EP:\0009\どうしてここにこれが!?.txt
本日2回目の投稿です。
呪われた武器や装備品、使用すると狂気に支配される道具。遺物の見本市になっている地下倉庫をあとにして、ロックと939号体は一階に戻ってきた。目を覚ましたラピスはシエルに抱かれ、口元に持ってきた指をモグモグしている。
「ただいまラピス」
「あー、あー」
「おめーが来ると、途端に機嫌が良くなりやがるです」
ロックの指をキュッと握り、ニコニコしながら上下に動かすラピスを見て、シエルはそんなつぶやきを漏らす。
「今は手袋を外してるから、魔力が吸い取られる感触を楽しんでるんだと思うよ。もちろんラピスはシエルのことが好きだよねー」
「うー、うゆー」
ロックの問いかけを肯定するように、ラピスはうりうりとシエルの胸に顔をこすり付けた。
「まったく愛いやつですね、この生き物は。おっぱいが欲しいときは、いつでも言いやがれです」
少し離れた場所で様子を見ていた939号体は、微笑ましい光景に心が暖かくなる一方、言語化できない寂しさを感じてしまう。今日は何度も体験した、感情領域の不思議な動きに戸惑いつつ、仕事は終わったのだから、そろそろお暇しようと三人に近づく。
「受領のサインを頂きましたので、本日はこれにて失礼いたします」
「あっ、ちょっと待って。少しだけ時間をもらってもいいかな」
「このあとは何も予定が入っておりませんので、少しくらいなら問題ありませんが」
「うちで軽くメンテしていかない?」
「もしかして先程の不良動作を、修正するためでしょうか?」
「あれは問題ないから、もっと別のこと。次元収納ってフェノミオン級だと、少し重いアビリティなんだ。見てたら他のアビリティと衝突してるみたいでさ。ごくごく小さい遅延が出てるんだけど、自覚症状はない?」
「いえ、特には。ここまで移動してきたときや、作業中にも異常は感じられませんでした。毎日の自己診断でも、エラーやアラートは出ていませんし」
「日常生活にはまったく影響しない、ほとんど無視できるレベルのものだから、自動補正が効かないんだ。でも動作マージンは確実に削られてるし、調整で少し変わると思うよ」
「本人も気づいてないラグを目ざとく見つけるとか、おめーちょっとキモいです」
「キモいとか言わないでよ。子供の頃から偽精体っていう存在に興味があって、基礎理論やメンテ技術を教えてもらたんだ。だからつい気になっちゃって……」
もちろんそのきっかけはロックの母親でもある、ユイの存在があったからだ。それに加えて彼自身の夢も関係しており、英雄たちから学んだ様々なことの中でも、特に力を入れている。
ロックが語る動機に心当たりのあるシエルは、一体どんな調整をするのだろうかと興味が湧いてきた。
「変なことしねーよう、あーしが監視しといてやるです。安心して受けてみるといーです」
「シエルさんがそう言われるなら」
わずかな不安を残しつつも、939号体はメンテナンスを受けてみようと決意。全員で母屋へ向かって歩く。途中でシエルからメンテナンスポッドの種類を聞かれ、着いてからのお楽しみとロックははぐらかす。
本当に大丈夫だろうか。最後尾をついていく939号体の中で、徐々に大きくなっていく疑念の壁。しかしそれは衝撃を持って砕かれた。
「はい、ここがメンテナンスルームだよ」
「これってブロンコ社のエンタープライズモデルじゃねーですか! 偽精体の整備工房にしかねーようなものが、どーしてここにありやがるんです」
偽精体には自己治癒能力がない。たとえ小さな傷でもリペアシートを使って、応急処置を施す必要がある。そして完全な再生ができないリペアシートの欠点を補い、維持管理と保守を担う機器として開発されたのがメンテナンスポッドだ。
大きく三つのクラスに分かれ、基本的な治療と簡単なメンテナンスが出来る、エントリーとスタンダード。大きな怪我にも対応でき、自動調整機能が豊富なプロとマスター。そして部位欠損の再生も可能で、マニュアル操作による全機能へのフルアクセスを実装した、エリートとエンタープライズ。
そうした機器を手掛ける〝ブロンコ〟〝マリーベル〟〝カニファクトリー〟〝得撤精器〟の中において、最も高性能で信頼性が高い製品を作るメーカー、それがブロンコ社である。
「師匠に当たる人が完璧主義者でさ。偽精体のことを学ぶなら中途半端は許さんとか言って、これを置いていってくれた」
室内を見た939号体は、完全に言葉を失ってしまう。
明るく清潔な部屋の中央に置かれた、流線形の細長いカプセル。接地面から太いケーブルが何本も伸び、その先にある多数のパネルや操作機器。ロックがスイッチを押すと周囲に駆動音が響き、表示版に浮かび上がる数字や図形。偽精体の自分が見ても、なんの情報かさっぱりわからない。
「最上位のエンタープライズモデルを使いこなせるなら、偽精体の整備業で食っていけるです……」
「これでお金を儲ける気は、今のところないよ。あくまでも趣味の一環というか、将来のために知識と経験を身につけることが目的だから」
「理由はどうあれ無償でやられたんじゃ、他の業者は商売上がったりじゃねーですか」
「だからここの事は大っぴらにしてないし、誰彼かまわずメンテしないようにしてる。ちゃんと組合にも許可を貰ってるしね」
「私に施していただいて、構わないんでしょうか?」
「うん。そっちの関係者には話を通してるから、遠慮なく受けていって」
最初の仕事なら、ここへの配達が一番だと上司から言われた理由、やっと理解できた。たまたま遺物が発見されたタイミングで配属が決まった自分は、とても幸運だったのだろう……
生まれたばかりの赤ん坊を抱くという、他では得難い経験。配属先の同僚たちとは明らかに異なる、486号体――シエルとの出会い。そして偽精体に造詣が深く、他の人間たちには見られない態度で接してくれる、ロックという存在。
今日はここへ来て本当に良かった。
そう心の中で幸せを噛み締めながら、「お願いします」と939号体は頭を下げる。
「今日は微調整と最適化だけだから、そのまま入っても大丈夫だよ」
靴を脱いだ939号体がポッドに横たわると、半透明のカバーがゆっくり閉まっていく。密閉されるのと同時に流れてきた膨大なデータを、ロックは真剣な目つきで追う。
「あーう、あー」
「ラピスも興味ありやがるです?」
「うー」
「シエルも隣りに座って、一緒に見よう」
「邪魔になんねーですか?」
「もう原因の特定は出来たから大丈夫」
ロックが指さした椅子へ、シエルはゆっくり腰を下ろす。左手でラピスの頭を撫でながらでも、ロックの右手は止まらない。慣れた手つきで数値を打ち込み、グラフや波形を見ながらダイヤルやレバーを操作し、最後に〝ターン!〟と実行キーを叩く。
「いったい何をやりやがったですか?」
「生体クロックの揺らぎを少なくして、処理落ちの原因になってる実行タイミングを調整。あとはアビリティバブルでインストールした情報が断片化してたから、それの解消だね」
「あの短時間で、そんな細けーところまで、見てやがったですか」
「ほら、ここの実行効率って数値を見て。今は72.68%なんだけど、この数値が70%を切ると警告が出るんだ」
「結構ギリギリじゃねーですか」
「次元収納のタスクが目詰まりを起こしてたから、ここまで下がっちゃたんだね」
「数値が上がってきやがったです」
波形が美しいリズムを奏で、最適化されていく投機実行。そして記憶領域のアライメントが整いはじめると、小数点以下の数値が目まぐるしく変わる。80%の手前で速度が落ちていき、最後は83.06%で停止した。
「うーん、やっぱり俺の実力じゃ、これくらいが限界か……」
「待ちやがれです。たった一回のメンテナンスで、一割超えの効率上昇とか、ありえねーですよ」
「出来れば85%を超えたかったんだけど、あの子に期待に応えられたかな?」
「おめーはもっと自分の異常さを、認識しやがれです。どんな高みを目指してやがるですか……」
不満げなロックの姿を見て、シエルは盛大に溜息を漏らす。彼をこんな人間にしてしまったのは、間違いなく英雄たちが原因だろう。まったく、とんでもない怪物を生み出しやがって……
メンテナンスポッドから起き上がる939号体を見ながら、彼女にどう説明しようか悩むシエルであった。
操作パネルには松本メーターが付いている……かもしれません(笑)
◇◆◇
特定のメーカーを持ち上げたり貶めたり、という誤解を生みかねないので詳細は伏せますが、この話に登場した4社の元ネタはいずれもネットワーク機器メーカーです。なので花の魔法使いとは関係ありません。
◇◆◇
徐々に主人公への信頼度を上げていくシエルだったが、それを台無しにしてしまう事態が発生……
明日の更新をお楽しみに!




