24・仮面舞踏会②
曲が終わってしまっても、レオナルドはキアラの手を離さなかった。当たり前のようにエスコートをされるから、キアラも当たり前のように付いて行く。連れて行かれた先は、パーティーの合間に休憩する為の部屋だった。きっと、最上級の者だけが使うことを許された場所だった。
「ダンスとっても素敵だったわぁ、さすがねキアラちゃん!」
「本当に素晴らしかった。いやあ、我が弟ながら見る目がある」
「(どうせ、そんなことだろうと思ったんですよ)お目にかかれて光栄でございます」
「…ねえ、ごめんなさい。さすがに寂しいから止めて?」
「そのような訳には」
「キアラ、今更だよ」
「(あ、すごく腹が立つ)」
「もう、レオナルドくん! そういうこと言うから、キアラちゃんが怒っちゃうんでしょ!?」
「すみません、義姉さん。つい癖で」
その部屋にはレオナルドの兄と兄の妻がいた。上品なドレスに身を包んだその女性はキアラのよく知る人だった。三人がもう仮面を外してしまって、家族特有の雰囲気を醸し出す中、キアラだけは仮面を着けたままで少し離れた所で立っていた。
「キ、キアラちゃん…そんな、懐く前の子猫みたいな距離感で…」
「まさか、礼節を保つ最善の距離でございます」
「アルジェント王国の人はそこらへん厳しいなあ。うちはそのあたりすごく緩いから慣れていってね」
「貴方、止めて下さい。ややこしくなるから、黙っていて」
「全くです。兄さんは少し黙っていて下さい」
「み、味方がいない…」
高貴な人々とは思えない程の所帯じみた会話であったが、キアラだけは表情を緩ませなかった。
「キアラ、とりあえず座って。大事な話があるから」
「その前に、一つだけよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「いえ、レオナルド様ではなく」
「では私ね、いいわ」
「ありがとうございます。貴女様が以前仰っておられた、自己責任とはそのことでしょうか」
「…そうです、これが私の自己責任だわ。聞いてくれるのならば改めてお話しましょう?」
「ええ、是非」
求めていた返答が貰え、やっとキアラは決心をつけた。諦めたといっても過言ではなかったが、それでも納得をして仮面を外し二人掛けのソファに座るレオナルドの横に腰かけた。
―――
“大事な話”はあそこに連れて行かれた時点で、いや、レオナルドが国章を腕に着けていた時点で大体察していたことであったから、キアラは特別驚きはしなかった。要するにレオナルドとの結婚はもう確定事項であって、キアラの実家にも生国にも話は通っているという内容だった。
「(そういえば、エルドラド王国の王弟は庶子であるが為に政治参加はほぼしないと聞いたことがあります。…こういうことだったんですね)」
馬車に揺られながらぼんやりと窓の外を眺めるキアラに先程からレオナルドが何やら話しかけているが、彼女はその一切を無視して考え事に専念していた。
「(途中から普通の平民ではないだろうとは思っていましたが、それでも大富豪の息子とか、せめて高位貴族であってもそこの次男とか三男とかそのへんかと。…読みが甘かった、もっと情報を集めないといけなかったのに。実家では黙っていても誰かが情報をくれていましたからね。実家を出てから初めて分かる甘えであったわ…)」
貴族であることを辞める為に訪れたエルドラド王国で、まさか情報戦に巻き込まれていたなどと知るよしもなかった。それが最大の敗因だ、キアラはレオナルドを甘く見すぎていた。
「(けれどまさか、自身の所属するギルドのギルドマスターが王弟だなんて誰が想像したでしょう。しかも王妃が同僚なんて、この国は頭がおかしい。…国王自ら、それも一人でギルドに来ていたこともありましたね)」
エルドラド王国では、これらはほとんど公然の秘密であるらしい。知らない者もいるけれど、知っている者もいる。狩猟ギルド内でもアウロラや若いギルドメンバーは知らないが、古参メンバーは知っている人が多いそうだ。更にレオナルドは狩猟ギルドのギルドマスターではあるが、本来は王国内全てのギルド統括までが彼の仕事であるらしい。
「(ギルド登録は偽名でも良い、そして身元を調べるのは法律違反。しかし危険性があると判断されれば王族の権限で調査可能…。確かに上手くできています。本来王弟が自らやるようなことではなさそうですが、最上級の権力者が直接指示するのなら許可待ちもないですね)」
キアラは昔から集中すると周りが見えなくなるタイプであった。弓を触っている時はそれが顕著であるが、考え込む時だってそうだった。緩やかに揺れる窓枠に頬杖をつきながら、ずっと黙って外を見ている。レオナルドも話しかけるのを止めて、その横顔をじっと見つめた。
「(弓を引いて、平民として暮らすためにこの国に来たのに。恋愛も結婚も、もうしなくてもいいって、そういう身分になったのに)」
生国での貴族生活はキアラには合わなかった。真似ることはできた、そういう風に振舞うことだってできた。それを家族が望んでいることも知っていた。それでも嫌なものは嫌だった。もしかすると元婚約者殿がああでなくとも、キアラはいつかあの国を飛び出していたのかもしれない。
「(そもそも、まず最初に恋をしてしまったわたくしが悪いのだわ。…でも、初めはレオナルド様だって、何の興味もないみたいに言っていた癖に)」
馬車が止まり、やっとキアラは顔を上げた。レオナルドの館に到着したのである。
「キアラ」
躊躇いがちに差し出された手を、キアラは数秒間じいっと見つめた。レオナルドもさすがに冷や汗をかいたが、手を引っ込める訳にはいかなかった。
「アリーチェさんが言うには、恋愛って自己責任なんですって」
「…自己責任?」
「ですって。…仕方がないですね、好きになってしまったから。貴方ももう少し普通の人を好きになれば良かったのに」
「私は、仕方がないことなんて思わないな」
「きゃ…!」
キアラがやっと手をとると、レオナルドはそれをぐいと引っ張った。そのまま抱きとめられてしまうが、やはり魔法使いらしからぬ力で抜け出すことができない。
「仕方がないなんて、何か悪いことみたいじゃないか。私はキアラを愛したことを後悔なんてしない。…手段が強引だったことは、多少、悪かったと思うけど。君が、あんまりにも逃げようとするから、どうしても止めなきゃって必死で」
「レオナルド様…」
「好きだよ、好きだ。愛している。お願いだからずっとここにいて、どこにも行かないで傍にいて。君が望むなら何通でも手紙を書くよ、花だって沢山用意する。ドレスだってそれが気に入ったなら、そういうのをいくらだって」
「レオナルド様!」
抱きとめられた不安定な姿勢からキアラはレオナルドの口を手のひらで殴打した。
「…いたい」
「しつこいからです。…あんまりにも急だったからまだ覚悟がしきれませんが、さすがにわたくしもここから駄々をこねようとは思っていません」
「え。…え? それって、結婚してくれるってこと…?」
「しなくちゃ、しょうがないじゃないですか。…それともしなくて良いんですか」
「駄目だよ! して! 一日に何時間弓を触っていても良いから!」
「ふ、ふふ。分かりました、いいですよ。結婚して差し上げます」
身元もバレていて、しかも王族からの結婚の申し込みである。いかに出て行った娘であるとはいえ、キアラはモルゲンロート侯爵家の人間だ。ここまでやられてしまっては、初めから断れる道理はない。国交の妨げになれば両国の民に被害が及ぶし、実家にだって今まで以上に迷惑がかかる。迷惑どころかお取り潰しになったとて不思議ではない。
憤っていい状況でもあり、けれど自業自得でもある。キアラはやっと諦めと、決心をつけた。覚悟はおいおいついてくるだろう、どうあったとてせねばならぬのだ。
何よりあまりにもレオナルドが必死であったから、キアラは何だか悩んでいた諸々のことが少しだけどうでもよくなってしまった。弓以外のことに関しては解決は一つもしていない、けれど結局はキアラの心の持ちよう一つなのだ。
あれだけ嫌だった貴族らしい振舞いだって、このおかしな国でならばどうにでもなりそうな気がしてきた。何せ王族が平民を装っているし、国王は伴も付けずに出歩くし、王妃はクエストに参加するし、王弟はギルドマスターなんてしているのだ。
「本当に!?」
「嘘でいいのなら、それで」
「駄目だって! ああ、キアラ!」
「う」
レオナルドが力いっぱいに抱きしめたので、冗談ではなくキアラのどこかの骨がみしりと鳴った。
「だから、魔法使いの癖に、力が…強いんですよ…!」
「ご、ごめん…。嬉しくて、つい…。…結婚式いつにする?」
「それはまず、議会にかけましょうね」
「明日でもいいと思うんだ」
「駄目ですよ? 王弟って自覚ございます?」
「私は庶子であるし、別に」
「駄目! ですよ! 大体、アルジェント王国からも来賓を呼ばねばならないでしょう!?」
「明日でもいいと思うんだ」
「待って下さい、今はちゃんと会話して」
あんまりであったから、キアラは言い聞かせるようにレオナルドの頬を両手でぎゅっと掴んだ。
「だって、今すぐにでも君を正式に妻にしておきたい」
「…ともかく、降りましょう。皆さん困ってらっしゃいます」
「手を繋いでいてもいい?」
急にレオナルドがしおらしくなるものだから、一周回って帰って来た羞恥が今更ながらキアラを苦しめる。嫌だと叫びたいのをどうにか堪えて、震える唇を開いた。
「い、いいですから、お部屋でちゃんとお話を」
「ねえ」
「っ、何ですか」
「顔がまた真っ赤になってるよ」
「…近いんですよ」
「可愛い、ねえ、キアラ」
「もうっ、何なんですか…!」
「こっちを向いて、キスがしたい」
「て」
「ん?」
「手が早い!」
ばちん! と、低すぎず高すぎない音が響いた。
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