学校が戦場になる日
翌朝、校門には、見慣れない黒い車が二台停まっていた。
「……露骨すぎません?」
僕が言う。隣を歩く三枝先輩は、当然のような顔で答えた。
「警戒強化中だから」
「もっとこう、隠密っぽくできないんですか」
「一台は教師用駐車場に入れてある」
「増えてるだけですよね?」
――政府って馬鹿なのか?
(聞こえても知らないからね)
Sの機嫌も朝から悪い。理由は簡単だ。昨日、僕のクラスメイトが人工覚醒させられた。しかも、僕と関係のある人間が偶然とは考えにくい。学校そのものが狙われている。だから管理局は、校内に複数の監視員を配置した。教師。用務員。近所の工事業者。見た目だけなら普通。でも三枝先輩曰く、全員管理局関係者らしい。
「すごいな……」
「何が?」
「昨日まで普通の学校だったのに」
三枝先輩が僕を見る。
「昨日まで?」
「え?」
「あなた、昨日までずっといじめられてたでしょう」
「……」
そこを刺してくるか。
――普通ではねぇな。
(分かってるよ)
教室へ入る。空席が一つ。昨日暴走した男子生徒――倉田の席。今日は管理局の医療施設にいる。命に別状はない。ただし。能力は消えていない。Metalという仮称がついたらしい。周囲の金属を自分へ引き寄せる能力。M。また。Mだ。
「真白君」
朝倉が声をかけてきた。
「昨日、大丈夫だった?」
「うん」
「怪我は?」
「ちょっと筋肉痛くらい」
本当は全身痛い。でも、
――嘘つくな。
Sが言う。
(心配させるだけだし)
――またそれだ。
僕は黙る。そうだった。何でも自分だけで処理する。その癖を直そうとしている最中だった。
「あー……」
僕は言い直す。
「結構痛い」
「え?」
「背中とか」
朝倉が少し驚いたあと笑った。
「じゃあ保健室行きなよ」
「そうする」
たったそれだけ。なのに、なんだか。少し楽だった。
――くだらねぇ。
(でも、言えたよ)
――一歩目が低すぎる。
厳しい。
◇
四時間目。数学。黒板には意味不明な数式。僕は、ほとんど頭に入っていなかった。理由は窓の外。校庭。そこに三枝先輩がいるからだ。体育の授業でもないのに木陰。ずっとこちらを見ている。怖い。いや、頼もしい……のか?
――ストーカーだろ。
(政府公認のね)
その時だった。教室の扉が開く。知らない男性教師。いや、管理局の人だ。先生に近づき。小声で何か伝える。三枝先輩が校庭から。急に走り出した。嫌な予感。そして校内放送が入った。
『全校生徒は、その場から動かないでください。窓際から離れ、教室内で待機してください』
昨日とは違う声。でも内容は同じだ。理由を説明しないまま、生徒をその場へ留めるための放送。教室がざわつく。
「また?」
「何かあったの?」
僕は立ち上がった。その瞬間、スマホが震える。三枝先輩から。
『絶対に教室を出ないで』
命令。僕は画面を見る。
――行くぞ。
Sが言った。
(絶対出るなって)
――だから行く。
(なんで反抗期みたいになってるの!?)
でも今回は僕も教室にいるべきだと思った。昨日みたいに誰かが突然覚醒するかもしれない。なら。ここを守る。そう考えた。その時、朝倉が窓の外を見て言った。
「……あれ何?」
校門。一人。立っている。制服姿。うちの学校じゃない。男子生徒。両手をポケットに入れたまま。ゆっくり。校内へ歩いてくる。管理局員が止める。
「君、止まりなさい!」
男子生徒が笑った。次の瞬間、管理局員が宙へ浮いた。
「え」
何も触れていない。なのに、身体が上へそのまま。校舎の壁へ叩きつけられた。
「きゃっ!」
教室から悲鳴。男子生徒がこちらを見る。三階。僕の教室。距離がある。なのに、目が合った。
――こいつ。
Sの声が低くなる。
(知ってる?)
――いや。
でも確信がある。あいつは僕を見ている。男子生徒が手を上げる。指。僕を指す。そして、口が動いた。遠い。聞こえない。でも、なぜか分かった。
「見つけた」
そう言った。直後、教室全体が浮いた。
「うわっ!?」
机。椅子。
カバン。
全部。重力が消えたみたいに天井へ。
「何これ!」
朝倉の身体も浮く。
「朝倉!」
僕は手を伸ばす。腕を掴む。でも、僕も浮く。男子生徒。能力。Gravity?いや。
――Gじゃねぇ。
Sが言う。
(え?)
少年の制服。胸元。小さなバッジ。S。黒い文字。そして、彼が笑う。教室が急に落ちた。
「全員伏せて!」
僕は朝倉を抱える。落下。机。椅子。人。全部。床へ。
ドンッ!!
Momentum。身体に衝撃が入る。痛い。でも、溜まる。
「真白君!」
朝倉が叫ぶ。僕は立ち上がる。
「大丈夫?」
「私は……!」
教室。泣いている生徒。怪我人。先生も倒れている。腹が熱くなる。
――代われ。
Sが言う。
(うん)
今回は迷わなかった。意識を渡す。世界が遅くなる。S。
「クソ野郎」
窓を蹴破る。ガラスと窓枠を壊した損害が、わずかなSPになる。
「真白君!?」
朝倉の声を背中で聞きながら、Sは三階からそのまま飛び出した。
(待って! 三階だよ!)
――分かってる。
落下しながら壁、窓枠、雨樋を蹴る。
「Speed」
少量のSPを速度へ変え、足場をつなぐように一気に地上へ降りた。着地。男子生徒が笑っている。
「やっぱり」
近くで見ると同じくらいの年齢。
「Sが出てきた」
その言葉。Sの顔から。笑みが消えた。
「てめぇ」
相手は知っている。
「俺を知ってんのか」
「もちろん」
少年が答える。
「君たちは有名だから」
「どこで」
「僕たちの中で」
少年の身体の周囲。空気が歪む。Sが低く構える。
「リベルか」
「その名前」
少年が鼻で笑った。
「管理局はまだそう呼んでるんだ」
その言葉。違和感。
「違うのかよ」
「リベルは表向きの名前だよ」
少年が掌を広げる。
「能力者を解放する組織」
空気が重い。いや、本当に重くなっている。Sの膝が沈む。
「っ……!」
「僕の能力はSuppress」
S。またS。
「対象へ加わる動きを」
少年が言う。
「押さえ込む」
Speedと最悪の相性。Sが地面を蹴る。遅い。普段の半分。いや、もっと少年が歩いて近づく。
「君は速い」
「うるせぇ」
「だから止めればいい」
Sが拳を振る。止まる。空中で見えない壁。違う。運動そのものを抑えられている。
「くそ……!」
(S!)
――分かってる!
少年の拳がSの腹へめり込む。
「ぐっ!」
吹き飛ばされる。痛みは僕にも届く。けれど、Momentumの熱は増えない。今、表にいるのはSだからだ。それなのに少年は目を細めた。
「やっぱり」
「何がだ」
「Sが表でも、M側の波形は完全には消えない」
白峰主任の検査と同じ現象を、こいつも知っている。
「お前ら」
Sが立ち上がる。
「何を知ってやがる」
少年が笑う。
「全部」
「嘘つけ」
「少なくとも」
指をSの胸へ。
「君たちが自然に生まれたわけじゃないことくらいは」
僕の思考が止まった。Sも一瞬、動きを止める。
「……何?」
「聞いてないんだ」
少年は嬉しそうに言った。
「管理局って酷いね」
「黙れ」
「君たちは」
少年が言う。
「偶然二つの能力を持ったんじゃない」
空気がさらに重くなる。Sの身体が地面へ押しつけられる。
「最初から」
少年が顔を近づける。
「そうなるように作られた」
――殺す。
Sの感情が爆発した。Speed。力任せに抑制を振り切ろうとする。
「うおおおお!」
一歩。速くなる。二歩。さらに、少年が驚く。
「へえ」
Sの拳。届く。その瞬間、少年が笑った。
「でも」
指を鳴らす。
「今の君じゃ遅い」
Suppress。最大。Sの身体が完全に止まった。動かない。
(S!)
――クソ!
少年が拳を振り上げる。逃げられない。避けられない。なら。僕。
(代われ!)
――は!?
(受ける!)
――馬鹿か!
(今はそれしかない!)
一瞬。Sが迷う。でも、すぐに。
――死ぬなよ。
意識が切り替わる。僕。拳が顔面へ直撃。
「ぐっ!」
視界が白くなる。Momentum。溜まる。もう一発。腹。痛い。溜まる。少年が笑う。
「M」
「……違う」
「何?」
僕は震える足で立つ。
「僕には」
また拳。受ける。Momentum。さらに、溜まる。
「名前がある」
僕は少年を見る。
「真白湊だ」
少年の表情が少し変わった。僕は右拳を握る。動きはSuppressで遅い。でも、Momentumは速さじゃない。溜めた力。少年へ拳。遅い。当然。避けられる。だから、地面へ叩き込む。
「っ!」
衝撃。地面が割れる。少年の足元が崩れる。Suppressが一瞬、弱まる。
(S!)
――分かってる!
交代。世界が加速。Speed。一瞬の隙。少年の前。
「お返しだ」
拳。直撃。少年が初めて。吹き飛んだ。校庭を転がる。僕たちは立つ。今。初めて。計画的にMで隙を作り。Sで攻撃した。少年は地面に倒れたまま。笑っていた。
「やっぱり」
ゆっくり。立ち上がる。
「面白い」
三枝先輩がそこへ到着する。槍。
「そこまで!」
少年を見る。
「リベル構成員。投降しなさい」
「嫌だね」
「逃がさない」
Measure。透明な領域が少年を囲む。でも、少年は慌てなかった。
「今日の目的は達成した」
「目的?」
少年が僕を見る。
「確認」
「何の」
「君たちが」
笑う。
「ちゃんと育っているか」
背筋が冷たくなる。
「誰に頼まれた」
少年は答えなかった。代わりに、一言だけ。
「白峰」
僕も三枝先輩も止まった。その隙。少年の足元に何か。黒い球。煙。
「待て!」
三枝先輩が槍を振る。でも、遅い。少年の姿が消える。残ったのは校庭の亀裂と一枚の紙。僕が拾う。そこに印刷された文字。
【SUBJECT SM-01】
その下。名前。
【真白 湊】
僕の名前。そして、もっと下。日付。僕は意味を理解するまで数秒かかった。十六年前。僕が生まれるより前。
「……なんで」
Sも何も言わない。紙には僕の名前が僕が生まれる前の日付と一緒に書かれていた。




