EP:\0011\ラピスの魔力.txt
本日更新の2話目です。
お腹の奥まで響いてくる音に驚き、ラピスが泣き出してしまう。すると外から押し寄せてきていた、濃密な余剰魔力を全て押し戻す。ロックは手袋を外し、周囲に漂う魔力へ意識を向ける。
やっぱりラピスの魔力はちょっと違うな。他の人より抵抗なしに、自分の中へ溶け込んでいく。粘りつくような瘴魔とは大違いだ。そんな事を考えながら、必死に自分の方へ手を伸ばすラピスを抱き、頭を撫でながら魔力の奔流を収束させる。
「今の音は何なんですか」
「あれは力技で空間同士を繋げる時に使う、縮退魔力場の消失で発生した余波だよ。その過程で魔力バースト現象ってのがおきて、さっきの音と一緒に周囲へ魔力を撒き散らす。細かい仕組みについては秘術ってこともあって、俺もよく知らないんだけどね」
「誰がそんな危ねーことしやがったですか」
「シエルも知ってる人だから会いに行こう」
泣き止んだラピスを抱いたまま、ロックは玄関へ向かう。扉を開けると飛び込んでくる小柄な人影。
「遊びに来たよー、ロックちゃーん」
バターブロンドのサラサラヘアが肩まで伸び、髪の間からピョンと飛び出す長い耳。身長は百四十二センチしかなく、百七十一センチあるロックの肩と同じ高さ。甘えるように腕へ抱きつき、うりうりと顔を擦り付ける。
「いらっしゃい、シトリン姉さん」
「広場のクレーターが増えてやがるです」
ずっと不思議に思っていた広場のクレーターは、こうして出来ていたのか。臨界点を突破した魔力が、パリパリとスパークしている地面を見て、改めてとんでもない魔法だとシエルは実感した。
「あれ? ユイちゃんかと思ったら、違う子じゃん。確か復興庁にいる偽精体だよね」
「あーしはインテグレート製ゼオーン級のボディーに、第三世代486号体人工精霊を組み込んだ官公庁モデル。あい・よんはちろ――」
「シエルだよ」
「あー、ロックちゃんがいつも言ってる子か。よろしくね、シエルちゃん」
「どーしてどいつもこいつも、あーしを変な愛称で呼びやがるですか……」
エルフ族の英雄シトリンにもポケベル読みされ、シエルはがっくり肩を落とす。なにせ8号体である彼女に、ユイという名前をつけたのは、他ならぬロックだ。そんな彼がシエルと呼ぶなら、自分たちもそれに倣う。十年を超える付き合いの中で、そう習慣づけられているのである。
「ところでさっきから気になってるんだけど……」
そういえばまだシトリン姉さんに、ラピスを紹介してなかった。魔力の専門家でもある彼女に診てもらえば、もっと詳しい情報がわかるかもしれない。そんなことを思いながら、ロックは話の続きを待つ。
「今日のロックちゃんって、吸引力が弱くない? もしかして調子悪いの?」
「吸引力って……人のことを掃除機みたいに言わないでくださいよ。この子が持つ魔力と、俺の体質で上手くバランスが取れてるんです」
身長差がありすぎて見えなかったのだろうと、しゃがみ込んでからラピスを見せる。やっとその存在に気づいたシトリンは、スヤスヤ眠るラピスの顔をまじまじと覗き込む。
「うわっ、なにこの子。超かわいいんだけど!」
「今日、森の中で見つけたんですよ」
「ってことは星の異邦人だよね。ロックちゃんは荒野だったけど、この子は森の中かぁ……」
結成された頃の調査チームは、特別これといった目標はなく、とりあえずどこまで行けるか試してみよう、という軽いノリで瘴魔スポットを目指していた。
魔力強度が三百六十でチーム最小だった虎人族のオニキス。そして四百二十あった人族のアンバー。二人が耐えられない濃度になってきた時、赤ん坊がいると精霊族のスフェーンが感知。これ以上は危険水域なので、魔力強度が八百のシトリン、同じく六百四十のスフェーン、瘴魔の影響を受けない8号体で先へ進む。
微精霊たちの導きに従い奥を目指すと、どんどん瘴魔の影響が弱くなっていく。やがて無の領域となった地点で彼女たちは見た。赤ん坊の周囲にだけ草花が生い茂る不思議な場所を。
シトリンから話を聞き終えたシエルは、しゃがんだままのロックをニヤニヤと見下ろす。
「おめーは本当に、おもしれー体質してやがるです」
「ロックちゃんは怪我なんかすぐ治っちゃうし、病気とかしたことない健康優良児だもんね」
「おっ、俺のことは一旦置いといて、ラピスの魔力ってシトリン姉さんにはどう見えてます?」
「すごくきれい。私たちが使う魔力って、色みたいなものが付いてるんだけどさ、この子は無色透明といってもいい」
「瘴魔みたいに危険はないですよね?」
「誰かに悪影響を及ぼす可能性は絶対にない。それどころか瘴魔を浄化しちゃえるかもしれないよ」
「たとえ浄化できても、ラピスを危ねー場所には連れて行かせねーです」
「おぉっ!? なんかシエルちゃんって、ちょっとユイちゃんに似てるかも?」
ロックを見つけてからのユイは大きく変わっている。感情表現が豊かになり、微笑んだり怒ったりするようになったのだ。そして行動規範の基準がロック中心へと変化。更に子育てのため、自ら改良を希望した。後に一連の行為が行き過ぎてしまい、ちょっとした事件の発端になったのだが……
この時のロックたちは、同様の騒動が起きるなど知る由もない。
「あーしみたいなポンコツが英雄の一人と同じとか、ありえねーですよ」
「そうかなー。ロックちゃんと気が合うって部分を含め、共通点は多いと思うんだけど」
「一方的に絡まれて、いいめーわくしてるです」
「なんだかんだ言いつつ付き合ってくれるシエルには、すごく感謝してる。それより、立ち話もなんですから、リビングへ行きましょう。冷えた果物でジュースを作りますよ」
「やったー、ロックちゃん大好き!」
にこにこ顔のシトリンを連れ、全員でリビングへ。ラピスをシエルに預けたロックは、森で採集してきた果物を冷蔵庫から取り出し、皮を剥く。ミルクと氷、そして少しだけはちみつを加え、ミキサーで撹拌。グラスへ注いでシトリンに差し出す。
「シエルも飲む?」
「食べ物からの栄養補給は効率が良くねーですから、やめとくです」
一緒に楽しめないのは残念だけど、本人の意思を尊重しよう。無理に勧めるのを諦めたロックがソファーに腰を下ろすと、ラピスを抱いたシエルが隣りに座る。対面でそれを見ていたシトリンは、仲の良い夫婦みたいでいいなと、少しだけ羨ましくなってしまった。自分も六十四歳で青春真っ盛りなのだし、そろそろ恋の一つでもした方が、良いんじゃないだろうか。などと考えながら。
「それにしても、手袋を外したロックちゃんに抱かれても平気なんて、ラピスちゃんの内包魔力ってとんでもないね」
「シトリン様なら、どれくれー耐えられるです?」
「全力で吸われたら数分、手加減してくれても一時間くらいかな」
シトリンは定期的に大きな魔法を使い、溜まりすぎた魔力を発散している。転移魔法を使って遊びに来るのも、その一環だ。そして彼女は、ロックに魔力を吸い取ってもらう感触が、とても好きだった。通常の放出系魔法では得られない、体の奥底から抜けていく心地よさは、筆舌に尽くしがたい。
もしラピスが同じ感覚を味わっているのなら、とても親近感が湧く。だから自分に出来ることがあれば、なるべく協力しようと心に決めた。
「この子は泣くと魔力暴走を引き起こすんですけど、どうにかすることって出来ませんか」
「うーん……こればっかりは自分の意志で制御するしかないかな。今はロックちゃんの力で何とかしてあげるのが一番だよ」
「ちなみに放置しておくと、どうなりやがるです?」
「暴走した魔力圧で自己崩壊しちゃうか、体が耐えきれず爆発しちゃうの二択だね」
「そんな最後を迎えるなんて、あーしは認めねーです」
「もちろん俺も、可愛い娘をそんな目には遭わせないよ」
見つめ合う二人を見て、シトリンの脳裏に言葉が浮かぶ。
お前らもう結婚しちゃえよ、と。
「物心がついたら、私が魔力制御のノウハウを教えてあげるからね」
「ありがとう、シトリン姉さん。その時はよろしくお願いします」
シトリンはジュースを飲み終え、ロックの膝で吸魔を十分に堪能したしたあと、「今日はユイちゃんのところで泊まる」と告げ、飛翔魔法で去っていった。
その後姿を見送ったシエルがロックを睨む。
「さっきは有耶無耶になっちまいましたが、アビリティバブルの件、きっちり話を聞かせてもらうです」
「あっ、はい。わかりました」
しまった!
シトリン姉さんにも加わってもらえたら、説明が楽だったのに!!
後悔するロックだったが、もう後の祭りである。
縮退魔力場や魔力バースト現象とか、適当にでっち上げてます。
サイエンス・ファンタジー〝風〟の作品なので!
次回で第1章が一区切り。
章分けはしませんが、第一部完みたいな感じになります。
早めに起きられたら朝の投稿になるかも……




