第10話
「度重なるお前の悪事には愛想が尽きた! ここにこの国の第二王子であるエミル・ブランドの名において――お前との婚約は破棄する!」
普通、婚約者からの一方的な婚約破棄を受けた令嬢は泣き崩れてしまうところだろう。たとえ、相手が浮気していると分かっていたとしても。
しかし、リリーは一切動じない。むしろ自分からそう仕向けたのだから当然と言えば当然だ。
ただ……彼女としてはここでハンナ嬢から「どうかご自身の罪をお認めになってください! 今なら許してくださいますっ!」の様な一言があれば、もっとリリーの惨めさが際立って完璧だったはずだ。
「……」
しかし、ハンナ嬢は何も言わずただ殿下に寄り添っているだけ。いや、正確には「言えなかった」と言うべきだろうか。
一応、彼女自身も「このやり方は間違っている」という意識が働いていたのかも知れない。たとえ、婚約者であるリリーが乗り気だったとしても。
ただ、こうでもしなければこの男尊女卑のこの国で上に上がっていくのは難しい。それを分かっているからこそ、彼女自身も揺れ動いていた。
それに加えて彼女を引き抜いて庶務に抜擢し、勉強だけでなくマナーも一から叩き込んだ。
この事実に間違いはない。その気持ちもあったのだろう。どうやら、リリーが思っていた以上にハンナ嬢は真面目な方だったらしい。
「殿下は――悪事とおっしゃられていますが、一体私が彼女に対してどんな悪事をしたというのでしょう?」
ただ、形式として一応殿下には聞いておいた方がいい。ここでサラリと「はい分かりました」で帰ってしまっては第一王子の耳に入った時、下手に疑われてしまう。
それに、ここで反抗的な態度を取っておけば、リリーが去った後。気が良くなって後々の処理が楽そうだ。
「身に覚えがないとは言わせん! ここには公爵という身分を使って女子生徒たちに指示をし、ハンナをイジメているのを見たと証言がある!」
「私は指示などしておりません」
「では彼女たちが嘘を言っていると?」
「殿下もここまで来るまでの私を見ていらっしゃったでしょう? 誰も寄ってなどいなかったではありませんか」
「ふん! そんなの何の証明にもならん!」
そう。確かに何も証明にはならない。しかし、それは殿下の証言も「ただの証言でしかない」という点では同じ事なのだが、ここはあえて口出しをしない。
「さらに、彼女と二人きりになった後。ハンナが泣いているところを見たという生徒も大勢います。これについて何か反論でも?」
「……いえ。それは事実です」
確かに、熱が入り過ぎてしまったのは間違いない。それでも彼女は必死について来た。その結果が試験の結果として結び付いたので、実は彼女からものすごく感謝された。
ただ、それはあくまで誰もいないところでの話。そして、これは紛れもない事実だ。
それを認めた事により、殿下はまるで鬼の首でも取ったかの様な表情をリリーに向ける。
「――認めたな?」
「それは紛れもない事実ですもの。否定は致しません」
「ならば、自身よりも弱い立場の彼女をイジメる様なお前を王妃とは認められない、婚約は今日をもって破棄させてもらう。そして、新しい婚約者はハンナだ」
「ほ、本当ですか?」
ここはさすがに無反応とはいかなかったのかハンナ嬢が嬉しそうな表情を浮かべる。
「ああ、お兄様もこの話を聞けばすぐにお認めなさる。なにせ、学園始まって以来の最高成績での卒業だ。お兄様もそれは知っているはずだからな」
「ありがとうございます!」
そう、国益重視の第一王子である彼がこの「学園始まって以来の最高成績」という話を知らないはずがない。
だからこそ、リリーはそこに賭けていた。さて、ここまではリリーの想定通り。問題はこの後に続く「自分の処遇」についてだ。
「ああそうだ。お前の婚約破棄については既に公爵には連絡してある」
「分かり……ました」
どうやら父親には既に連絡済みだったらしい。しかし、面倒そうな第一王子には事後報告……という事はきっとこうした事が起きている事を王子は知らないのだろう。
「公爵からお前は廃嫡するとの言伝だ。荷物をまとめたら速やかにこの国を去れ」
「……え?」
父親からの廃嫡も一応想定はしていた為、思わず聞き流しそうになってしまったが、今「この国を去れ」と言われた気がした。
「聞こえなかったのか? 荷物をまとめ次第速やかに去れと言ったのだ!」
この一言に思わずリリーは殿下の手を取って「殿下、ありがとうございます!」と言いそうになってしまった。




