21・キアラの欲しかったもの
「(いえ、違う、わたくしは、恋愛も結婚もするつもりは)」
「それで、これを食べ終えたら明日の昼過ぎまで帰れないんだ」
「…え」
「聞いててよ」
「すみません」
「明日の夜会の準備を兄が手伝えと言うから、これを食べ終えたら明日の昼過ぎまで帰れないんだ」
「兄君は、ギルドの管轄をされていたのでは?」
「色々と手広くやっててね。私はあの人に逆らえないんだ、弟なんてそんなもんだよ」
「…私の二番目の兄は、逆によく一番目の兄におねだりしていました」
「おねだりか、確かに私もたまにするよ。今回は特によく手伝ってもらったし、頭が上がらないんだよなあ」
「兄弟仲がよろしいようで」
「ちゃんと、いてね」
レオナルドの視線がこちらに向けられたのは分かったが、キアラは顔を上げなかった。
「約束を忘れないでくれ、君は」
「ドレスですね、承知しております」
「…本当かなあ、疑わしいなあ」
「そうですね。真実は貴方が明日、お帰りになる時に分かるのではないでしょうか」
キアラは目を伏せたまま紅茶を口に含んだ。レオナルドが変わらず何か言いたげな視線を寄こしていたが、結局キアラは彼の方を見なかった。
「キアラ」
「はい」
「私は君が弓を引こうと、舞台に夢中になろうと、好きなことを好きなだけすればいいと思うし、そうやって好きなことをしている君が好きだよ」
「…はあ」
「はあ、じゃなくてちゃんと聞いて。私はキアラの元婚約者じゃない、そんなつまらない男じゃない。私のことを好きならちゃんと、君も私を見てよ。その他大勢って括りじゃなくてさ」
「…」
「私が明日、帰るまでちゃんといて。この家で私のことを待っていて」
「…待っていたとして、そのドレスが気に入るかは別ですよ」
「そこは心配していない、キアラは絶対に気に入るよ。…そういう物を作らせた」
「どこから来るんです、その自信」
「事実だからね」
レオナルドはそう言い残して、王城へ出かけていった。使用人たちは厳重に戸を閉めたが、狩猟ギルドの最上位ランクであるキアラであれば突破は可能だった。出て行くのであれば、夜の内がいいのだろう。使用人たちに責が行かないよう置手紙でもしていけばいい。それでもレオナルドが何か言ったとて、ここの使用人たちのレベルならばどこでだってやって行けるだろう。
…人のことなど気にしている場合ではないのだ。身勝手に自分本位に生きていくと決めて、生国を出てきたのだ。弓で生計をたてて、何にも縛られないで、誰にも後ろ指をさされることもないように。だから家を出たのだから。そうキアラは自身に言い聞かせた。なけなしの良心で頭がどうにかなりそうだった。
「キアラ様、お休みの前に何か飲まれますか?」
「いいえ、ありがとうございます。もう、休みますので」
「キアラ様」
「? はい」
「お休みの前に大変申し訳ございませんが、どうか、このばあやにお時間を少しだけ頂けませんでしょうか」
「…ええ、勿論。どうぞ」
「失礼致します」
老いた使用人はしかし背筋の伸びた人だった。恐らくこの家で長く勤めているだろうことは、キアラでなくとも分かっただろう。他の使用人たちを下がらせて、キアラに与えられた部屋で座って話をすることにした。
「わたくしは、レオナルド様が王都に来られてからこちら、ずっとお仕えしております」
「そうでしたか」
「あの方はずっと、女性に嫌悪と罪悪感を持っていらっしゃるよう見えました。」
「嫌悪と罪悪感ですか…?」
てっきり釘を刺しに来たのだろうと思ったその人は、昔話をしたいようだった。しかし嫌悪と罪悪感。女性不信でもあったのだろうか、けれどレオナルドの昔の“お遊び”の華やかさは聞かずとも耳に入ってきたのだが、とキアラは首を傾げた。
「早くにお母様を亡くされたからでしょうか。遊ぶことはなさっても、その中から特別な誰かをお選びになることはございませんでした」
「それが嫌悪と罪悪感ですか?」
「わたくしにはそう見えました。仕事で会う方などは別ですわ、けれどそういうお遊びをされるお相手には」
「さようですか」
キアラにはよく分からなかった。嫌悪しているのならば近寄らせなければいいし、罪悪感があるのなら優しくすればいい。そもそも、嫌悪と罪悪感は両立するものだろうか。しかし話が進まなさそうだったので、とりあえず頷いてみせた。
「それが、キアラ様だけは違ったのです。老婆心ながら嬉しくて嬉しくて、的場を作るなんて仰った日には驚いてしまいましたが、貴女様があれ程にご熱心でいらっしゃるなら納得ですわ」
「…嫌だとは思いませんか。貴女の仕えている方が、そんな人を女主人にしようとしているのですよ」
「何を厭うことがございましょう、このエルドラド王国は勤労を尊ぶお国柄。狩猟ギルドでも最上位ランクとお聞きしました、素晴らしい限りでございます」
「そう、ですか…」
否定されるとばかり思っていた問いへの返答は、キアラが今まで聞いたことのないものだった。否定はせずとも、多少詰まったりするものだ。しかし老いた使用人は本当に嬉しそうに「素晴らしい」と言った。彼女が余程の演技派でなければ、それはきっと本心である。
キアラは逆に返すべき言葉が見つからず、詰まってしまった。昔のように「お控えください」とか「自覚をもった行動を」とか、もしくは「まあ、その、悪いことではないと思いますよ、けど…」と濁されるとばかり考えていた。それに対する返答はいくつも持っていたのに。
そんな風に戸惑っているキアラを他所に、使用人は楽しそうにくすくすと笑った。
「後ですね、うふふ。あの方、昨日、キアラ様を部屋に案内した後に急いで庭師を呼んで庭の花がどうのって」
「花?」
「明日の朝、どうか庭をご覧になって下さい。本日の朝も庭師と一緒に花の市に行かれて、沢山の花と植木を買っていらっしゃったのです。今まで庭など見向きもなさいませんでしたのに」
キアラは、もしや。と思った。けれどまさか、そんな昨日の今日でそんなことをするなんて。
「いつもでしたら、この季節に咲く花はこの館の庭園にはございませんでした。青々と整えられていて、それも美しかったのですが。しかし明日の朝は、きっと朝露に濡れた美しい花々が沢山咲いておりますわ」
「花が」
「ばあやが沢山話してしまったことは、どうかご内密に。我らが主はまだまだ格好つけたいお年頃ですので、それからこちらを」
使用人は優しく微笑んで、飾り気のない白い封筒をキアラに手渡した。
「…手紙、ですね」
「レオナルド様からでございます。…長々と失礼致しました、おやすみなさいませ、キアラ様」
使用人が静かに出て行くのを確認して、キアラは封を開けた。
『 キアラへ
手紙なんて早々書かないから、書き出しでまずつまずいてしまったよ。本当ならこの辺りに時節の挨拶なんかをいれるのかな。初めてなんだから許してね。
君が欲しいと言ったので、書いてはみたけれど毎日会っている君に手紙を出すのはなんだかとても変な感じだ。わざわざ紙にしたためて渡さないといけないような報告もないし、ああいや、そうじゃなくて。
ようは何を書けばいいのか分からないって話だ。君に手紙を出すのが嫌だと言っている訳ではないよ。欲しいと言ってくれるなら、いくらでも書くさ。
ただ、そうだな。愛してるって書けばいい? 結婚してって書いたらしてくれる? どうしたら、私の想いを分かってくれる?
ああ、今日作ってくれたサンドイッチは美味しかったよ。(もしかして今日じゃないね)
ドレスもきっと気に入るよ。絶対に似合うしね。
明日はきっと書いている暇がないだろうから今日書いている。(これも日付がずれているね)
…やっぱり纏まりがないなあ。これさ、もう十回目なんだ。これ以上は封筒も紙もないからこれを今回は渡すよ。次も書くから、どうか受け取って。きっとましになっていると思うよ。
レオナルドより 』
読んで頂きありがとうございました!
手紙部分の改行が上手くいっているか、すごく不安です…。
有り難くもご指摘頂けましたので↑手紙部分の改行をいじりました。いけるかな…。
ご感想、ご指摘ありがとうございます! とても助かります!




