25・これから
普段寄り付かない名目上の実家で、レオナルドはにこやかに書類仕事をしていた。それを手伝う文官や貴族たちは、天変地異の前触れではないかと本気で怖がっている。レオナルドはそれくらいには実家が好きでなかった。処理せねばならない国務があったとしても、ギルドや自分の館でやる徹底ぶりだ。レオナルドが実家に訪れるのは兄が呼びつけた時だけで、彼に与えられた部屋はいつだって無人であった。
「レオナルド、調子がよさそうだな」
「これは兄上、お迎えもしませんで」
「本当に機嫌がよさそうだ。ああ、もうほとんど終わっているじゃないか」
「これが終わったら今日はキアラとデートなんだ」
「ああ、アリーチェとセバスがはしゃいでいたよ。楽しんでおいで」
「ありがとう」
最後の一枚を書き終え、レオナルドはふと兄を見た。
「兄さん」
「何だ?」
「義姉さんと初めてキスした時ってどういう風にいった?」
「待て、落ち着け。何がどうした」
「まだ駄目らしくて、あんなさあ、あんな、あんな顔しておいて」
「私もアリーチェによくデリカシーがないと叱られるが、そんな私でも分かるぞ。それ以上はいけない」
「男兄弟だろう、そのへんは見逃してよ」
「そうは言ってもなあ…。アルジェント王国はそのあたりが厳しいらしいから、結婚するまでは駄目なんじゃないか?」
「結婚式、明日じゃ駄目かなあ…」
「気持ちは分かる」
机に突っ伏してしまった親子ほどに歳の離れた弟の肩を、国王はぽんぽんと叩いた。見つけ出した時から有能で年相応に見えなかった頼もしい少年が、こうしてたまに素直に甘えてくるようになるまでは長かった。
「が、後一歩の所で気を緩めてはいけない。獲物は仕留めきってから調理するものだ」
「まあ、それもそうか」
「話は変わるが、結婚後は国政に正式に関わるのか?」
「私ではなく、キアラを引き込みたいのでしょう。であれば、私も参加しますよ」
「キアラさんに関しては仕方がないだろう。アルジェント王国の現国王ともそう遠くない血縁者であるし、遊ばせておく方が危ない。それとは別でお前もそろそろちゃんとしなさい、うちは家族が少ないんだからな」
「…うちに血縁者が少ないのは兄さんが」
「ちゃんとしなさい。そろそろギルドマスターの引継ぎも」
「いやあ、それがまだ育ちきってなくて」
「ジュードとかいるだろう」
「彼は彼で領地経営が忙しいんですよ。兄さんが説得してくれるなら私は構いませんが」
「ううん」
今よりも若かった国王がギルド制度を立ち上げた時、身分を隠して複数の貴族たちが国王の目と耳としてそれぞれのギルドへ所属した。狩猟ギルドの古参であるジュードもその一人で、本来ならば自身の領地経営に専念すべき人だった。
レオナルドがギルドを任せてもいいと思っている人は他にもいたが、今はまだ現場の地位を捨てる気はない。自身の息抜きにも必要であったし、何よりキアラがクエストに出たいようであるのだ。婚約が決まってからはギルドに行きたいとは言ってこないが、誘うとすごく嬉しそうに付いて来て高難易度クエストを幾つかこなしてくる。キアラの腕前に不足はないから、特に心配もない。それよりも彼女が嬉しそうにしていることがレオナルドには重要だった。まだまだ退く気はない。
「それに、私がギルドマスターでなくなったら義姉さんも困るでしょう」
「…」
「束縛男」
「お前には言われたくない」
「たまの息抜きも認めない男は嫌われますよ」
「だから禁止はしていないだろう」
アリーチェは元々、貧乏な男爵家の長女だった。貴族として生きるには先立つものが少なすぎたのでほとんど平民と同じように育ち、狩猟ギルドに加入して日々を生きていた。それを国王が見初めてしまって、反対を押し切り王妃にしてしまったのだ。レオナルドが首都に来る前だったのでよくは知らないが、当時は素晴らしい混乱具合であったそうだ。その混乱に乗じて国王が必要のない人々を綺麗にしてしまったのは、有名な話である。
そうであるからアリーチェはそれはもう苦労に苦労を重ねていた。王妃どころか、貴族としての教養もそうなかったから毎日毎日長時間の勉強にあけくれたらしい。そんな彼女の息抜きがギルドだった。勤労を尊ぶお国柄といえども、王妃が身分を隠してギルドに出入りするなんてことは前代未聞だ。国王でさえも思うところは多分にあったが、彼女からギルドを取り上げてしまうことはそれ以上に危険でもあった。
「義姉さんはあれでいいんですよ。連れて行って貰えないからといって我儘を言わないで下さい」
「…私だって一緒に行きたい!」
「ギルド統括として許可しません」
「この石頭め!」
「そろそろ時間なので、もう行きますね」
レオナルドは爽やかに微笑んで席を立った。
「レオナルド」
「何?」
「束縛も嫌われるかもしれんが、がっつく男はもっと嫌われるからな」
「ご心配なく。我々は相思相愛なので」
「はは、仲良くな」
機嫌良さげに出て行く弟の背中を見送りながら、国王は満足そうに笑った。
早くに王妃を亡くした前国王の老いらくの恋の相手を、好奇心のままに探した所から始まったことであった。身籠っていたことを黙って出て行ったらしい彼女が残したご落胤は、間違えようもないほどに自身と父に似ていた。王家の血筋に現れる痣もくっきりと背中に浮かんでいる少年は、何も信じていないような目をして、しかしそれを隠すのが上手かった。そんな風であった弟というよりは息子ほどに歳の離れた彼が、心から愛する人ができたことが国王はただただ嬉しかった。
レオナルドが迎えに行くと、キアラは今回も散々にアリーチェと仕立屋のセバスのおもちゃにされているようだった。
「キアラちゃん、ほんと、何でも似合うから、ほんとに楽しい…!」
「全くです、本当に、全くです…!」
「…」
「疲れちゃった? 疲れたよね、ごめんね。後これだけ、このネックレスだけ着けたら終わりだから!」
「他にも色々と試したいんです…。また近いうちにいらして下さい…!」
「ええ、ああ、はい…」
「頑張って! 今からデートでしょう!?」
「…帰りたい」
「今日は帰りに弓の買い付けに行くのに?」
「行きます! ア゙! 今日も顔が良い!」
「朝も見ただろう、落ち着いて」
着せ替え人形にされてぐったりとしていたキアラは、いつの間にか現れたレオナルドのひと言で飛び起きた。
「あら、お仕事は終わり?」
「ええ、キアラの相手をして下さり、ありがとうございました。キアラ行こう」
「はい、では失礼致します」
「また来てね」
挨拶を簡単に済ませて二人は城を後にした。
―――
街に繰り出してしまえば、二人は未だギルドマスターとギルドメンバーで通る。彼らの正体を知らない人もいるけれど、やはり知っている人は知っていて黙って見逃してくれていた。そもそもエルドラド王国は昔からそういった風習があった。高位貴族がふらふらと城下を歩いていることもあるようだ。勿論その場合は護衛が付いていたり防衛魔法がかけられているらしいが、そうであってもキアラの生国では考えられないことだった。
王弟殿下と婚約することになったキアラは、しかしそもそもの教養が高かったので特に教育の必要がなかった。学生時代からエルドラド王国についてよく調べていたこともあり、歴史にも法律にも造詣が深かった。既に三年間暮らしていたこともあり、文化や風習にも多少の知識はある。しかもアルジェント王国はエルドラド王国よりもずっと厳格な国風で、貴族としてのなんたるかは、いっそ国王よりも詳しかった。
臣下たちはもろ手を挙げてこの婚約を喜んだ。いつまでも相手を決めずにふらふらとしていた王弟殿下が連れて来た相手が、【鷹の目】を持つ優秀な弓士であり、隣国の高位貴族でもあったなどと空から金塊が降ってきたような幸運であった。
エルドラド王国は勤勉を尊ぶ。他の国と違い、貴族たちは与えられた領地をのんびり経営していればいいなんてことはない。ギルドに加入し腕を磨くも良し、商売を始めるのも良し、物を書くのも舞台に立つも良し。領地経営と国政参入が一番の責務である為、限度はある。忙しく動き回ればよいという訳でもない。しかしエルドラド王国の貴族はもう一芸、何かしらの側面が求められた。キアラは見事、それに当てはまった。
「弓はあれだけでよかったの?」
花が溢れている庭園の東屋で優雅にコーヒーを飲みながらレオナルドがそう聞いたので、その向かいで焼き菓子を食べていたキアラは呆れたように彼を見た。
「よかったのって…本日だけで三本は購入して頂きましたが」
「そんなに高くない似たようなやつを三本ね」
「似てないですからね、全然違うんですからね。語りだすときりがないですから止めますが、全く違う物ですからね」
「もっと高いのでもいいのに」
「金額が全てではないんですよ」
「分かるような、分からないような」
どこにでもいるような恋人たちのように指を絡めて、往来を歩くのが最近のレオナルドのお気に入りである。ギルドマスターであるレオナルドと弓士であるキアラしか知らない市井の人々が「やっとくっついたか」などと冷やかしてくるので、キアラは本当はその手を振りほどきたかった。
けれどレオナルドがあんまりにも嬉しそうにするものだからそうもいかない。必然的に距離が縮まるのだって、まあ、エスコートの距離だと思えば恥ずかしいけれど我慢もできた。我慢はできるが、やはりどうしても恥ずかしいので二人で出かける時間は短い。今日だって本当は弓を買った後にレオナルドが散歩でもと言ったが、どうにか言いくるめて帰って来たのだ。
「弓に限らず他の色々な…家具とかは? 必要な物とか、キアラは何も言わないな。…商人ギルドのギルドマスターに来て貰う?」
「逆にお聞きしますが。わたくしの部屋にあれ以上何が必要なのですか?」
キアラは今、レオナルドの館に住んでいる。あの仮面舞踏会の翌日にはキアラの家は既に引き払われていた。あまりの手際の良さにキアラは恐れを抱いたが、何もかもが今更であるので諦めるしかなかった。
「あの部屋は私が用意したものだろう。君の好きなように変えたらいい」
「あの部屋が気に入っておりますので」
「じゃあ、服とか宝石とかさ」
「どちらも、もう大量にありますよね」
「君に金をかけたい」
「必要のない支出はお控え下さい」
「最重要経費なんだが」
ふとレオナルドが立ち上がり、キアラの隣に腰かける。背筋を伸ばしたままキアラは一瞬固まって、しかし何でもないように微笑んだ。エスコートは諦めているが、未だに距離を詰められるのは苦手だ。
婚約をしてからこちら、レオナルドのスキンシップにキアラはずっと悩まされている。キアラの生国でだって、婚約者同士が仲睦まじくしていることはそこまで珍しくはなかったが、ついこの間成立したような婚約関係であるのだからもう少し適度な距離感を保って欲しい。文句は言わない、言えないといった方が正しい。
キアラの生国では考えられないことであったが、エルドラド王国では婚前交渉もある程度 認められている上に結婚式よりも先に子どもができたとて、それはそれは喜ばれるらしい。感性と文化がそもそも違うのである。そこに嫁ごうというのであるから、キアラの方が考えを改めねばならないのだ。
「嫌だ?」
キアラが膝の上で握った拳を覆いながらレオナルドがそう言う。
「嫌、では」
「嫌なら嫌と言ってくれていいんだ。…正直、今すぐ君を私の寝室に招待したいと思っているけど、君がそれを望んでいないことくらいは分かっている。結婚式まではまだ時間はあるし、それまでに決心してくれれば嬉しいけど、それだって難しいなら無理は言わない」
「…それは」
何も、腹違いの兄にがっつく男は嫌われると言われたからではない。レオナルドが以前から少し思っていたことだった。男女で肉欲に対する違いがあったとして、口づけさえも嫌がられるものだろうか。もしかするとキアラはそういった意味で、レオナルドのことを好きでないのかもしれない。もっとこう、それこそ舞台俳優でも愛でる気分でそう言っていたのであれば。
「キアラに嫌われる方が余程怖い。君は本当に私の思い通りにならないから、そこが好きだけれどいつかどこかへ逃げて行ってしまいそうで、私はそれが」
「わたくしのレオナルド様へ対する想いをちょっと甘く見ていらっしゃいません?」
「うん、君はそういう人だよね。結構真面目な話をしていたんだけどな」
レオナルドは残念なものでも見るような視線をキアラに向けたが、キアラはキアラで眉間に皺を寄せながら応戦する。
「確かに未来のことは分かりません。ですがわたくしのことを、そんなに簡単に心変わりするような人間だと思っていらっしゃるんですか」
「でも貴族生活に逆戻りなのは嫌だっただろう?」
「否定はしませんが…。弓を続けてもいいのですし、アルジェント王国に比べればこの国はそこまででもありません。何よりわたくしが、貴方を嫌いになることが想像できません」
「いやそこは、まあ、うん。…いや」
「ふふ、でしょう?」
キアラは得意げに胸を張った。最近は何故か押され気味であるが、好きになったのはキアラが先だ。この想いを疑われる謂れなどないのである。そんな満足げなキアラの肩を抱きよせて、レオナルドは気付かれないように静かに彼女の香りを胸いっぱいに吸った。
「キアラは私のことが好きだからなあ…」
「ええ…。人を好きになるつもりはなかったのですけど」
「はは、相手が悪かったね。私だってそんなつもりはなかったさ。生涯独り身でもいいと思っていた。兄さんにはもうちゃんと子どももいるし」
「それは周りが許さなかったでしょう」
「そうでもないさ、私は所詮はご落胤というやつだ。後ろ盾もない上にあまり役に立ちすぎると火種にもなる」
考え方としては間違ってはいないが、そう簡単にはいかなかっただろうとキアラは思った。アルジェント王国よりは多少穏やかな気質を持つようであるが、貴族なんてどこに行こうと狡猾さを持ち合わせているものだ。
「あはは、兄さんにもたまにそういう目をされる。甘く見過ぎるなって、仕方がないだろう? 最下層ではなかったが平民でも下の部類の生まれだったんだ。未だにご貴族様たちのあれそれには疎くてね。本当はのらりくらりして城にあまり寄り付かないで、ずっとギルドだけをやっていこうと思っていたんだけど」
「わたくしと結婚となると、そうは」
「うん、でもさ、君が良いんだ」
レオナルドは笑いながら、しかし真剣な目をしていた。
「キアラがアルジェント王国のご令嬢だっていうのは、初めのプロポーズの後に知ったんだけど」
「迂闊すぎませんか、お立場を分かっていらっしゃいます?」
「そう言わないでよ、あの時はもう口から出ちゃったから。あの後色々調べて、勉強だって沢山したんだ。どうしても君と結婚したかったから」
「その、お付き合いとかでは駄目だったんですか? いきなりプロポーズでしたが…」
「絶対に他に譲りたくなかったんだよ。私と結婚ってそういうことだろう?」
「…」
「そう引かないでよ、私だって自分の重さには多少驚いているんだから」
レオナルドはあの時、自身でも本当に驚いたのだ。キアラの言う通り、お付き合いでよかった筈だ。そういう風に遊ぶだけの女性なら今までだっていたのだから。しかしキアラはそれでは駄目だった。
自身の誘いは断る癖に他のそれならばすんなりと受けるこの悪女は上辺だけの付き合いなどしてしまえば、きっと一瞬で手元からすり抜けてしまう。ならば、結婚という契約で縛り付けてしまえばいい。王弟である自身との結婚であれば、国が彼女を逃がさない。
例え平民でも構わなかった。自身は平民として育ったし、母だって王城に勤めることができた地位だったらしいが、家を出た身であったから平民と変わらない。それでもごちゃごちゃ言うようであればどこかの養女にすれば良い。そんなことまでレオナルドは考えていた。
王族の権限でキアラの身元を調べ上げてからは別の問題が発生したが、どちらにせよ彼女を妻にするという目標に変わりはなかった。
「君が好きだよ、愛している。ずっと大事にするよ。…できればこういうことにも慣れていって欲しいな」
「う…」
レオナルドは肩を抱いていない方の手で、キアラの手をすくい口付けた。たったこれだけで顔を真っ赤にさせているのだから、先が思いやられる。お嬢様というのはこういうものなのだろうか、いや、キアラはエルドラド王国のお嬢様とは違うのでよく分からない。ともあれ、嫌われないなら何をしても良いということではない。レオナルドはゆっくり息を吸い込みながら衝動をどうにか抑えた。
「すみません、わたくし、こういったことは、その、あまり知らなくて…」
「いいんだ。さっきも言っただろう? 嫌なことは嫌だって言って」
小刻みに震えだすキアラが何だか哀れにも思えてくる。これはこれで可愛いのだけれどと思いつつ、レオナルドはぱっと手を離した。
「あ、嫌では、別に、あの。…ただ、恥ずかしくて、胸が苦しくて、それで」
キアラは侯爵令嬢であったから、手の甲に口付けを受けることだってエスコートされることだってあった。その時にはこんな風にはならなかった。自分で好きだ好きだと叫んでいる内は良いのだ。けれどレオナルドからこのように扱われると、どうしようもなく嬉しくて恥ずかしくて逃げ出してしまいたくなる。
さっきレオナルドはキアラに嫌わることを懸念していたが、キアラとていつまでもこんな風ではいつか呆れられてしまうだろうと危惧していた。寝室へは、結婚するまで行かないつもりではあったが、レオナルドが求めるのならばそうするべきなのかもしれない。そうであるのに、この程度で訳が分からなくなっていては。
「待って」
「え?」
「嫌じゃないの」
「え、はい、嫌ではありません」
「本当に?」
「…はい、あの、近い」
「キアラ」
「ひえ」
「誓って怖いことはしないから、少しだけ目を瞑って」
何故かレオナルドの目が血走っていたが、キアラは言われた通りに目を瞑った。
「(何で、ここで言うことをきくかな…)」
レオナルドは多少呆れつつも、そのままキアラに口付けた。驚いたキアラがのけぞろうとしたが、腕を掴んでさせなかった。
「~~~っ!」
「嫌じゃないんだよね」
「う、うう…」
「嫌じゃないっていうのは、こういうことだよキアラ。私は君とこういうことがしたい、でも強制はしたくない。“嫌だ”って言いづらいならせめて“嫌じゃない”なんて言うべきじゃない」
怒ったような強い口調でレオナルドがそう言うので、キアラは思わず涙をこぼしてしまった。泣くつもりも悲しくもなかったが、感情が高ぶって仕方ない。
「…ごめん、ちょっと頭を冷やしてくるよ。本当にごめん」
レオナルドの脳内で兄が「がっつく男は嫌われるぞ」と繰り返し叫ぶ。ここにいては駄目だ。十代の若造でもあるまいに、何をするか分からない自身をレオナルドは恐れた。急いで立ち去ろうとする彼の手を、今度はキアラが掴んだ。
「…キアラ、私は、君を傷つけたくはなくて」
「嫌じゃないです」
「あのね」
「嫌じゃないです!」
「…」
「驚いただけです。嫌じゃないの、本当に、あの」
「うん、驚かせてごめん。ゆっくり慣れていこう、もういきなりなんてしないから」
潤んだ瞳をそのままにほっとした表情をレオナルドに向けるキアラは、見ようによってはひどく扇情的だった。ごくりと喉をならしつつ、しかしレオナルドは様々なことを諦めた。恐らくこの諦めはこれからも一生付きまとうのだろうと覚悟した。
キアラはきっと生まれながらにしての悪女であるのだ。自身など彼女の無意識の手のひらの上でころころと転がされて、彼女の望むことしかできなくなってしまうのだ。まあ、いいだろう。それを自身以外にしないのであれば、それでいいとレオナルドは頷いた。
「キアラ」
「はい」
「愛している」
「…わたくしも、愛しています」
末永く幸せに暮らしました、とはならないかもしれない。けれど、二人はどうにか実った恋に酔いしれながら目を閉じた。山積みの課題も今は見てみぬふりをしてしまって、きっとどうにでもなるだろうと高を括りながら。実際どうにかなっていくのであるが、それはまた別のお話なのである。
読んで頂きありがとうございました!
これでおしまいです!本当は一昨日(21/8/21)終わらせるはずでしたが、ちょっとした体調不良で寝てました…。この時期の体調不良は症状が違っていても若干の怖さがありますね。皆様もご自愛ください。
※以下、作中に書かなかった設定たちの供養です。
国で一番怖いのは国王です。温和そうな顔しといてすぐに粛清とかする。したいのは大体し終わっているので今は大人しい。アリーチェのことが好き過ぎて子どもからも本人からも少し引かれている。レオナルドもそうなる予定。血は争えない。
キアラの家は本当はすぐにでもキアラを連れ戻すつもりでした。おじいちゃんが押さえつけていましたが、いつでも出られる姿勢だったし、なんならエルドラド王国にも何回か人をやって様子を見ていました。愛の方向や仕方が噛み合わなかっただけで、基本的には末っ子が可愛くて仕方なかった。キアラもそれは分かっていたので別に家族は嫌いではないです。
おじいちゃんはおじいちゃんで、レオナルドの存在を聞きつけると一番に動いていました。情報を流したのもおじいちゃん。婚約の流れがスムーズだったのも大体この人のせい。面白いことは大好きだけど、ちゃんと貴族している。孫娘は心配だし息子も嫁も可哀想だし上手いこと間をとりたかった。敵にまわしてはいけないタイプ。
ここまで読んで頂きありがとうございました!
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大変申し訳無いのですが、作者は文字でのコミュニケーションに不安がある為に、コメントには返信を致しておりません。ですがとても嬉しく思っております。本当にありがとうございました!




