第9話
人は……婚約者の浮気相手にここまで手を尽くす自分を「お人よし」を通り越して「馬鹿」だと言うだろう。
しかも、自分の評価は「浮気相手に嫉妬して泣かせる悪役令嬢」だ。
そんなリリーに寄り添ってくれる物好きはいない。むしろ遠目から陰口をしつつ嘲笑うだけ。
でも、それでいいのだ。リリーはとにかく今の状況に疲れ切ってしまった。
これがずっと続くと思うとゾッとしてしまう。
そもそもハンナ嬢は家の位こそ男爵ではあるものの、頭は相当良い。それはリリーに対して宣戦布告をする前から知っていた。
それくらいの頭の良さが無ければ、試験の成績で有益な人物かを示す……なんて分かりやすい方法は出来なかっただろう。
そして、それと同時に自分の見せ方を熟知している様にも思える。
しかも、目の前で殿下の目の色と同じドレスを着ているところを見た限り、どうやらおねだりも上手い様だ。
だからこそ、殿下は彼女になびいたのだろう。むしろこの点は殿下の自慢話にただ相槌を打つしか出来なかったリリーとは大きな違いでもある。
それは生徒会の庶務に入った時から感じていた。きっとこれからはそれを上手く律用するだろう。
しかも、公爵令嬢で現婚約者であるリリーに対して宣戦布告をする度胸。
これだけ条件があれば、何も心配はいらない。
むしろ心配すべきは彼女の事よりもリリー本人の今後の行く末……だろうか。
しかし、リリー自身。そこまで深くは考えていない。せいぜい良くて婚約廃棄の身。悪くて死罪……そんなところだろうと思っている。
本来は、同級生に対してイジメをしたくらいで死罪になるのはおかしい。
ただ、相手はエミル殿下だ。今まで散々成績で自分を負かしてきたリリーに対する仕返しをしてくる可能性が全く否定出来ない。
そういう人なのだ。
リリー本人の希望としては「何にも縛られない自由」という事なので『国外追放』になるのだが、既に王妃教育を受けてしまっているリリーにその処分はあり得ない。
なぜなら、この国における「王妃教育」は外部に漏らしてはいけない特秘事項になっているからだ。
つまり、本当の意味の「自由」はリリーに対してはありえない。果たしてどうなる事やら……。
「リリー・グランツ!」
なんてここまでに至るまでの自身の努力とこれからを案じつつ、優雅に扇を取り出したとほぼ同時に殿下が大声で彼女の名前を叫んだ。
「……」
全く。殿下に挨拶をしてそれなりに時間が経っていたというのに、自身の目の色と同じ色のドレスを着た彼女を見て鼻の下を伸ばすのも大概にして欲しいものである。
しかし、やっと……やっとだ。やっとこの残念な殿下から離れる事が出来る。そして、自分を王族とつながる為だけの駒としか思っていない両親から逃げる事が出来る。
それを思うと思わず顔がニヤつきそうになってしまう。しかし、さすがにここでバレては淑女失格。リリーはそれを隠そうと必死に扇に力を込めて耐えていた――。




