EP:\0004\通報しました.txt
本日更新の1話目です。
ご査収ください。
ロックの口から飛び出した「おっぱいを飲ませてほしい」という言葉。それを聞いたシエルの思考領域にノイズが走る。
人工精霊は、なぜか女性の体にしか定着しない。なので偽精体が実用化された当時は、様々な誤解と憶測を生み、色欲や好奇の目を向けられてしまう。そうした事例に対処すべく蓄積された知識や、対応マニュアルは完璧なはずだった。しかしこの事案に、どう応答すれば……
数ナノ秒後に復帰したシエルの思考領域が全力処理を始める。彼女に与えられたゼオーン級ボディーは、インテグレート社の最高級グレードだ。フルドライブ時の処理能力は段違いに高く、人間の数倍に及ぶ。そして右耳のピアスに埋め込まれたコプロセッサ、推論処理装置の演算バックアップをも駆使し、ひとつの答えを導き出す。
「ピー、ヒョロヒョロロロー……。通報したです」
「ちょっ!? 今の擬音ってなに?」
「ダイヤルアップとかいう様式美らしいので気にすんなです」
「それって霊子ネットに公開したってことだよね」
「あったりめーです。いきなりおっぱいを飲ませろなんて言う危険人物、放っておけるわけねーじゃねーですか」
いつもは二人がやり取りする姿に興味を示さない他の偽精体たちも、いきなり流れてきたブロードキャストメッセージを見てざわつく。それを肌で感じたロックはさっきまでの思慮を捨て、誤解を解くための行動に出る。
ずっと抱えたままだったバックパックをおろし、シエルにそっと差し出した。
「飲ませてほしいのは俺じゃなく、この子なんだ。森の中で見つけたんだけど、きっとお腹をすかせてると思う」
「おめー、なんてところに赤ん坊を入れてやがるですか。こっちによこしやがれです!」
「……あっ」
シエルがバックパックの中から赤ん坊を抱き上げると、その刺激で目を覚ましてしまう。いきなり知らない人に持ち上げられ、みるみる潤んでいく二つの瞳……
「びえぇぇぇーーーん」
赤ん坊からあふれ出した魔力が風になり、復興庁の中で吹き荒れる。受付フロアにいた数人の来庁者は、その場でバタバタと倒れてしまう。影響を受けなかったのはロックと赤ん坊、そして偽精体たちだけだ。
「なっ、なにが起きやがったです!?」
「急激な魔力濃度の変化で、意識を失ってしまったんだよ。瘴魔と違って悪影響はないから、しばらくしたら回復すると思う」
手袋を外したロックはシエルに説明しながら、泣きわめく赤ん坊を腕に抱く。すると魔力の暴風がピタッと収まり、赤ん坊も嘘のように泣き止む。
他の受付窓口に行ったロックは、頭を下げながら騒がせてしまったことを謝罪し、失神者たちへの介助と弁解をお願いしたあと、再びシエルの元へ。
「危険はねーんですか?」
「魔力の専門家には診てもらうつもりだけど、とりあえず俺と一緒なら大丈夫だと思う。それでその……、この子のことなんだけど……」
「しゃーねーですね、あーしが一肌脱いでやるです。アビリティバブルの保管庫に行くから、付いてきやがれです」
受付カウンターの横にあるバッタリ戸から出てきたシエルが、庁舎の奥へロックを案内する。それを見送っていた一部の偽精体たちは、無意識のうちに羨ましそうな表情を浮かべたのだった。
◇◆◇
ロックは廊下を並んで歩きながら、シエルが協力してくれて良かったと胸をなでおろす。第三世代の彼女なら、拡張スロット数に余裕があるからだ。受付フロアにいる大多数の偽精体は第四世代。拡張スロット数は128しかなく、余分な機能をインストールする空きが少ない。
しかしシエルは倍の256あることに加え、実績と信頼性がある官公庁仕様のゼオーン級。体への負荷も最小限で済む。
「忙しいって言ってたのに、変なこと頼んでごめんね」
「別に構わねーですよ。さっきはあー言ったですけど、あーしと積極的に関わろうなんてモノ好き、おめーくらいしか居ねーですし」
特徴的な喋り方も彼女の魅力なんだけど、どうして他の人にはわからないのかな。ロックはそんなことを思いながら、隣にいるシエルの横顔をそっと窺う。誕生ではなく創造で産まれた魂だとしても、そこに感情や個性が宿っていることを、他ならぬロックは誰よりも知っている。
「あっ、そうだ。この子の魔力強度も測っておきたいんだけど、測定機を使わせてもらえないかな」
「それなら突き当りの部屋へ行くといーです。あーしはアビリティのインストールをしておくから、とっとと済ませてきやがれです」
廊下の先へ歩いていくロックと別れ、シエルは別の部屋へ向かう。ふとさっき送信したブロードキャストメッセージを思い出し、取り消しておこうと霊子ネットへ意識を繋ぐ。
(……跡形もねーとか、一体どーゆーことです?)
霊子ネットは人工精霊だけが使えるアストラル空間だ。外部から侵入して情報を書き換えるのは、絶対に不可能なはず。もしそれを実行できる存在がいるとすれば、九体の第一世代を生み出して眠りについた、0号体のマザーだけ。
(マザーが目覚めたら大騒ぎになってやがるでしょーし、いま考えてもしゃーねーですね。とりあえず誤報の通知だけしといてやりますか)
定型文をさっと送り終えたシエルは、扉の横に埋め込まれたパネルをタッチし、霊体放射認証でドアロックを解除。部屋の奥に向かって進む。そこは壁一面に引き出しのついた棚があり、様々なアビリティバブルが収納されている。
掃除や洗濯など家事に関する一般用途。飲食店や小売店で役に立つ、接客やパティシエールの技能。他にも特殊な事務用途や介護など、人々の生活や営みをサポーするため、多種多様なオプション機能が開発された。
更に一部のアビリティを除き、いくつかのバリエーションがあり、ボディーのスペックや空きスロット数によって、最適なものを選ばなければならない。その膨大な組み合わせを見極めるのは、偽精体本人であっても困難だ。
(なんであーしは自分でやる、なんて言っちまったんですかね……)
子育てに必要なアビリティバブルを吟味しながら、シエルの頭に疑問符が浮かぶ。復興庁Z80A支部に勤務している第三世代は、自分を含めて四人だけ。用途に一定の制限がある自分たちでなく、ある程度自由に選べる第四世代へ割り当てるのが、合理的な判断のはず。しかし何故か自分がやらねば、という謎の使命感に駆られてしまった。
(きっとあーしの人工精霊がポンコツだから、変な判断しちまったに違いねーです)
だけど腐っても第三世代で、ボディーは一級品だ。スロット数の空きは十分だし、処理能力と容量にも余裕がある。せっかくだから最高レベルのアビリティを選んでやろう。
引き出しの中に入っているケースを開け、トレイに乗っているアビリティバブルを一粒取り出す。飴玉状のそれを口に含むとすぐさま溶けていき、新しい知識のインストールと同時に、シエルの身体組成が変わっていく。
無針注射器で人族の乳幼児に必要な栄養を取り込み、シエルは保管庫をあとにする。
――その顔はいつもより柔らかい表情をしていた。
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[件名:高度なプレイ要求]
投稿者:00000486
UUID:0xBAADF00D
日付:YYYY/MM/DD
時間:HH:MM:SS
復興庁Z80A支部支援課窓口にて対応中の偽精体に対し、おっぱいを飲ませろと要求する事案発生。
下手人の識別名はロック[CID:0x00000000000FF1CE(人族14歳♂)]。
各員注意されたし。
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8080の改良版と言えるZ80シリーズのCPUは、様々な8bitパソコンに搭載されました。
末尾にAがつくのは高速版(Z80:2.5MHz/Z80A:4MHz/Z80B:6MHz/Z80EorH:8MHz)
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今日も不定期に1・2話投稿します。
次回をお楽しみに!




