EP:\0008\初体験.txt
本日更新の1話目です。
次元収納に入れた荷物が多すぎるので、いくつか倉庫にしまっておこうと移動を始めたとき、敷地内に一人の女性が入ってきた。毛先に向かい濃い青緑から淡い青色に変化していくショートカットの髪を見るだけで、彼女が偽精体だとわかる。
「あれはあーしと同世代じゃねーですか。復興庁からあーしを持ち帰ってるのに、他の偽精体を連れ込むとか、とんだ人でなしヤローですね」
「人聞きの悪いこと言わないでったら。彼女は多分、港湾地区からお使いできた偽精体だよ」
シエルが人工精霊に備わった近接感応で特定したとおり、彼女は第三世代の939号体。アムダール社のミドルレンジモデル、フェノミオン級ボディーを持つ偽精体だ。
「お邪魔でしたでしょうか?」
「ちょうど倉庫に行くところだったから気にしないで。例のアレを持ってきてくれたんだよね?」
「はい。こちらで保管してもらうようにと、復興庁X68K支部から預かってきました」
「じゃあシエルが持ってる荷物と一緒にしまっちゃおう」
全員で倉庫へ向かう最中、939号体はじっとロックを見つめる。正確に言うと、腕に抱かれてスヤスヤと眠るラピスの方へ……
「良かったら抱っこしてみる?」
「よろしいのですか!?」
「男の俺が抱くより、喜んでくれると思うよ」
「この街で運用されてるあーしらには、なかなか出来ねー経験ですからね。体験しておいて損はねーです」
ゆっくりと腕を伸ばした939号体が、恐る恐るといった動きでラピスを自分の胸に抱く。今までとは違うまろやかさに気づいたラピスは、無意識のうちに伸ばした手で膨らみを掴む。そんな仕草を間近で見て、939号体の頬が思わず緩んでしまう。
会議室で見たシエルもそうだったけど、やっぱり偽精体には母性本能があるよね。眼の前で繰り広げられる光景を見て、ロックは改めて確信する。同時に母親として自分を育ててくれたユイの姿が脳裏をかすめ、少しだけ寂しさを感じてしまった。
「稼働時間のまだ短い私が、こんな経験をできるだなんて、思ってもみませんでした」
「この街へはいつ来たの?」
「約二百時間前に射出された、第百二十八便で参りました。到着後の用途対応を終わらせたのち、こちらへの配達を命じられています」
「射出ってことは、まだマスドライバーで運ばれてるんだ……」
「海上は依然として危険ですし、上空の次元断層も観測されたままです。高高度弾道軌道での運搬が、最も安全確実で時間とコストのかからない、合理的な方法かと」
「ハイバネーション状態でリキットチャンバーに詰めて、電磁加速バレルで撃ち出すような乱暴なことをしやがるから、あーしみたいな不良品ができるんです」
安全性は十分検証されているし、衝撃などで不具合が出たという報告は今までない。しかしシエルの言うことはもっともなので、ロックはなにも言わず口をつぐむ。
沈黙を肯定と受け取ったシエルは、ここぞとばかりに不満をぶちまける。そんな彼女に対し、苦笑を浮かべながら受け流すロック。まるで親友のような二人を見ながら、939号体は不思議な気持ちになっていく。
しかし稼働時間の少ない彼女は、自分の変化を認識できていなかった。
◇◆◇
シエルと話しているうち、少し冷えていたロックの心は、春の陽気を取り戻す。彼女の明るさに感謝しつつ、取り出したIDカードとパスコードで、倉庫の扉を開ける。
「もらってきた荷物は、そこの空いたところに入れといてくれるかな。俺は彼女が運んできてくれたものを、封印しに行くから」
そう言いながら、地下へ続く階段を指さした。
「封印って、なにを置いてやがるんです」
「昔のこの辺りにいた違法組織が、色々とヤバいものを溜め込んででさ。今でも時々見つかるんだよ。下手に無力化しようとすると、一段と凶悪な性質に変化する事もあるらしくて、仕方ないからここの地下に封印してるんだ」
「そんな危ねー場所の近くで、赤ん坊を育てようとか思ってやがるんですか」
「身につけたり起動しなかったら大丈夫だし、万が一悪影響を受けても、俺のそばにいたら回復するよ」
「おめーの体質、万能すぎじゃねーですか……」
「この先は魔力を持たない人間しか入れない作りになってるから、ラピスを近づけないようにしてね」
「可愛い娘をデンジャラスゾーンに連れていくような真似、絶対しねーです」
自分も一緒に行かないといけないため、939号体は名残惜しそうな表情でシエルに近づく。差し出されたラピスを受け取っていたシエルは、思わず〝娘〟と言ってしまい、気まずそうな顔をした。
「あっ、そうだ。ここの地下室ってエルフの戦略級魔法でも、ドワーフの質量兵器でも壊せないから、何かあっても地上に被害が出ることはないよ。じゃあ娘のこと、よろしく!」
「ニヤニヤしてねーで、とっとと行ってきやがれです!」
シッシと手で追い払われる扱いを受けたにも関わらず、ロックの足取りはスキップしそうなほど軽い。鼻歌交じりで階段をくだりながら、939号体に声をかける。
「ラピスに触れてみて、どうだった?」
「知識と実物があれほど乖離しているとは思いませんでした。あの時に体験した感情領域の複雑な動きを、今の私は言葉で表現することが出来ません」
「もしかするとそれは〝萌え〟って感情かもしれないね」
「も…え……ですか? そのような単語は検索にもヒットしないです」
「俺も和州諸島連合出身の人に聞いただけだから、詳しいことはわからないんだ。なんか愛らしいものを目の当たりにした時、自然に湧き上がってくる気持ちなんだって」
「たしかにラピス様の姿は可愛すぎます。486号体……えーっと、シエルさんとお呼びした方がいいでしょうか。あの偽精体が娘と言い間違えてしまうのも、わかる気がします」
「ラピスは星の異邦人だから、シエルが母親になってくれると嬉しいんだけどね」
「違うのですか?」
出会って一時間経ってない自分が見ても、二人の関係が普通と違うのは明らかだ。なので個人専用としてフルカスタマイズした、オーナーモデルの偽精体ではないか。自分にプリインストールされている知識から、939号体はそう判断した。
「ラピスを見つけたのは、今日のお昼すぎでさ。お腹をすかせてたから、一日だけでも世話をしてやって欲しいって、シエルにお願いしたんだ」
「そうだったのですか……」
「明日からどうするかは、Z80Aの支部長や領主様と相談かな」
「あっ、あの! 差し出がましいようですが、もしよろしければ私がっ!!」
グイッと詰めてきた939号体に、ロックはたじろぐ。
当の本人も、どうしてそんな行動に出てしまったのか分からず、相手の顔を見つめたまま固まってしまう。
「気持ちはすごく嬉しいんだけど、第三世代って個人じゃ持てないから」
「もっ、申し訳ございません。どうして偽精体である私が、あんなことを……」
「気持ちや願望をつい口にしちゃうのって、俺たちや偽精体問わず稀によくあるから、あんまり気にしないで。それだけラピスが可愛いってことなんだよ」
「お言葉の一部に形容矛盾を含んでいましたが、ラピス様に関しては激しく同意です。第三世代だったことを残念に思う日が来るなんて、予測不能の事態が起きてしまいました」
当初の硬さが消え、どんどん自然体になってきた939号体を見て、ロックは嬉しくなってくる。きっとこれが偽精体本来の姿なんだろうと、確信を得るのだった。
939という番号はAMDが歴史を作った「Athlon 64」で採用された、Socket 754の後継に当たるCPUソケットのピン数です。
◇◆◇
次回、主人公の特異さが判明する。
お昼以降の更新をお楽しみに。




