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ご愛読ありがとうございます。
私事で恐縮ですが、家族が左腕を骨折しまして、介助のため執筆時間が激減してます。
全治一ヶ月とのことなので、週1の投稿はなんとか死守しつつ、連載を続けたいと思います。
では、魔法と科学技術が発達し、そして〇〇まで存在する、不思議な世界の物語をどうぞ!
シエルが上半身に身に着けているのは、白い生地に黒いプリントがされたTシャツ。下半身はくるぶしまで丈のある、中厚地でベージュのセミフレアスカート。靴はブラウンのスリッポンタイプだ。
「動きやすそうな格好ですごくいいね。よく似合ってるよ」
「ゴテゴテしたのは落ち着かねーですから、シンプルなのばっかり選んでみたです」
「これからの季節にぴったりだと思うんだけど、シャツに書いてる〈働いたら負け〉ってなに?」
「おめー大和文字が読めやがるんです?」
シエルが着ているTシャツに印刷されているのは、黒いインクでデザインされた漢字仮名交じりの筆文字。大和文字は異世界転移者たちが建国した、和州諸島連合国でのみ普及していた、公用語とは異なる独自の文字文化である。言語が統一されてからは使用者も減り、今では歴史ある旧家の氏名や、一部商家の屋号に使われるだけという、ニッチな表記体系になってしまった。
「第一水準と第二水準は全部読めるよ。書けるのは第一水準全部と、第二水準の一部だけ。第三水準と第四水準は、あんまり自信がない」
「おめーは本当に変なところでスペックが高けーですね。記憶容量に余裕のあるゼオーン級やライゼリオン級はともかく、偽精体でも大和文字を習得した個体はあまりいねーです。ましてやコンティネント大陸の住人が読み書きできるとか、驚きしかねーんですが」
「そういうシエルはどうなの?」
「あーしは第四水準まで、完璧にマスターしてるです」
「じゃあ何が書いてあるか、わかって買ったんだ」
「ほとんど売れねーらしくて、ワゴンセールしてやがったですよ。まとめて買ったら、すげー割引してくれたです。色々あるから見てみやがれです」
シエルに預けていた財布を受け取り、ロックは袋の中を覗き込む。そこには〈明日から本気出す〉や〈勝負服〉と印刷された、ツッコミどころ満載のもの。赤地に黒で〈地底人〉と書かれた意味不明な商品以外にも、視力検査で使うランドルト環や食虫植物などのイラスト系と、多種多様なTシャツが詰め込まれている。
「もしかしてシエルって、こういったデザインが好きなの?」
「そのへんはよくわかんねーですけど、これを身につけてると足取りが軽くなるです。おめーも着てみるですか?」
袋からエルが取り出したのは、緑の生地に白い唐草模様が入ったTシャツ。それを見たロックの脳裏に、赤い顔をした動物の頭が浮かぶ。
確か昔読んでもらった和州諸島連合の絵本に、そんな登場人物がいたような……
「吠えるだけで茶碗を割ってしまいそうだから、遠慮しとくよ」
「そんな能力はインストールされねーと思うですけど、着たくなったらいつでも言いやがれです」
先程の言葉通りスキップをしそうなシエルと共に、食材や日用品を買いに別の店へ向かう。隣を歩くロックも、買い物デートみたいで楽しいと、気持ちが浮き立つ。
「よう、ロック! その子が噂のラピスちゃんか?」
対面ショーケース越しに声をかけてきたのは、ロックがいつも買い物している店の若い男性だ。ショーケースの中にはサンドイッチなどの弁当類、煮物や揚げ物の他にサラダなどの惣菜が、ところ狭しと並べられている。
「俺の娘になったラピスです。よろしくお願いします」
「あー」
「くっ……可愛すぎだろ、この生き物。なあ嬢ちゃん、唐揚げ食うか?」
「乳幼児に油ものの固形物、食わせようとすんじゃねーです!」
店主は冗談だよと笑いながら、トングでつまんだ唐揚げに爪楊枝を刺し、サービスだと言ってロックへ差し出す。未成年のロックが一人暮らしをしていることは、この街で店を構える者はみな知っているため、こうしておまけを渡す光景は珍しくない。ロックもそうした厚意は素直に受け取ることにしており、いつもありがとうございますとお礼を述べ、熱々の唐揚げを頬張った。
「しかし未成年のお前が子育てを始めるなんてなぁ……」
「まだまだ未熟な父親ですけど、シエルと一緒に頑張ってみます」
「商店組合の会員には話が行ってるから、必要なものとかあったら遠慮せず言えよ。運び屋の連中も協力するって張り切ってるからな」
そんな光景を見ながらシエルは思う。問題児ばかりで団結力なんて言葉に無縁だったチームが、最後まで任務を遂行できたのは、間違いなくロックの存在があったからだろうと。
知り合ってから一年と少しの期間、誰かに悪感情を持たれる姿は見たことがない。それは人類だけでなく、自分たち偽精体にまで及ぶ。先日早とちりでやらかした、ブロードキャストメッセージ事件でも、嫌悪感を与えるどころか、逆に興味を持たれたことからも明らかだ。
そうでなければ、その日に訪問してきた939号体が、あんな行動に出ないはず。
たまたま耳にしてしまった昨日の出来事を思い出していた時、シエルの感情領域が本人にも認識できない揺らぎを生む。
「ありがとうございます。皆さんのことは頼りにしてますので」
「まあ、なんだ。偽精体が一緒ならひとまず安心だな。ロックとラピスのこと、よろしく頼むぞ」
「どちらもしっかり世話してやるですから、マスドライバーに乗ったつもりで任せやがれです」
「大丈夫……なんだよな?」
普段から復興庁へ行くことのない店主が、確認するような視線をロックへ向けた。
「スペックを盛りすぎて、こんな感じになってるだけなので、心配いりませんよ」
「もしかして熱暴走してるのか?」
「冷やせば元に戻りますので」
「それなら安心だな!」
「おめーら好き勝手いってんじゃねーです。あーしはまだまだ本気出してねーんですよ。今夜ゼオーン級の恐ろしさを、心ゆくまで思い知らせてやるです。雨に打たれた仔犬のようにプルプル震えながら、楽しみにしてやがれです!」
技術系の話題が好きな二人は、よくこうしたやり取りで盛り上がる。今日はそこにシエルが加わり、一段と賑やかさが増す。
近所にある店の従業員たちは、そんな光景を生暖かい視線で楽しむ。
一風変わった偽精体だが、あれだけ和気あいあいとして明るい家庭なら、赤ん坊も健やかに育つだろう。全員がそう感じるのだった。
次回、シエルの実力が発揮される。
そして主人公の秘密もまた一つ。
お楽しみに!




