。人。全部。床へ。


ドンッ!!


Momentum。身体に衝撃が入る。痛い。でも、溜まる。


「真白君!」


朝倉が叫ぶ。僕は立ち上がる。


「大丈夫?」


「私は……!」


教室。泣いている生徒。怪我人。先生も倒れている。腹が熱くなる。


――代われ。


Sが言う。


(うん)


今回は迷わなかった。意識を渡す。世界が遅くなる。S。


「クソ野郎」


窓を蹴破る。ガラスと窓枠を壊した損害が、わずかなSPになる。


「真白君!?」


朝倉の声を背中で聞きながら、Sは三階からそのまま飛び出した。


(待って! 三階だよ!)


――分かってる。


落下しながら壁、窓枠、雨樋を蹴る。


「Speed」


少量のSPを速度へ変え、足場をつなぐように一気に地上へ降りた。着地。男子生徒が笑っている。


「やっぱり」


近くで見ると同じくらいの年齢。


「Sが出てきた」


その言葉。Sの顔から。笑みが消えた。


「てめぇ」


相手は知っている。


「俺を知ってんのか」


「もちろん」


少年が答える。


「君たちは有名だから」


「どこで」


「僕たちの中で」


少年の身体の周囲。空気が歪む。Sが低く構える。


「リベルか」


「その名前」


少年が鼻で笑った。


「管理局はまだそう呼んでるんだ」


その言葉。違和感。


「違うのかよ」


「リベルは表向きの名前だよ」


少年が掌を広げる。


「能力者を解放する組織」


空気が重い。いや、本当に重くなっている。Sの膝が沈む。


「っ……!」


「僕の能力はSuppress」


S。またS。


「対象へ加わる動きを」


少年が言う。


「押さえ込む」


Speedと最悪の相性。Sが地面を蹴る。遅い。普段の半分。いや、もっと少年が歩いて近づく。


「君は速い」


「うるせぇ」


「だから止めればいい」


Sが拳を振る。止まる。空中で見えない壁。違う。運動そのものを抑えられている。


「くそ……!」


(S!)


――分かってる!


少年の拳がSの腹へめり込む。


「ぐっ!」


吹き飛ばされる。痛みは僕にも届く。けれど、Momentumの熱は増えない。今、表にいるのはSだからだ。それなのに少年は目を細めた。


「やっぱり」


「何がだ」


「Sが表でも、M側の波形は完全には消えない」


白峰主任の検査と同じ現象を、こいつも知っている。


「お前ら」


Sが立ち上がる。


「何を知ってやがる」


少年が笑う。


「全部」


「嘘つけ」


「少なくとも」


指をSの胸へ。


「君たちが自然に生まれたわけじゃないことくらいは」


僕の思考が止まった。Sも一瞬、動きを止める。


「……何?」


「聞いてないんだ」


少年は嬉しそうに言った。


「管理局って酷いね」


「黙れ」


「君たちは」


少年が言う。


「偶然二つの能力を持ったんじゃない」


空気がさらに重くなる。Sの身体が地面へ押しつけられる。


「最初から」


少年が顔を近づける。


「そうなるように作られた」


――殺す。


Sの感情が爆発した。Speed。力任せに抑制を振り切ろうとする。


「うおおおお!」


一歩。速くなる。二歩。さらに、少年が驚く。


「へえ」


Sの拳。届く。その瞬間、少年が笑った。


「でも」


指を鳴らす。


「今の君じゃ遅い」


Suppress。最大。Sの身体が完全に止まった。動かない。


(S!)


――クソ!


少年が拳を振り上げる。逃げられない。避けられない。なら。僕。


(代われ!)


――は!?


(受ける!)


――馬鹿か!


(今はそれしかない!)


一瞬。Sが迷う。でも、すぐに。


――死ぬなよ。


意識が切り替わる。僕。拳が顔面へ直撃。


「ぐっ!」


視界が白くなる。Momentum。溜まる。もう一発。腹。痛い。溜まる。少年が笑う。


「M」


「……違う」


「何?」


僕は震える足で立つ。


「僕には」


また拳。受ける。Momentum。さらに、溜まる。


「名前がある」


僕は少年を見る。


「真白湊だ」


少年の表情が少し変わった。僕は右拳を握る。動きはSuppressで遅い。でも、Momentumは速さじゃない。溜めた力。少年へ拳。遅い。当然。避けられる。だから、地面へ叩き込む。


「っ!」


衝撃。地面が割れる。少年の足元が崩れる。Suppressが一瞬、弱まる。


(S!)


――分かってる!


交代。世界が加速。Speed。一瞬の隙。少年の前。


「お返しだ」


拳。直撃。少年が初めて。吹き飛んだ。校庭を転がる。僕たちは立つ。今。初めて。計画的にMで隙を作り。Sで攻撃した。少年は地面に倒れたまま。笑っていた。


「やっぱり」


ゆっくり。立ち上がる。


「面白い」


三枝先輩がそこへ到着する。槍。


「そこまで!」


少年を見る。


「リベル構成員。投降しなさい」


「嫌だね」


「逃がさない」


Measure。透明な領域が少年を囲む。でも、少年は慌てなかった。


「今日の目的は達成した」


「目的?」


少年が僕を見る。


「確認」


「何の」


「君たちが」


笑う。


「ちゃんと育っているか」


背筋が冷たくなる。


「誰に頼まれた」


少年は答えなかった。代わりに、一言だけ。


「白峰」


僕も三枝先輩も止まった。その隙。少年の足元に何か。黒い球。煙。


「待て!」


三枝先輩が槍を振る。でも、遅い。少年の姿が消える。残ったのは校庭の亀裂と一枚の紙。僕が拾う。そこに印刷された文字。


【SUBJECT SM-01】


その下。名前。


【真白 湊】


僕の名前。そして、もっと下。日付。僕は意味を理解するまで数秒かかった。十六年前。僕が生まれるより前。


「……なんで」


Sも何も言わない。紙には僕の名前が僕が生まれる前の日付と一緒に書かれていた。


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