(3)
その後もアリス達は会話を楽しむ。楽しい時間が経つのがあっという間だ。
「──どの部屋だったかしら?」
アリスは廊下を歩きながら、等間隔に並ぶドアを眺める。
お茶ばかり飲んでいたのでお手洗いを借りたいと思い席を立ったのがつい先ほどのこと。行きはメイドに案内してもらったのだが、帰りは自分で戻れるからと先に帰してしまった。
ところがだ。ノートン公爵家の造りは、思った以上に難しかった。構造自体は一本の廊下の片側にドアが並んでいるだけなので単純なのだが、どれも同じような見た目なのでどれがサロンにつながるドアなのかがわからない。
(誰か、メイドでも──)
その周囲を見回す。こんな時に限って、人っ子ひとりいない。
(仕方がないわね)
多分この部屋だった気がする、というアタリをつけて、アリスはそっとドアを開ける。
「あ、違った……」
そこは、書斎のような部屋だった。壁際には本がずらりと並び、中央にはテーブルが置いてある。部屋には誰もおらず、シーンとしている。
アリスは慌ててドアを閉めようとする。その時、部屋の一番端にある棚がふと目に入った。下は観音開きの物入れ、これはガラス扉になっているその棚には、何本かのボトルが置かれていた。おそらく、酒だろう。そして、同じ棚に緑色のラベルが貼られた茶色い小さな瓶もあるのが見えた。
(あら?)
その瓶にどこか見覚えがあり、アリスは首を傾げる。
(あれって確か、ビクルス国のハーレムで出回っていた催淫剤じゃないかしら?)
ビクルス国のハーレムではルシアが絶対的な寵妃だったが、クリスはごく稀に他の妃の元に通うことがあった。妃たちはそのチャンスを利用してなんとしても身籠ろうと、催淫剤が出回っていたのだ。
(でも、あの催淫剤は──)
とても強力な効き目を発揮すると評判だったが、用量を間違えると数時間後に意識の混濁や判断力の低下、最悪の場合は死に至ることもある危険なものだ。ハーレムでの使用が禁止されていたが、効果がてきめんなため、密かに入手して利用する者が後を絶たなかった。
イリスはルシアの妹なので、もしかしたら姉からその存在を聞いて入手したのかもしれない。
(危ない薬だからあんまり使いすぎないほうがいいですよって伝えたほうがいいけど──)
きっと夫婦生活で使用しているのだろうが、他人のプライベートな部分に意図せず踏み込んでしまい、気まずい。それに、貴族は男女問わず愛人を持って火遊びを楽しむ人も多いので、万が一愛人と楽しむためのものだった場合、下手に話すと夫婦不和の原因を作ってしまう。
(……ウィルフリッド様にご相談ね)
とりあえず、今は見なかったことにしてやり過ごそう。アリスはそう決めるとそっとドアを閉じ、隣の部屋──こんどこそ先ほどまでいたお茶会の会場へ戻っていったのだった。
◇ ◇ ◇
何度考え直しても、違和感が拭えない。ウィルフリッドはもう何回読み返したか分からないぐらい読み込んだ、アリスが吹雪に見舞われた事件の報告書を読み返していた。
(あのときと、似ている)
気温の寒暖差はあるものの、アリスが吹雪に見舞われた一件はウィルフリッドの父と兄が吹雪で亡くなったあの忌まわしい事件と、状況が酷似していた。
さらに解せないのは、ウィルフリッドがアリスを助けに行ったとき、一旦収まった吹雪がまた猛烈に吹き荒れたことだ。まるで、アリスとウィルフリッドを狙い撃ちしてるかのように。
こんなことをできるのは、異能を持っている者だけだ。そして、今現在異能を持っている者はウィルフリッドしかいない。
(また俺が異能を暴走させたのか? いや、そんなはずはない)
十三年前とは違い、ウィルフレッドは自分の意思に合わせて異能の力を操ることができるようになっている。
アリスが吹雪に襲われたとき、ウィルフリッドは王宮で会議中だった。特に精神的に動揺していたわけでもなければ、体調に異常があったわけでもない。だから、絶対に暴走などさせていないと断言できる。
(となると、考えられるのはやはり──)
頭を抱えたそのとき、「ウィルフリッド様!」と愛らしい呼び声がした。お茶会に出かけていたアリスが帰ってきたのだ。




