(2)
アリスとイリスが着席すると、屋敷の侍女たちが次々にお菓子を運んできた。テーブルの上が、あっという間に色とりどりの焼き菓子でいっぱいになる。
(美味しそう……だけど……)
吹雪に見舞われて以降、なんだか食が細くなってしまった。
アリスは、用意された紅茶を一口飲む。イリスはそんなアリスの様子を不思議そうに見つめた。
「アリス様。先ほどからあまり食が進んでいないようですが、食欲がないのですか?」
イリスからの指摘に、アリスはハッとする。
「そういえばそうね。いつもならもっともりもり食べるのにどうしたの?」
アメリアもアリスに視線を向け、目を瞬く。
「そんなことないわ。とても美味しくいただいております」
アリスはにこっと笑い、ちょうど目の前のトレーに置かれていたクッキーをつまむ。おそらく、体調を崩した影響であまり食事を摂れなかったので食が細くなってしまったのだが、それを言うと二人を心配させてしまうだろう。
「本当に? あっ」
アメリアはハッとしたように口元に手を当てる。
「……アリス様。もしかしてご懐妊?」
思わぬ問いに、アリスは思わずゲホゲホと咳き込む。
「アリス様、大丈夫ですか?」
アメリアは慌てたようにアリスの背中をさすった。
「申し訳ございません。突然、懐妊などと言われたので、びっくりしてしまって」
「あら。でも、アリス様はお若いし、いつご懐妊してもおかしくないのではなくて?」
「それはそうなのですが……こればっかりは、授かりものですので」
アリスは曖昧に笑う。
ウィルフリッドとは未だに白い結婚のままだ。彼は頻繁にアリスにキスをするようになったが、それ以上は触れようとしない。だからアリスは、きっと自分は女性としては見られないのだろうと思った。
(子供か)
どうしても初夜に『子は望むな』と言われたことを思い出してしまうし、そもそもそういう行為をしていないのだから子供などできるはずもない。けれど、アリスの中でいつかウィルフリッドの子供を産みたいという気持ちは日に日に強くなる。
(もしもわたくしが妊娠したら、ウィルフリッド様は喜んでくださるかしら?)
叶うことなら、喜んでほしい。そして、『おめでとう』と言ってほしい。
そのためには今より関係を一歩進めなければならないわけだが──。
「陛下とアリス様は随分と仲がよろしいのですね」
アリスの様子をじっと見つめていたイリスが言う。
「え? ありがとうございます」
アリスははにかむ。
「それはそうよ。こんなに可愛い妻ができて、溺愛しないほうがおかしいわ! ねえ最近、デートは行った?」
アメリアが身を取り出し、アリスに尋ねる。
「わたくしが寒がりなのであまり。でも、今度のお休みの日に樹氷を見せて下さるって約束しているんです」
アリスは少し照れながらも答える。
「樹氷? どちらのです?」
そう尋ねてきたのはイリスだ。
「どこなのかは聞いておりません。ただ、連れて行ってくださると約束しているだけです」
樹氷とは、木に霧や雲がぶつかることで細かな氷として付着し、まるで雪の木のように見えることを言うそうだ。アリスは一度も見たことがないので、とても楽しみにしている。
「まあ、そうなのですね。陛下が連れて行ってくださるなら、さぞかし美しい樹氷が見られるのでしょうね。是非行き先がわかったら教えてください」
「はい、もちろんです」
返事をしながらも、アリスは不思議に思う。
行ってから、どこに行ったか、そこの樹氷が実際どうだったかを教えるならまだしも、行く前に行先を教えてほしいというのはあまり聞かない。
(よっぽど早く行きたいのね)
樹氷とはそれほどまでに美しいものなのだろうか。ウィルフリッドと行くのが、ますます楽しみになった。




