EP:\0012\家族.txt
人の足だと数時間かかる距離を一気に飛翔し、三十分ほどでシトリンは港湾地区へ着く。そのまま集合住宅の上空まで飛び、明かりが漏れている部屋のベランダへ降り立つ。
「やっほー、ユイちゃん」
「いらっしゃいませ、シトリン様」
普通ならありえない訪問方法だが、いつもの事なのでユイは驚かない。部屋の中へ招き入れ、手際よく夕食の準備を始める。
「アンバーちゃんはまだ領主館?」
「酔いつぶれてしまったので、そのまま放置してきました」
「あー、いつものことかー」
「奥様がいないからと、少し羽目を外しすぎです、アンバー様は」
放置したと言っているが、ソファーに寝かせて毛布をかけ、テーブルの上に水を用意しているのは、ユイの優しさだ。
「それよりユイちゃんは知ってるよね、ロックちゃんが赤ん坊を拾ったこと」
「当然です。可愛い息子の身に起きたことですから」
「そんなロックちゃんに子供が出来たってことは、ユイちゃんもとうとうおばあちゃんかー」
「――おうふっ」
シトリンの言葉を聞き、ユイの感情領域にフォールトが発生した。しかし即座に例外処理が起動し、通常状態へ復帰する。
「今なんかあった?」
「一瞬フリーズしたような気がしましたが、エラーやデッドロックのログは残っていません」
「えーっと、なんかゴメン。いまのはちょっとヤバげだから、気をつけることにするね」
長寿種のエルフ族は、魔力量で青年期が決まり、最低でも百年以上と非常に長い。内包する魔力が多すぎるせいで、老化が極端に遅いシトリンなど、人族でいえば十代前半の見た目だ。そうした人種に続柄砲を放つのが危険なこと、すっかり失念していた。例え相手が偽精体でも、二度と言わないようにしなければ。そうシトリンは心に決める。
「よくわかりませんが、わかりました。それで、赤ん坊の世話をしている偽精体とロックは、うまくやって行けそうでしょうか?」
「ロックちゃんがシエルって名前をつけるくらいだから、間違いなくいいコンビになれると思う。ラピスちゃんもよく懐いてたし、行動パターンはユイちゃんに似てる気がした」
「むぅ……できれば私が育てたかったのに残念です。なんなのでしょうか、この胸のもやもやは……」
「もしかして偽精体にも嫉妬心ってある?」
「そのような心理は認識できません。しかし感情領域が、かつてない動きをしています」
「ロックちゃんと出会ってからのユイちゃんは、心がすごく成長してるから、今回の件でまた進化するかもしれないね」
やっぱり星の異邦人と関わることが、進化のトリガーになってるのかな?
そんな事を考えながら、シトリンはユイと話を続ける。夕方に発生した、ブロードキャストメッセージ騒動を聞いて大笑いしたり、8080号体から伝えられた復興庁Z80A支部の様子を聞いたり、いつも以上に楽しい時間を過ごす。
そしてシエルのことはアンバーを通じて、インテグレート社に報告しようと二人で決め、その日は眠りについた。
――…‥・‥…―――…‥・‥…――
翌朝、ロックたちが登庁したのは、いつもより少し遅い時間だ。
荒ぶるシエルへの説明や、添い寝の同意をなんとか取り付けたロックだったが、改めて子育ての大変さを実感した。自分も家族のみんなに、同じ苦労をさせていたのかと思うと、申し訳ない気持ちと同じくらい、ありがたさが込み上げてくる。将来ラピスも同じような気持ちを、味わうのだろうか?
いや、この子がお嫁に行くなんて許せそうにない。
娘さんを俺に下さいというシチュエーションが頭に浮かび、慌ててそのシーンをかき消す。ラピスが欲しければ、俺を倒してからにしろ!
若干寝不足気味のロックは百面相しながら、シエルと一緒に復興庁のドアをくぐる。すると一斉に突き刺さる偽精体たちの視線。全員がシエルの抱くラピスに釘付けだ。
「おはようございますロック様。支部長がお待ちなので、執務室まで来ていただけますか」
近づいてきたのは、復興庁Z80A支部に一人だけいる第二世代。ライゼリオン級ボディーを与えられた、秘書の30号体だった。
「わかりました。俺とラピスだけでいいですか?」
「いえ、486号体も一緒にということです」
「なんで、あーしまで行かねーとダメなんです」
「それは支部長の方から説明がありますので」
ラピスのことはシトリン姉さんに伝言を頼んだので、ユイ母さん経由で領主のアンバー兄さんへ共有されたんだろう。それが支部長に伝わったのは当然として、シエルも一緒にというのは疑問が残る。とりあえず話を聞くのが一番だと思考を切り替え、執務室へ向かう。
観音開きの扉を開くと、執務机に座っている竜人族の中年男性。和州諸島連合出身の彼は、復興庁の支部長であると同時に、外交官でもあった。
「昨日はすいませんでした。魔力酔いはもう大丈夫ですか?」
「我々の世代は転移魔法の余波で、何度も経験したことだから心配いらないよ。フロアにいた者たちも同様だから、あまり気にしないでくれたまえ。君がすぐ対処してくれたおかげで、ごくごく短時間だったしね」
それを聞いてロックはほっと胸をなでおろす。この街にいる人たちは、不測の出来事に対して寛容だ。それはアンバー兄さんが、移住者を厳選してくれているからだろう。
でも、そんな環境に甘えていてはいけない。子どものやらかしは保護者の責任。これからはしっかり義務を果たさないと……
心の中で誓いを立てるロックには、父親としての自覚が芽生えつつあった。
「それとシエルの件、感謝してます。おかげでラピスが不自由な思いをせずに済みました」
「あー、きゃっ、きゃっ」
ロックに頭を撫でられたラピスが、笑い声を上げながらシエルに甘える。それを見ていた支部長と30号体の顔が、思わずほころぶ。
「その事なんだが、彼女を君の専属にという話が来ているんだよ。良ければ受けてみないかな」
「もしかしてあーしがポンコツだから、ここをクビになるってことです?」
「いやいや、いくらなんでも第三世代の偽精体を解雇なんかしたら、間違いなくここの戦力ダウンになるよ。でもね、受付フロアにいる偽精体から、486号体が抜けた穴は自分たちで埋める。だからロック様とラピス様の専属にしてほしい、っていう嘆願書が全員の署名入りで届いたんだ。同様の事例は他国でも聞いたことがないらしくて、一体なにをどうすればこんな事態になるのか……」
「486号体は支援課の職員です。領民になられたラピス様をサポートするのは、当然のことかと」
支部長は苦笑いを浮かべながら、「30号体もこの調子なんだよ」と言葉を漏らす。
「ですがシエルって正確には、復興庁に登録されているわけじゃないですよね。インテグレート社の許可なしに決めても良いんでしょうか? そもそも個人での雇用に制限がある第三世代ですし……」
「三賢者様からも〝ここからはずっとインテグレートのターン〟〝これで勝つる〟〝ワクワクテカテカ〟と、よくわからないメッセージが届いていてね。どうやら貸与に乗り気らしい」
現在のインテグレート社は、性能面でアムダール社に水をあけられている。会社規模が大きいこともあって、市場シェアこそトップの座を守っているが、アムダール社の猛追を受けている状態だ。
しかしライゼリオン級に対抗できるモデルの開発は難航しており、何らかのブレイクスルーが欲しい。そこで数値に現れない要因を解明して、差別化を図ろうと決定した。
インテグレート社の創業者は、神物である0号体を研究し、偽精体の基礎理論と基盤技術を確立した、カリスマ錬金術師の三賢者。業界の第一人者である彼らには、ロックの存在が開示されている。当然8号体との関係も知っていて、アンバーからの提案に一秒で了承を出す。それが現在の状況だ。
「えーっと、じゃあシエルはどうする? できれば専属になってくれると嬉しいんだけど」
「不安そうな目で見るのは、やめやがれです。あーしがラピスを立派に育ててやるです。安心して任せやがれです」
「ありがとうシエル。これからよろしくね!」
嬉しそうに破顔したロックが、シエルの手に自分の手を重ねる。
「だー、だー、だー」
そんな二人の手を、ラピスはペチペチと叩く。
――こうして三人は家族になった。
受付フロアに戻った主人公たち。
そこで繰り広げられる光景に来庁者たちが驚く。
次回もお楽しみに!
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週末は法事があるため、更新できるかちょっと怪しいです。




