17・それが本気であるのなら
「ああうん、まあ悪くないね」
「あ、これ、氷牛ですね。最近出回っていなかったのに」
氷牛とはそれ自体は強力な個体ではないが、生息地が高難易度ダンジョンの最下層部にいるモンスターである。可食部が多く味わい深い脂身が有名な高級食材であるが、最近は出回っていなかった。
「冒険者ギルドがちゃんと機能しだしたからね。こういうのも流通するようになったんだよ」
「ああ、狩猟ギルドだけでは氷牛の所まで行きませんからね。…行っても良いんですが」
「キアラのレベルが後五人くらい常時揃うようになったら、許可は出すよ」
キアラだけであるのならば、高難易度ダンジョンの最下層部くらい難なく行って帰ってくることができる。それは紛れもない事実であるのだ。しかし問題はその後である。一人では氷牛は持ち帰ることはできない。
道具士がいればいいのだが、道具士はそもそも非戦闘員なのである。それはアリーチェであっても同じことで、ならばそれを守る必要がある。しかし弓士であるキアラがそれをするには限度がある。では盾士そしてそれを補助する魔法使い、剣士がいればなおのこと良い。パーティーの基本型であるが、やはり一番バランスが良い。
けれどギルドメンバーとは個人事業主である。常に最上位ランクが揃っている訳ではないのだ。その上に狩猟ギルドの最上位ランクが必ずしも攻撃力が高いかといえば、そうではない。狩猟ギルドに必要なのは、指定されたアイテムを必ず持って帰って来れる技術だ。それは攻撃力には左右されない。
その点、冒険者ギルドは攻撃力に特化している者が多く、そうでない者は攻撃特化型を補助する為の要員なのである。首都にあるギルドで、一番の攻撃力を誇るのが冒険者ギルドだ。本来は首都防衛の際にも最も重要な役割を持つギルドであり、且つ高難易度ダンジョン攻略の要であるのだ。
「ううん、ユーゴくんたちがもう少ししたら育ちそうなんですけど」
「分かっているだろうけど、弓士ばっかりじゃ駄目だからね」
「ですよねえ」
久々の氷牛を味わいながら、キアラは遠くを見た。生国にいた頃、エルドラド王国に来ることさえできれば、自分一人で身を立てて生きていけるのだと思っていた。けれど現実は甘くなく、様々な人に支えられて今に至る。
クエストでもそうだ。氷牛に限らず、キアラだけでは採取しきれないアイテムは多くあった。それはいくらキアラが弓の腕を磨いたところで変わらなかった。全てが一人でできることなんて、そう多くなかった。
「どうかした?」
「いいえ、自身の無力さをひしひしと感じているだけです」
「私は、君がもっとできない人であったら良かったのにと思っているよ」
「え、酷い。…私の成功報酬に不満が?」
クエストの成功報酬は人によって違う。本人の技術により大まかなランク分けをされ、更にギルドマスターの査定を受けて報酬率が変わるのだ。キアラは現在最高位ランクであるので、一つのクエストをこなした時の報酬は他のギルドメンバーよりかなり高い。
「成功報酬はあれで妥当だろう。そうじゃなくて、キアラがもっと頼りなかったら、つけ込む余地ももっとあっただろうなと思ってさ」
「言い方、言い方ですよ」
「でもそうだね、それはもうキアラじゃないな。そんな人と結婚したいとは思わなかったかもしれない」
レオナルドがあんまりにも、しみじみ言うのでキアラは黙り込んでしまった。キアラは正直なところ、レオナルドがいつ自身にそのような興味を持ったのか分かっていなかった。何が彼の琴線に触れたのかも、どうしてこんなことを言いだしたのかも理解していなかった。そもそもしようともしていなかった。
「キアラ?」
「今更ですが、それって本気なんですか」
「私がそんな意味のないことをすると思う?」
「聞いているのは私なんですが」
「…本気だよ。本気でキアラと結婚したいと思っているし、諦めるつもりも毛頭ない。君が頷くまで続けるつもりだ」
レオナルドはモンスターでも睨み付けるかのような視線をキアラへ向けた。度々向けられるこの視線がキアラは苦手だった。背筋がぞわりとして、どうしても落ち着かなくなるのだ。しかしキアラは、その視線を送られる意味を考えねばならなかった。アリーチェが言った通りに自身のことと、レオナルドのことも。
「…では、私も、ちゃんと考えます」
「そ、え、待って違う。今までちゃんと考えてなかったってこと? は、まさか冗談だと思ってた?」
「いえ、冗談というか…。いつか止めると思っていたというか、こんなに続くとは…。後、本当に恋愛も結婚もするつもりは一切ないんです。それがまさか、エルドラド王国で初めから恋に落ちるだなんて知らないじゃないですか。その上、レオナルド様が私に興味をお持ちになるとも考えてなかったですし」
「身勝手だなあ…」
「そうでしょうか、そうかもしれません。私、身勝手なんですよ。お止めになります?」
呆れたように、しかし笑いながらレオナルドは目尻を緩ませた。キアラもつられて笑ってしまう。そう、身勝手になる為にこの国に来たのだった。けれどそれに他人を巻き込んではいけなかったのだ。
「キアラがそういう人だとはもう知っているよ。知った上で馬鹿馬鹿しくも何年も求婚しているんだ」
「何年もって、せいぜい一、二年じゃ…」
「何か言った?」
「何も言ってません!」
「まあじゃあしっかり考えてよ。逃がすつもりもないけど」
「いちいち怖いんですよ。絵本で最後倒されるタイプの悪い魔法使いみたいですからね、今」
「は、倒せるものなら、どうぞ」
「悪役っぽい」
「そんな私のことが?」
「…。…す、きですけど! 何か!?」
「私、今怒られる要素なかったよね」
キアラはレオナルドの抗議など聞いていないふりをして、シャンパンを含んだ。口に広がったきっと高級なそれが苦いのか甘いのかは、もう分からなかった。
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