23・仮面舞踏会①
『本気ですか』
『勿論、本気だよ。似合っている。…気に入っただろう?』
『とても、その、斬新だとは思いますが…』
『…似合っているよ、本当に』
『…』
『キアラ』
『分かりました、約束ですからね。…夜会には出ます』
キアラは仮面と扇の下に表情を隠しながら、夜会に出ると宣言したことを早くも後悔していた。
元婚約者殿の騒動が終わってすぐ、レオナルドはキアラにドレスを贈った。“本当に似合ってキアラが気に入るドレス”であれば、レオナルドの兄が招待状をくれた夜会に出席すると約束したそれだ。賭けはレオナルドの勝ちだった。
確かにキアラはその奇抜過ぎるドレスを気に入ってしまった。しかしそれはあまりにも奇抜過ぎた。気に入りはしたけれど、人前で着るには抵抗があった。キアラがそうやって躊躇してしまう程には奇抜なデザインだった。
「何て斬新なデザインなのかしら、こんなドレスは見たことがありません」
「ええ、わたくしも初めてですわ…」
苦笑いをどうにか隠しつつ、キアラはそう応えた。キアラのようなドレスを着ている人なんてどこにもいない。確かに斬新である、キアラもそう思った。上半身はレース使いが美しい普通のドレスなのだが、下半身がズボンなのである。“パンツスタイルドレス”というらしい。総レースのスカートのような飾りはあるが、前面が三角形になるように裂けているのでその役割を果たしはしない。
細工の一つ一つのどれをとっても美しく、苦しくもなく緩くもない。レースがふんだんに使われている割には、甘すぎて可愛すぎることもなく綺麗でフォーマルな印象だ。マントが無い分、もしかすると弓士の正装より動きやすいかもしれなかった。ぐうの音も出ないとはこのことで、キアラは完全にレオナルドに負けたのだ。
「本当にとても素敵です。どちらの仕立てですの?」
「贈って頂いた物ですので、存じ上げませんの。パートナーが戻りましたら、聞いてみますわ…」
「この夜会は初めてですね、美しい人。貴女のような気品ある振舞いをされる方がいれば見逃す筈がない」
「光栄ですわ…」
「どうか僕に、素晴らしいドレスで着飾った貴女をエスコートする栄誉を頂けませんか?」
「ここで待つよう言われておりますの…」
レオナルドに「兄を探してくるから待っていて、すぐ戻るよ」と言われたキアラは、目立たない隅の壁側で静かにしていた。あまりにも奇抜なドレスは気に入りはしたが、一人で立ち尽くすにはとても勇気が出なかった。
しかし入場の時から目を付けられていたらしく、初めに数名のご令嬢がキアラに近寄ってきた。キアラとて伊達に侯爵令嬢をやっていた訳ではない。嫌味を言われたとしても、小粋な返しくらいは心得ている。しかもここでの彼女は守らねばならない体面はないのだ。ただ顔の上半分を隠した仮面を着けていたとしても、この会場に来るような人が調べればキアラにたどり着くことだって可能であるだろうから程々にしようと決心した次の瞬間だった。
『初めまして、良い夜ですね』
『ええ、初めまして。本当に素晴らしい夜ですわ』
『失礼ながら、貴女が会場に入られた時から気になっておりまして』
『あの、そちらのドレス…』
来た、とキアラは身構えた。想定していたことであるから、返しだって幾通りか考えてはいる。さあ、どう来るのだとキアラは仮面の下で微笑んだ。
『とっても素晴らしいですわ!』
『え』
『初めて見る型で驚いてしまいましたが、入場された時からすごく素敵だと思って』
『まあ、はあ…』
『本日は仮面舞踏会ですもの。ある種の無礼講でもありますが、望まぬ詮索はしてはならぬと存じております。けれどあんまりにも美しいドレスだったものですから…少し、ほんの少しで良いので、近くで拝見してもよろしいでしょうか』
『ええと』
そう言って、まずご令嬢たちがキアラに近寄ってきた。初めは分かりにくい類の嫌味であろうかと警戒していたキアラであったが、彼女らは本当にキアラのドレスに興味があるようであった。最初に声をかけてきたご令嬢たちが満足して去っていくと、また別のご令嬢たちがやってきて、その繰り返しである。暫くすると男性陣までやって来たので、キアラはその都度対応をする羽目になった。
「それにしてもパートナーの方、遅くありません?」
「こんなにいつまでも女性を放って置くなんて…」
「まったくですわ」
「ご心配ありがとうございます。ですが親類を探しに行かれただけですので、もうすぐ戻るかと」
「しかしまだ戻る気配はございません。どうでしょう、気分転換に一曲」
「待ちたまえ、私の方が先に誘ったのだぞ」
「ダンスの相手をお決めになるのは、貴公ではないだろう。僕も立候補してよろしいでしょうか」
「もう戻りますので…」
キアラは少し、いや、とても疲れた。生国では積極的に社交をしてはいなかったが、必ず出席しなければならないものもあったので、それには勿論参加していた。元婚約者殿はあんな風であったし、キアラ自身にもよくない噂はまだあったが、彼女は侯爵家の娘であったからこうやってひっきりなしに話しかけられるのにも慣れてはいる。
実際、キアラはキアラが気付いていなかっただけで生国でもかなり人気があった。しかも元婚約者殿があんなであったから、一欠けらのチャンスを虎視眈々と狙っていた者だって少なからずいた。キアラはそんな人々を「物好き」と一蹴して相手にしなかっただけなのだ。
ただ、ここは生国ではない。夢にまで見たエルドラド王国である。変に目立ってレオナルドとの問題が解決する前に国外退去を命じられては堪らない。さて どうしたものかと吐き出したくなるため息を飲んで、キアラは口元を隠した。
「すまない、待たせたね」
「ああ、本当によく似合っている。彼も喜ぶよ」
「あ」
何の策もなく困り果てていたキアラを救ったのは、この状況を作りだした本人だった。レオナルドの兄もその後ろから付いてきている。
「いえ、皆様がお相手して下さいましたので」
「そう、良かった。皆、ありがとう」
「私からも礼を言うよ。初めて弟が連れて来た人だから今後もよろしく…。ああ、そうか、今日は皆 仮面をしていたな。忘れてくれ」
「ま、ええ、はい、いいえ…!」
レオナルドの兄がそう穏やかに話すと、場の空気が一気に凍り付いてしまった。仮面をしていようと、知っている人間であれば声や背格好で判断がつくからおそらく分かってしまったのだろう。
そして、キアラも気が付いた。バレるバレないの話ではなかった。彼らは腕に国章を着けていた。エルドラド王国の国章は王族の為の紋章でもあるので、それを着けられる血族は一つだけであるのだ。
キアラとて、薄々レオナルドが普通の平民でないことには気が付いてはいた。おかしい所はいくつもあった。けれど、これはないのではないだろうか。キアラは考えることを放棄した。ここまで来てしまっては、もうどうしようもないのだ。問い詰めるのも、対策を講じるのも今ではない。そもそも講じられる対策なんてあるのだろうか、なんてことも今は考えない。
にこりと笑いながら差し出されたレオナルドの手を払いのけたくなるのを必死に堪えつつ、キアラもにこりと笑いながらその手を取った。その顔のままレオナルドの兄に挨拶をする。
「本日はお招き頂き、ありがとうございます」
「喜んで貰えたのなら良かった。後で妻も連れてくるよ、着替えに時間がかかっていてね。探していたら悪いから先に一度来たのだけれど、もうそろそろだと思うから迎えに行ってくるよ」
「(すごく嫌な予感がする)まあ、楽しみですわ」
「ねえ折角だし、一曲踊ろう」
「(今すぐ帰りたい)ええ、是非」
レオナルドの兄と別れ固まったままの人々を置いて、二人はダンスホールに進む。
「(そういえば、ダンスなんて何年ぶりかしら)」
キアラはダンスが好きでもなければ嫌いでもなかった。父と踊る時は何度もやり直しをさせられるがその後には何故か必ずご褒美が貰えた。兄と踊った時は例え靴を踏んでも褒められた。元婚約者殿も不得意ではなかったので苦痛ではなかった。けれど好きになれなかったのは、ダンスの練習時間のせいで弓に触る時間が減るからだろう。家族も元婚約者殿もキアラがご令嬢の嗜みを習得していくのを喜んだが、キアラはちっとも楽しくはなかった。嫌いにならなかっただけ、ましだっただろう。
「久しぶりですの、足を踏んでしまったらごめんなさい」
「構わないさ、君と踊れるなら」
「まあ、お上手ですこと」
「本心だよ」
ゆったりと始まった音楽に合わせて二人が踊りだすと、会場の注目が集まる。キアラはもうどうにでもなってしまえと、レオナルドにもうほとんど体を預けた。どうあっても高鳴ってしまう胸の音には気付かないふりをして。
「(上手なのが、なんだか癪ですね…)」
「…」
「どうかなさいましたか」
「いや、うん。…お姫様みたいだなって」
「…本当にお上手ですこと」
「憧れるものだよ。お姫様とダンスなんて」
仮面で顔が隠れているにも関わらず、本当に喜んでいることが分かるくらいであったからさすがに茶化すことはできない。本心であるのだろうか、それともそういう駆け引きなのだろうか、貴族というものはそういう生き物である。そうでなければ生きてはいけないのだ。キアラとて、そうだった。そんなことを考えながら、それでも優雅に踊り続けることだってできる。
「お姫様が着るには、少し奇抜なドレスですけれど」
「これからはそれがスタンダードになるかもね」
ただ、ほんの少しだけそれが本心であったなら嬉しい、などと考えながら。
読んで頂きありがとうございました!
キアラのドレスはちょっと色々描写しましたが、結局はパンツスタイルウエディングドレスのイメージです。後はどんな感じでもお好きにご想像頂ければと思います。




